ふるーふるーふ~恨みを視認できる僕と怨霊美少女の恨み解決忌憚~

樹 慧一

怨霊少女との出会い

便り受け 頭を落とす 人椿




「やだ、ひっどい顔ねえ! 」

「困ってるんでしょう? 「それ」。私ならどうにかできるわよ。ね、してあげよっか。させなさいよ」

 僕と彼女は、きっとどう巡り合ったってそこから始まるのだろう。





便り受け 頭を落とす 人椿



 人間の頭上には見えないポストがある、と言われて信じる人間はいるだろうか。


 真っ黒で、洋物のドラマなんかでよく見るカマボコ型。中に入る封書は大小さまざまで量だってまちまち。しかし封書の色はポストと同じく得てして黒い。



 僕には昔からそのポストが見えていた。それはもうはっきりと。母にも、父にも、道行く人にも。初めて話しかけてくれた幼稚園のおともだちから初恋のあの子まで。皆例外なくそのポストを持っていた。


 ポストの存在意義は分からない。でもずっと「それ」を見る生活をしてきて理解した事がある。ポストに溜まっていく封書。あれはすべて人からの恨みつらみ、あとねたみとかやっかみとか、そういった類のものだ。分かるだろうか、ちょっといいな、と思っていた子の頭上にパンパンのポストが見えた時のあの気持ち。結局やっかみなのか恨みを買っていたのかはわからなかったけれど。



 「それ」を見る生活をしていてもうひとつ、理解せざるを得なかったことがある。ポストを満杯にしてしまった人間は、遠くない将来死んでしまうのだ。

 つまり僕も、多分近いうちに死ぬのだろう。







 僕は生来何かと恨みを買いやすい人間だ。

 兎に角タイミング良く、スムーズに人から恨みを買うことができるらしい。たとえば僕がたまたま通りかかったことでベストショットを逃した写真家とか、僕とぶつかって受験票を水路に落としちゃった受験生、とか。ここまで来ると最早一種の才能では?なんて思うレベルで。

 そんな地道な「恨み積み立て」も晴れて満期解約、そろそろポストが溢れてしまいそうだ。


 ―スコン。


 恨みの癖にやけに小気味いい音で、封書がポストに収まった。あ、もうポストにスペースがない。そこでやっと自分がどこにいるのかを思い出す。喧騒から遠く離れた、砂場とブランコしかない小さな公園。足元を見ると砂に描かれた路のように伸びるいびつな丸。どうやら立ち止まったことで目の前の子供の遊びの邪魔をしてしまったらしい。

 あ、泣きそう。


「えっと、ごめんね。お兄さん少し考え事、しててさ……」

 一応謝ってみる。ああ、ダメだ。これ以上話しかけると防犯ブザー鳴らされる感じの空気だ、これ。



「最後の恨みは子供からかあ……まあ、ひどい恨みよりかはきれいに死ねそうだけどさ」

 程なく走り去ってしまった子供の背を見送り一人ごちる。ついでに満期祝いにお仲間になるであろう今まで「満期解約」してしまった人たちの最後を思い出してみた。わあ、ろくな死に方をしていない。僕は一体どうやって死んでしまうのだろう。せめて痛いのが長いのは御免被りたい。あと、ホラーチックなのも嫌だな。


 そんなことをつらつらと考えたせいだろうか。いつの間にやら背後には壊れんばかりの笑い声を上げる女の気配、というか声が思い切り響き出した。うわあ、マジか。時間は黄昏時。先程の子供もとうに姿はなく、こんなうらさびれた公園に爆笑必須の面白コンテンツがあるわけもない。……つまり。

 『女が笑っているのは、僕』。行き着きたくなかった事実に、さしもの僕も流石に指に力が入る。殺される、のだろうか。怖い。どうすればいい。



「ねえ、あんた……」

 形を成す、女の声。ぐずぐずとしている間に、僕は件の爆笑女にあっさりと話しかけられてしまったようだ。最悪だ、確実にロックオンされている。いつの間にか笑い声も止み、存外幼い調子で、まるで正気のような女の言葉が続いた。

「それ、凄いわねえ。もういっぱいじゃない。何で今まで平気だったわけ? 」


 それ?凄い?いっぱい?何が?ぐるぐると考えが巡る。ダメだ、わからない。これまたいつの間にか周囲の音は遠ざかり、耳に入るのは愉しげな女の声ばかり。


 嫌だ、聞きたくない。そんな思いも空しく僕の耳は彼女の声を漏らさず拾い続ける。

「なんて言っても聞こえないか。あーもう最高! 笑えるったらないわ!こんな奴初めてよ! は・じ・め・て! どんだけチマチマ恨み買ってんの? こいつ! なんでこんな満杯でチョロチョロできてんの? もう信じらんない! ほんと最高! 」


 僕が動けないことを良い事にそう長々と続けたかと思うと、言い切って満足したらしい女はまた堰を切ったように笑い出した。恨み?満杯?少し冷静になりはじめた頭にやけに彼女の言葉が引っかかる。

 そう、彼女の言い草はまるで――


「ポストが、見えてる? 」

「は? 」



 笑い声が途切れる。まずい、思わず喋ってしまった。くそ、聞こえていると感づかれなければやり過ごせたかも知れないのに!やり過ごしたところでどうせ死ぬのだろうけど。今更ながら自分の短慮に頭が痛くなった。そうか、こんなだから「死ぬほど」恨みを買ったのか。

「ね、あんた。私が見えるの? 」


 ああ、恨むぞ、僕。







「見えるの? って聞いてるんだけど。何? 喋れない訳? ねえ、ねえねえ? 」


 僕が押し黙っている間にも彼女の声がせっつくように続く。見える、かは分からない。彼女が「いる」のは僕の後ろなのだから。ただ、聞こえてはいる。先程から耳に入るのは彼女の声ばかりだ。どう答える?振り向いて良いのか?振り向いたらこの世とおさらば?

もし、これが振り向かせるための言葉だとしたら?

 だとしたら、だとしたら、僕は。



「聞こえてるんでしょ、答えなさいよ。何?あんた、私からも恨みを買いたいの? 」

「違っ……」

 反射的に振り向く。ああ、しまった。ついさっき自分の短慮を呪ったばかりなのに。だが振り向いてしまったものは仕方がない。どうせ死ぬならせめて顔くらい拝んでやろうと彼女を見た。


 夕日を背に浮かぶシルエットは細身の少女のそれだ。よかった、取り敢えずスプラッタな見た目はしていない。地面からちょっと浮いてる。真っ黒な長い髪。白い肌。うん、幽霊のセオリー通り。紫色に見える瞳。変わってるな。服装は意外にも現代的な……ワンピース、だろうか?それと帽子。思っていたよりも大分マシな姿だ。というか、むしろ。



「やだ、ひっどい顔ねえ! 死ぬ前から死にそうじゃない! 」

 彼女は勝ち誇ったように言葉を続ける。厄日だ。いや死ぬけど。非道いな、気にしてるってのに。存外「普通」な彼女の振る舞いに、そんな考えをつい巡らせた。何とも調子が狂う幽霊だ。


「何よ、見えてるんでしょう? 私のこと。今ジロジロ見てたの、バレバレなんだから! 何か喋りなさいよ。あんた、コミュショーってやつなの? 」

 何だかイントネーションが怪しくないか?こいつ。いや、そんな事はどうだっていい。頭から無駄な感想を振り払うべく軽く頭を振る。もう、どうにでもなれだ。



「そういう君は、僕の上の「これ」が見えているようだけど? 」

「ふふ、やあっと喋った! ったくノロマなんだから」


 口悪いな。

 僕の質問に答えてないし。僕の意を決した質問は見事彼女にスルーされたようだった。しかし、ここで答えて貰わなければ完全に僕の死に損だ。そういえば僕も彼女の質問に答えていない。だから無視したのかも。彼女の質問に答えるために、質問に答えて貰うために。改めて口を開く。


「確かに僕には君が見えてるよ。それはもう、くっきりはっきりと。君はどうなの? 」

 喉が渇く。ああ、声が上手く出ないな。でもこれだけは、死ぬ前にどうしても聞いておきたい事だ。だからもう一度。

「頭の上の……ポストが見えてるのか、見えていないのか。殺す前に教えてくれないか」



「はあ? 殺す? 誰が、誰を」

 いや答えろよ。僕の決死の質問ガン無視かよ。あまりの話の通じなさに眩暈を覚えそうだ。幽霊だからか。幽霊だからなのか。しかし何だろう、この違和感。あまりに会話がかみ合わない。質問の答えを貰う事は一旦諦めて、彼女の問いに乗ってみようか。気持ちを何とか切り替えて、彼女に改めて向き直る。


「いや、ええと……殺しに来たんだろう? 僕を」

「あんたを? 誰が? 」

「だから、君が」

「はああ? 」

 やっぱりおかしい。かみ合わないにも程がある。これはもしかして、もしかすると。


「君は……僕を殺しに来たんじゃ、ないの? 」

「何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ、馬鹿馬鹿しい」

 途端、遠ざかっていた音を耳が拾う。ブランコのきしむ音、エンジン音、遠くで鳴るどこかのチャイム。



 ――日常の、音。

 どっと力が抜けた。





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