第62話


「ん?何か言ったか?」


「惚けるなよ」


「聞こえてたんだろ?そこの二人のことだよ」


男の冒険者二人が、声を顰めて話しかけてくる。


二人とも、新田と黒崎を指差して下品な笑みを浮かべていた。


「あんた、どうやってあんな別嬪を二人も射止めたんだ?」


「羨ましいなぁ…俺なんてもう5年は女がいない生活さ」


「はぁ…」


面倒臭い絡まれ方をして、俺はため息を吐いた。


無視しようと思ったが、しかし、二人は一応この馬車の護衛な訳で、簡単に無碍に扱うわけにはいかない。


何日になるかもわからない次の街への馬車旅だ。


あんまり同乗者と険悪な仲になるのも憚られた。


なので俺は、普通に受け答えをすることにした。


「別に。あの二人は俺の女ってわけじゃないですよ。ただ分け合って一緒に行動しているだけで」


「本当かぁ?」


「それマジで言ってんのか?」


新田と黒崎が俺の女ではないと知って、男たちはますます身を乗り出す。


「じゃあよ、俺たちがあの二人に話しかけてもいいってことか?」


「お前の女じゃないなら…別にいいよな?な?」


食いつき気味にそう尋ねてくる。


「あぁ、うん…いいんじゃないか…?」


面倒臭かったので、俺は悪いとは思いつつ、新田と黒崎にこの二人のことを丸投げすることにした。


まぁ、俺が見張っていれば万一男たちが二人に何かしようとしたとしても対処できる。


「よしきた!!」


「やったぜ!」


新田と黒崎が俺の女でないと知るや否や、男たちは嬉々として積極的に話しかけに行く。


「なぁ、お嬢さんお嬢さん」


「俺らとお話ししようぜ」


「え…」


「何かしら…」


ぐいぐいくる冒険者二人に対して、新田と黒崎は引き気味だ。


「なぁ、俺たちもう10年以上も冒険者やってんだけどよ」


「いろんな死線をくぐり抜けてきてな。大金を稼いできたんだぜ?俺たちの冒険譚、聴きたくないか」


「いや別に…」


「この人たち、なんなのかしら…」


新田と黒崎は助けを求めるように俺の方を見るが、俺は明後日の方向に視線を逸らした。


悪いな。


そいつらの対処はお前らに任せた。


俺は今後の方針とか考えないといけないからな。


「まず俺たちが冒険者を初めて半年の頃にな…?ゴブリンの巣に潜った時の話なんだが」


「あぁ!あれは大変だった…!本当に死ぬ一歩手前だったな!!懐かしいぜ」


「「…」」


勝手な自慢話が始まり、新田と黒崎はうんざり気味だ。


俺はちょっと気の毒だったかと思いながらも、二人を見張りつつ、考え事に耽る。


 

それからしばらく経った頃。


「次に話すのは俺たちがダンジョンの深部に潜った時のことなんだが…」


「あぁ!あれもとんでもない冒険だった…!一歩間違ってれば死んでたぜ!間違いない!!」


男たちの自慢話はまだ続いていた。


「ええと…あはは…」


「はぁ…長いわね…」


新田と黒崎はすでに諦めモードで、呆れながら億劫そうに二人の自慢話に耳を傾けている。


男たちは自分達がいかに危険を乗り越えてきた猛者なのかを必死に語ってアピールをしていた。


そして所々に、「仮にこの馬車が襲われても俺たちが守ってやるぜ!」「ああ、大船に乗ったつもりで

いてくれ!」というセリフを挟むことも忘れない。


とにかく自分を力強い男だと思わせたいようだった。


これがこの世界流の男性のアピールの仕方なのだろうか。


あまりにも一方的すぎて、流石に横で聞いている俺もうんざりしてきたのだが…


「きゃあっ!?」


「…っ!?何かしら!?」


「うおおっ!?」


「なんだぁ!?」


「…?」


馬の嘶く声とともに、突然馬車が急停車した。


新田と黒崎、それから二人の冒険者が驚きの声をあげる。


俺は馬の一匹が石にでも躓いたかと、そのまま再発進を待っていた。


だが、いつまで経っても馬車は動き出さない。


「な、なんで止まったの…?」


「何かあったのかしら?」


新田と黒崎が互いに身を寄せ合って不安がる。


「だ、大丈夫だ安心しろ!」


「俺たちがついているからな!!」


冒険者たちはここぞとばかりに頼れる男をアピールするが、二人には無視されていた。


「少し様子を見てくるか…」


異変を感じ取った俺は、馬車の外に出ようとする。


「い、一ノ瀬くん…っ」


新田が不安そうに俺の名前を呼んだ。


「大丈夫だ。すぐに戻る…一応あの剣を使う準備をしておけ」


「…っ!わ、わかった!」


あの剣、とはもちろん風の剣のことだ。


「「「…?」」」


事情を知らない三人が首を傾げる中、俺は馬車の外に出て様子を見に行く。


「たたた、大変だ…!」


馬車から出てすぐに、馬の手綱を握っていたはずの御者が俺の元に駆け寄ってきた。


「何かあったのか?」


「も、モンスターが…!」


「ん?」


そう言って御者の指差す方向を見ると、二十匹前後のモンスターたちが前方から近づいてきて、俺たちの馬車を取り囲みつつあった。




「モンスター…?おい、どうしてこんなことになった?」


突如として現れたモンスターの群れは、俺たちの馬車を取り囲みつつあった。


これでは馬車で逃げることはできない。


方向転換しているうちに馬が襲われてしまうだろう。


「避けられなかったのか?いつからこいつらは馬車に接近した?」


俺は助けを求めるようにしがみついてくる御者を詰める。


というのも、このモンスターとの遭遇は御者の失態である可能性が高いからだ。


草原地帯は、森などと違って非常に見晴らしがいい。


よってモンスターが接近してきたとしてもかなり早い段階で認知し、馬車の方向を調整して避けることが可能だ。


ゆえに本来、このように草原地帯を走る馬車が正面からモンスターの群れに遭遇することなどほとんど起こり得ない。


俺は御者が居眠りでもしていたんじゃないかとそう考えた。


「どうして群れを避けられなかった?周囲の警戒を怠ったのか?」


「ちちち、違う…!俺のせいじゃない…!」


御者はブルブルと首を振った。


「と、突然前に現れたんだよあいつらが…!隠れていたわけでもない…!まるで転移してきたみたいに…本当に一瞬で…!」


「はぁ…?」


誰かがモンスターを転移させたとでもいうのだろうか。


この数を?


走る馬車の前方にピンポイントで…?


そんなことが本当に可能なのだろうか。


「し、信じてくれ…!俺は嘘は言っていない!!


御者は必死に弁明する。


俺には御者が嘘を言っているようには見えなかった。


「…まぁいい。ひとまずこの状況をどうにかするのが先決だ」


御者が嘘をついているのか否かの審議は、その後でいいだろう。


「そ、そうだ…!護衛の奴らに戦わせよう…!」


御者は馬車には二人の護衛の冒険者がいたことを思い出したようだった。


転げるようにして馬車の中に駆け込み、冒険者二名に声をかける。


「お、お前ら…!出番だぞ…!」


「あ?なんだ?」


「モンスターか?」


「そうだ!!さあ、料金分の仕事をしてもらおうか!!」


「数は?」


「落ち着けって、安心しろ。草原地帯にいる雑魚ぐらい、俺たちがすぐに倒してやるって」


冒険者の二人が意気揚々と馬車から出てきた。


「一ノ瀬くん…何があったの…?って、ええっ!?」


「一体なんなのよ…いつになったら再発進…っ!?な、なるほど…そういうことね」


遅れて出てきた新田と黒崎も、周囲を見渡してモンスターに囲まれているという状況を認識する。


「か、囲まれてるよ…!?なんで!?」


「みょうね…馬車の方向転換は出来なかったのかしら…」


新田や黒崎も、俺と同じ疑問に行き当たったようだ。


草原地帯でモンスターの群れに囲まれること自体がそもそもおかしい。


見たところ、モンスターの群れの中に馬車より足の速い個体は混じっておらず、ますます事態の異常性が際立っている。


そんな中、護衛の冒険者二人が喚き出した。


「おいおいおい!?なんだよこの数は!?」


「草原地帯だぞ!?なんでモンスターの群れがいるんだよ!?」


二人ともこの状況にかなり動揺しているようだった。


馬車の中で新田と黒崎に聴かせていた自慢話の中では、彼らはこれまでにいくつもの死線をくぐり抜けてきた猛者らしいのだが、そんな雰囲気は微塵も感じない。


足や声も恐怖のせいか、若干震えている。


「お、おい、あれみろ…!オーガ・キングがいるじゃねぇか!?」


「冗談だろ!?こんな場所にオーガの最上位種!?」


「か、勝てるわけねぇ…」


「む、無理だ…俺たちじゃ…」


二人はみるみるうちに戦意を喪失していき、剣を納めて互いに顔を見合わせた。


そして何かを決めたように頷いた。


「おい、お前ら…!早くモンスターを倒してくれ…!この馬車の護衛だろ!?」


モンスターの群れが近づいてくる中、御者が二人に縋るが、冒険者たちは御者の手を振り払った。


「悪いな御者」


「俺たちは逃げさせてもらう」


「は…?」


二人の言葉にポカンとする御者。


「ふ、ふざけるな…!金を払っただろう!!」


直後、唾を吐いて怒鳴り散らす。


「なんのための護衛だ…!!戦え!そして馬車を守れ…!」


「無理だね。俺たちじゃこいつらを倒せねぇ」


「オーガ・キングと戦うなんざ自殺行為だ。命あっての物種。あんたらには悪いが、俺たちはトンズラするぜ」


どうやら二人は馬車と俺たちを見捨てて逃げるようだった。


馬車の中でひけらかしていた冒険譚は、誇張どころかほとんど嘘だったらしい。


「ちょ、何よそれ!?」


「一体どういうことかしら?」


そして当然、御者だけでなく新田や黒崎からも非難の声が上がる。


「さ、さんざん私たちに自慢してたじゃん…!俺達は何度も死にかけた冒険者の中の冒険者だって…!モンスターが襲ってきても俺たちが倒すって…!あれは嘘だったんですか!?」


「ふざけないでもらっていいかしら。私たちは数時間にわたってあなたたちの嘘くさい自慢話を聞いてあげたのよ。少しはその好意に報いてもいいんじゃないかしら?というか、あなた方、金をもらって護衛としてここにいるのよね?命を投げ出せとは言わ

ないから、この場に残って戦いに参加したら?」


「「…」」


新田と黒崎に呆れた目で見られても、二人は素知らぬ顔だ。


それどころか、武具など重荷になるものをその場に捨てていよいよ逃げる準備をしている。


「ふざけるなよお前ら!!戦え!護衛としての責任を果たせぇえええ!!」


御者がキレて二人に殴りかかる。


「うっせぇぞ。おっさん」


冒険者の一人が、御者の拳を軽々避けて、その腹に拳を打ち込んだ。


「ぐふぅっ!?」


御者は腹を抱えて悶絶し、その場にうずくまる。


「あんたにもらった端金でオーガ・キングと戦うはずないだろうが」


「それじゃあな。せいぜい囮になって死んでくれや。デコイ!!」


片方が囮魔法を御者に使った。


どうやら俺たちを置き去りにして、逃げるつもりらしい。


『グォオオオオ!!』

『ギャアギャア!!』

『ガルルルルル!!』

『フシィイイイ!!』


モンスターが一斉に、囮魔法のかけられた御者目掛けて接近してくる。


「あばよ!」


「悪いな!」


その隙に、二人はモンスターの囲いから離脱して向こうへと走っていってしまった。


「くそぉおおおおおお!!」


御者が悔しげに地面を殴る。


「さ、最低…」


「救いようのないクズだったわね…」


遠ざかっていく二人の背中に、新田と黒崎がそんな言葉を吐いた。


「やれやれ…結局こうなったか…」


なんとなく予感はしていたが、どうやら俺が対処する以外にないらしい。




「僕は…最強なんだぁ…僕はぁ…」


快斗と新田、そして黒崎がダンジョンからさった後。


腕を切り落とされたままその場に放置された西川幸雄は出血多量で死にかけていた。


朦朧とする意識の中、ひたすら呪詛のように恨み言を呟いている。


「あいつさぇ…あいつさぇいなければぁ…一ノ瀬快斗ぉ…」


スキル、ドミネーター。


視界に入った生物全てを制限なく操ることのできるスキル。


この世界に召喚され、このスキルを手に入れた時、西川はやっと自分にツキが回ってきたと思った。


それまでの西川は、常に虐げられる側の人間だった。


仲間はずれにされ、いいように利用され、搾取される。


そんな自分が、異世界にくることで強者の立場となった。


これは神から与えられたボーナスステージなのだと幸雄は考えた。


スキルを使って全てを支配し、自分の思うがままの世界を作る。


自分にはそのことが許されるとそう思っていた。


だからこそ、西川はクラスメイトを裏切り、裕也を失墜させ、龍之介を殺し、黒崎を操った。


ダンジョンを出てからは、目についた異世界人たちを片っ端から操るつもりでいた。


そうやってこの街を、国を、世界を乗っ取るつもりでいた。


「うぐぅ…痛い…苦しいよぉ…」


だが、その野望はあっけなく潰えた。


一ノ瀬快斗という存在に出会ってしまったためだった。


快斗のスキルはスキルキャンセラー。


全てのスキルを無効にしてしまうスキルだった。


幸雄は快斗を操ろうとしてあっけなく失敗。


新田を操って快斗を殺そうとしたがそれもうまくいかず、その結果反撃されて今現在死にかけている。


快斗は幸雄にとって天敵とも言っていい存在だった。


快斗以外の人間だったら、スキルの先制で簡単に操れてしまうのに。


「くそぉ…こんなところで…死んでたまるかぁ…僕は…この世界を支配するんだぁ…」


幸雄は切断された腕をもう片方の手で強く抑えることで血を止めて、歯を食いしばり、立ち上がった。


腕から伝わってくる激痛で今にもおかしくなりそうだったが、しかしかろうじて意識を繋ぎ止められたのは、ここで死んでしまったら自分はただの道化で人生を終えてしまうという恐れがあったからだった。


「やっと、僕のターンが来たんだぁ…認めないぃ…こんなのが僕の終わりだなんてぇ…認めないぞぉ…」


幸雄は自分のスキルが最強だと信じて疑わなかった。


一ノ瀬快斗。


スキルの効かないあいつさえ殺せば、この世界の王になれるとそう思った。


快斗を殺す。


そしてその他全てを支配する。


そのためにここで死ぬわけにはいかない。


「ぐぉおおおおお!!!」


幸雄は雄叫びをあげて立ち上がった。


「僕は…全てを支配する…!!この世の全てを…支配するんだぁああああああ!!!」


支配する。


支配支配支配支配支配支配。


支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配。


幸雄の頭の中を支配欲が埋め尽くす。


もう幸雄には『何か』を支配することしか考えられなかった。


「はは…はははは…!」


ぼたぼたと傷口から血を流しながら、幸雄は笑う。


「ははは…ははははははははは!!!」


頭上を仰ぎ、狂ったように笑い続ける。


「あはははは!!なぁあああんんだああああああああああ!!簡単なことだったんじゃないかぁああああああ!!!」


ダンジョンの通路に、幸雄の笑い声が反響する。


「どうしてこんな簡単なことにぃいいいいいいいいいい!!僕は気がつかなかったんだぁああああああああああ!!!」


幸雄はゆっくりと視線を下ろす。


そして、切り落とされた自らの腕の切断部分を見下ろす。


「支配すればいいんじゃないかぁああああ!!!この怪我を!!痛みを!!それで全て解決だぁあああああ!!!」


幸雄は自分に対して…いや、正確には自分が『致命傷を負っている』という状態に対してスキルを発動する。


つい数分前まで、幸雄のスキル、ドミネーターは、視界内にいる生物に対してしか使えない力だった。


だが、スキルの使用者が窮地に立たされたことで、その力は変容し、生物だけでなく『事象』に対しても干渉できる力へと進化を遂げていた。


その変化に幸雄は気がついていない。


最初っからそうであったかのように、スキルの力を行使する。


「僕の怪我を…!怪我をしている状態を…!命の危機を…!死にそうになっているこの現状を…!支配する…!」


スキルが発動した。


すると、切断面から流れ出ていた血がぴたりと止まった。


脳を蹂躙していた痛みも一瞬で霧散した。


「はは…!ははははは…!」


自分の思い通りに力を発動できたことに幸雄は歓喜し、笑い声を漏らす。


「出来た…!出来たぞ…!怪我を、状況を、事象を支配することが…!やっぱり僕のドミネーターは最強だぁああ!!!あははははははは!!」


その後しばらくにわたって、幸雄の笑い声はダンジョンのフロア中に響き渡っていた。






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