第61話


「どうしたんだ?清水?」


正太郎が、凛の異変に気づき、声をかける。


「わ、わからない…わからないけど…なんか、私のスキルが…変わったみたいなの…」


「は?スキルが変わった…?」


正太郎は首を傾げる。


「そんなことがあるのか?」


「う、うん…嘘じゃない…本当にいきなりで…何が何だか…」


「清水…お前疲れてるんじゃ…」


正太郎はスキルが変化したなどというあまりに突拍子もない話に、凛が嘘をついているのではないかと疑った。


あるいは精神的疲労によって、妙な妄想を起こしているのかもしれない。


「大丈夫か…?川端が死んだのは悲しいかもしれないが…今は一刻も早くここを離れ」


「リザレクション」


凛が変化したスキルを行使した。


「は?」


正太郎の口からそんな声が漏れる。


オークに殺された涼子の死体が光に包まれ、変形した頭部がだんだんと元に戻っていく。


「いやいやいや?」


ありえない光景を目にして、正太郎は自分の目を擦った。


「凛…?」


「涼子!!」


確かに死んだはずの川端涼子が目を覚まし、凛が涼子に抱きついた。


「嘘だろ…生き返った…?」


正太郎が後ずさる。


川端涼子は確かに死んだはずだった。


だが、凛のスキルによって生き返った。


その事実を、正太郎はすぐには受け入れることができない。


「私…どうやって…?何が起きたの?」


蘇った涼子は当たりを見渡す。


「ひっ!?」


そして近くに転がっているオークの死体を見て悲鳴を上げた。


凛はそんな涼子を抱きしめて、安心させるように後頭部を撫でる。


「大丈夫…あいつは石田くんが倒してくれたから…もう大丈夫だから」


「う、うん…」


凛が抱きしめるうちに涼子の震えはおさまってきた。


「もう大丈夫だから、凛。ありがとう。もしかして私を助けてくれたの?」


「う、うん…急にスキルが変化してね…」


凛が、すっかり平常心を取り戻した涼子に、何が起こったのかを説明しようとしたその時だった。


「なるほど、スキルの変化か。そういうことも起こり得るのか。参考になった」


「平塚くん?」


クラスの秀才と名高い平塚亮平が二人の近くにやってきて、メガネをくいっと上げた。



平塚亮平。


メガネをかけた体の細い長身の男子生徒で、まさに秀才を絵に描いたような人物だった。


学力は学年トップレベル。


博識で研究熱心な性格であり、日本にいた頃は生徒会役員も務めていた。


そんな亮平が、好奇心に満ちた目で凛に詰め寄る。


「詳しい話を聞かせてもらえるかな?清水さん」


「な、何が…?」


「私の目には確かに川端さんは死んだように見えた。だが、君のスキルによって生き返った。確か君のスキルは小さな傷を治す程度の回復系だと記憶しているが…君は嘘をついたのか?」


「へ?し、死んだ…?どういうこと…?」


即死だった涼子は、話についていけず戸惑っている。


「涼子、今はあっちに行っててくれる?」


「え?」


「いいから。後で全部話すよ」


「う、うん…」


凛に言われ、涼子はその場から離れる。


涼子が死んだ後、その死体がオークによって汚されたことを涼子に伝えたくなかった凛は、ほっと胸を撫で下ろす。


それから改めて亮平に向き直った。


「嘘はついてないよ。裕也くんに報告した時点では、私のスキルは確かに小さな傷を癒す程度のものだった」


「なるほど」


「でも涼子が死んで悲しくて…どうにかしてあげたいって思ったら…いきなりスキルが変化したの」


「ふむ…興味深い。スキルの変化か…」


「今の私のスキルは、リザレクション。1日に一回限り、死んだ生物を生き返らせることの出来る力。死んでから一日以上が経過したら生き返らせるのは無理みたいだけど…」


「それは凄まじいな…そしてどうやら君は嘘をついていないようだ」


亮平は顎を触ってジロジロと不躾に凛を観察する。


「な、何…?」


亮平の異様な雰囲気に、凛は若干の不気味さを感じて少し身をひくのだった。



「あ、いや、すまない。少し興味深いと思ってね、このことは記憶に留めておく必要がある」


「う、うん…?」


しばらくして、凛の表情に少し怯えの色が混じっていることにようやく気づいた亮平は、凛に謝罪し、ふっと笑った。


「ほら、考えても見てくれ。もし君みたいに私たち全員のスキルが変化を遂げて強くなったら……あの王女に対抗できるかもしれないだろ?」


「…そうかもしれないけど」


「私はなんとしてでも日本に帰りたい。そのために出来ることはするつもりだ。それだけなんだ。警戒しないでくれ」


「…ご、ごめん」


真面目な顔でそういう亮平に、凛は謝る。


亮平はニコニコと笑う。


「いやいや、いいんだ。君が謝る必要はない。このことについて精査するのはダンジョンを出た後だな。今はとにかくここから脱出することが先決だ」


そう言った亮平は、ようやく動けるようになったことを喜んだり、オークの死体の周りに集まって興味深げに眺めたり、生き返った涼子に色々質問したりしているクラスメイトたちに向かって声をかけた。


「みんな、ちょっといいかい?」


全員が一斉に亮平の方を向く。


亮平は全員が自分に注目していることをかくにんしてから、話し始める。


「いろんなことが起こりすぎた。西川くんがわたしたちを裏切ったのはとても残念だ。そして龍之介くんも殺されてしまった。仲間が死んだのはとても辛いことだ。けれど、まず私たちは一刻も早くこの場を脱出しなくてはならない」


クラスメイトたちが亮平の言葉に頷きを返す。


「ここまでわたしたちを率いてきたのは、有馬くんだった。だが、彼はわたしたちをスキルによって操っていた。その事実が問題だ」


「そうだよね…」


「有馬くんがまさかね…」


「今だに信じられないよ…」


有馬の本性が顕になったことに、主に女子たちから残念がる声が聞こえてくる。


亮平は有馬の信用が生徒たちの間で完全に失墜していることを確認しほくそ笑んだ。


「もはや有馬くんにリーダーは任せられない。いや、それどころか、有馬くんはもう私たちの仲間ですらないのかもしれない。一度わたしたちを裏切り、踏み台にしようとした彼だ。今後何をしでかすかわかったものではない」


「「「「…」」」」


どこからも裕也を庇ったりするような声は聞こえてこない。


生徒たちはすっかり亮平の話に聞き入っていた。


生徒会役員を務め、多くの生徒たちの前で喋ることの多かった亮平はスピーチに長けており、発言の内容も論理的で筋が通っていた。


場は、知らず知らずのうちに亮平が掌握していた。


「だから、ここで多数決を取ろうと思う。有馬くんを許し、もう一度仲間として受け入れるか、それとも、非常に残念だけど、ここで彼と別れるかだ。よく考えて選んでほしい」


「「「…っ」」」


生徒たちの顔に戸惑いの表情が生まれる。


裕也とここで別れる。


それはほとんど裕也の死を意味していた。


裕也のスキルは戦闘系ではない。


よって一人ではダンジョンから脱出することすら叶わないだろう。


もし裕也と別れることを選んだ場合、それは自分達が裕也を殺す決断をしたということと同義だ。


「さ、流石にそれは…」


「ダンジョンを出てからでもいいんじゃ…」


「あ、有馬くんは信用できなくなっちゃったけど…それでも別れるのは…」


ポツリポツリとそんな声が上がる。


だが、わずかに有馬を庇うようなそんな意見も、次の亮平の一言で完璧に消え去った。


「有馬くんと少しでも長くいると、また私たちは操られるかもしれない」


「「「…っ!?」」」


生徒たちがごくりと唾を飲む。


亮平は話を続ける。


「また有馬くんがわたしたちを操ろうとする保証はない。有馬くんを許し、仲間に加えるということは、それだけリスクのあることなんだ。その辺をよく考えて、皆には理性的で現実的な選択をしてほしい。では、多数決をとるよ」


亮平は内心ほくそ笑んだ。


今の脅しで、ほとんど全員が有馬を排除することに賛成すると確信したからだ。


これで有馬裕也という邪魔な異分子をクラスから排除できる。


そうすれば、日本で立場もあって比較的信用を勝ち得ていた自分が、有馬裕也に変わってクラスを掌握することが可能だった。


「これは必要なことだ…私のスキルは、メモリアル。ただ単に起こった出来事を正確に思い起こせるというだけの力だ。これだけではこの世界を生き抜き、日本に帰ることは到底できない。私が日本に帰還するには、周囲の人間をうまく利用しなくてはな…」


誰にも聞こえない小さな声で亮平は今一度自分の方針を確認する。


それからチラリと有馬裕也に目を移した。


裕也は、生徒たちから少し離れた場所にポツリと立っていた。


瞳は虚で、焦点が定まっていない。


口元が絶えず動き、何かをしゃべっているようだが、ここからでは聞き取れなかった。


「あれは壊れているな…精神的なダメージが相当デカかったか…」


クラスメイトたちの前で全てを暴露され、裸で滑稽なことまでさせられて、裕也のプライドはズタズタに引き裂かれたことだろう。


今しばらくは、ああして放心して、再度生徒たちを操ろうとはしてこない。


だからこそ、今ここで裕也を追放し、クラスを掌握する第一歩とする必要があると亮平は考えた。


「さて、そろそろ決まっただろう。多数決を取らせてもらう」


亮平は生徒たちを見渡して、それから有馬を許すか否かの多数決をとる。


「まず手を挙げてほしいのは…有馬くんを許しもう一度仲間に加えてもいいと思う人だ。その場合、再度操られる可能性があることを十分に注意してほしい」


「「「…」」」


誰も手を上げない。


どうやら亮平のおどしのおかげで、裕也を仲間に加えることはリスクだと理解したようだった。


亮平はことが自分の思い通りに進んでいることを内心喜びつつ、最後の工程に踏み切る。


「じゃあ、確認的な意味で…有馬くんの追放に賛成な人は手を挙げてほしい」


「賛成だ」


「俺も賛成だ」


「私も!」


「私も賛成」


全員の手が上がった。


こうして裕也はクラスから追放されることになった。




「それじゃあ、多数決もとったことだ。私たちだけでここを脱出するとしよう」


生徒たちに多数決をとり、裕也追放へと導いた亮平は生徒たちを率いてその場を離れる。


途中、裕也の横をすれ違ったため、一応一言声をかけておく。


「そういうわけだ、すまない有馬くん。君はクラスから追放されることになった。けれどこれは私たちは裏切った君に責任がある。だから、わたしたちを恨むのはお門違いだと言っておくよ」


「…」


「それじゃあ、私たちはもう行くよ。君も一人だが生き残れるといいな。そのことを祈っているよ」


「…」


裕也は何を言われても終始無言だった。


焦点の合ってない虚な瞳で、ぼんやりと目の前の虚空を見つめている。


亮平は「はぁ」とため息を吐いてから小さくつぶやいた。


「だめだ。こいつは壊れてしまった」


「…」


もはや裕也は、かつての堂々とした雰囲気を完全に失っていた。


プライドを、築き上げてきた地位を、皆の前で裸で奇行をさせられるという大恥をかかされて、完全に失ってしまっていた。


今の裕也は空っぽだと亮平は思った。


この分だと、自分達が去った後にモンスターがやってきてあっさり殺されるだろうと思った。


もう有馬裕也が再起する可能性はないと、亮平はほくそ笑んだ。


「では行こうか、皆。早くダンジョンを脱出しよう」


「うん」


「そうだね」


「みんな!亮平くんに従って無事にここを出よう!」


「うん!」


特に反対意見もなく、皆が亮平に付き従う。


何人かの女子生徒が、少し名残惜しげに裕也を振り返ったが、それでも足を止めたり、やはり一緒に連れて行こうなどと言い出す生徒は一人も現れなかった。



一台の馬車が草原地帯をそれなりのスピードで走っている。


「揺れるね」


「そうだな」


「次の街までどのくらいで着くのかしら」


馬車に乗っているのは、俺、新田、そして黒崎の三人に加え、馬車の護衛の二人の冒険者たちだった。


彼らは、もしこの馬車がモンスターに襲われた時などに、乗客を守るために御者が雇っているのだ。


「どう?一ノ瀬くん。今日中に次の街に着くのかな?」


「どうだろうな。流石にわからない」


俺たちは次の街に着くまでの退屈な時間をとりとめもない会話をしながら潰す。


この馬車がカナンの街を出発したのが今朝だ。


ダンジョンにもぐり、路銀を稼いで、さらに黒崎を仲間に加えた俺たちは、馬車で街を出発して次の街へと向かっていた。


目指すは王都。


カテリーナのまつ王城である。


「わっ、黒崎さん。髪の毛サラサラだね。触ってもいい?」


「構わないわ。じゃあ、私もあなたの髪の感触を確認するわね」


「いいよ〜」


風によって黒崎の長い髪が自らの頬に触れたことで、新田が黒崎の髪の毛を触り出す。


反対に黒崎も新田の髪を撫でたりしている。


「さらさら〜」


「あなたのは艶があるわね」


互いの髪の毛を触り合って仲睦まじくしている二人を見ながら、俺は昨日の黒崎のセリフを思い出していた。


『俺たちと一緒に行動するってことは、ダンジョンに置き去りにされた生徒を見捨てるってことにならないか?』


『いいえ、ならないわ。彼らは私が助けるまでもなく、勝手に助かる。私にはそれがわかる』


まるで、生徒たちがモンスターに殺されることなくダンジョンから脱出することを予期するようなセリフ。


疑問に思った俺はすぐにその意図を尋ねようとしたが、直後にぐぅううと黒崎のお腹が鳴ったために効きそびれてしまった。


『と、ところで何か食べるものをもらえないかしら…?もう1日以上何も食べてなくて…』


『お、おう…』


顔を赤らめながらそんなことをいう黒崎が少し可愛いと思ってしまい、食事を奢っているうちに、俺は黒崎のセリフの意味を聞くことを忘れて完全にタイミングを逃してしまった。


「ハッタリでは…なさそうだったよな」


俺は二人に聞こえないように小さくつぶやく。


黒崎のあの時の言葉は妙に自信に満ちていた。


どうやら黒崎はなんらかの理由で、クラスメイトたちが助かるという確信を得ていたようだった。


「スキルの力か…?あるいは…?」


1番可能性があるのが、黒崎のスキルの力だろう。


新田の話では、黒崎はスキル鑑定の際に、鑑定水晶をかなり光らせていたという話だし、予知系のなん

らかの強力なスキルを得ていても不思議ではない。


あとは、黒崎がまだ俺たちにしゃべっていない情報を持っているとかか。


一体どちらが正解なのか、機会があればしっかりと問いただす必要がありそうだな。


「おい、あんた。そこの二人の美少女、どっちもあんたの連れなのか?」


「羨ましいねぇ…一人こっちに分けてくれよ。へへへ」


俺が考え事に耽っていると、馬車の護衛として雇われた二人の男冒険者がニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。


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