第40話
「あっ…」
短い悲鳴のような声とともに、背後で誰かの倒れる音がした。
「ん?」
クラスメイトたちを率いてダンジョンを歩いていた裕也は振り返る。
「うぅ…」
背後で、どうやら転んでしまったらしい黒崎がゆっくりと起きあがろうとしていた。
その動作はひどく緩慢で、疲労が滲んでいる。
二日の断食に加えて、ここまで歩かされたことによる疲労。
それによって体力がほとんど底を尽きているようだ。
膝を立てて起きあがろうとして…すぐに転んでしまう。
「くははっ…無様だね、黒崎さん」
裕也は黒崎の元まで歩いていって、見下ろしながらそういった。
「俺に体をささ…じゃなくて、みんなを裏切ろうとするからそうなるんだよ?」
「…っ」
悔しさの滲んだ瞳で、麗子は裕也を見上げた。
まだ心は折れていないものの、しかし体力の方がもう限界といった感じだった。
「あ…あぁ…」
掠れた声を漏らす黒崎に、周囲のクラスメイトたちは冷たい視線を向ける。
「最低だよね、黒崎さん」
「俺たちを裏切ろうとするなんて」
「これは自業自得だよ」
「黒崎さんはこうなって当然だ」
「だって、俺たちから有馬くんを奪おうとしたんだから」
クラスメイトたちは口々にそういって、麗子を攻める。
彼らは裕也のカリスマスキルによって、麗子がクラスを裏切って裕也と一緒に逃げようとしたと信じこまされており、裕也がどれだけ黒崎をひどい目に合わせようとも庇ったりは決してしなかった。
むしろ裕也に心酔し、その言葉を完璧に信じて一緒になって麗子をリンチしている。
その結果、麗子は飲まず食わずの状態でここまで追い詰められていた。
「…っ」
何を言っても無駄だと理解し、口を閉ざしている麗子に、裕也はしゃがみ込んで耳元で囁いた。
「ね?黒崎さん…そろそろ諦めなよ…このままだと死ぬよ?それよりもさ…ほら、俺に従っておいた方がいいって」
「…っ」
「なぁ、抱かせてくれよ、黒崎。ただそれだけでいいんだ。君が一言、うんと頷いてくれれば、俺がクラスメイトを説得して、仲間にしてあげるからさ。食事ももちろん与える。悪い話じゃないだろ?」
「…っ」
「意地張ってたって仕方ないぜ?この世界に来た以上、法律とか、警察とか、そういうのは俺たちを守ってくれないんだ。ここは力こそがものを言う世界。そして…これだけのスキルを持ったクラスメイトを従えている俺は間違いなく強者だ。好き勝手に振る舞える。俺についてこれば君も日本に帰れるよ?」
「…っ」
裕也は決して麗子を力づくで従わせたりはしない。
ただ、じわじわと追い詰めて、麗子のプライドを折るのが目的だった。
自尊心の高い麗子を、追い詰めて、自分のものにする。
裕也は、麗子が諦めて裕也の軍門に下るその瞬間を拝みたいと思っていた。
日本では、学校の誰もが慕い、憧れていた黒崎麗子という存在が、自分のものになる過程を、思う存分楽しみたいと思っていた。
「ほら…黒崎さん。この手を取ってよ。そうしたら、仲間にしてあげるよ。水も食事もたっぷり摂らせてあげる。ね?」
下卑た笑みを浮かべながら、裕也は麗子に向かって手を差し出した。
「…」
麗子が顔を上げた。
その目は先程のものと違って、どこかすがるような色を湛えている。
あ、これは落ちたな。
裕也はそう確信した。
麗子の手が裕也に伸びていく。
「…あまり見くびらないで頂戴。このゲスが!!!」
が、結局麗子の手が裕也の手に重なることはなかった。
麗子はそのまま右手を振り抜いて、パシンと裕也の頬を叩いた。
それからキッと鋭い視線で裕也を睨みつける。
頬を張られた裕也のこめかみがヒクヒクと動いた。
「上等だこのあまっ!!!」
キレた裕也が拳を振り上げる。
「…」
もう避ける気力も残されていない麗子は、諦めたように目を閉じた。
…そのときだった。
「ちょっと待ってよ、有馬くん。大切な僕のヒロインに手を出さないでくれるかな?」
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