第32話


それからしばらくして。


「…」


「…」


俺は目を覚ました新田とともにカナンの街に向けて出発した。


モンスターの気配を探りながら森の中を進んでく…


「…」


「…?」


…のだが、何やらさっきから新田の様子がおかしい。


俺から少し距離をとって、たまに振り返ると恥ずかしがるように視線を逸らす。


一体どうしたというのだろうか。


「新田…?どうかしたのか?」


「そ、その…」


「眠れなかったとか?」


俺は一晩中カテリーナの襲撃を警戒して睡眠を取らなかった。


だが、新田は規則正しい寝息を立てていたし、おそらく眠ってはいたはずなのだ。


悪い夢でも見て睡眠が浅かったのだろうか。


「ち、違うの…眠れはしたんだけど…」


「そうか…もしかして、具合でも悪いのか?」


「う、ううん…そうじゃなくて…その…私、寝顔を…」


「寝顔…?」


「ね、ねぇ、一ノ瀬くんっ」


「ん…?」


新田が頬を赤らめながら俺を見てくる。


「一ノ瀬くんは…私よりちょっと先に起きたんだよね…?」


「ああ、そうだが」


「わ、私…何か変なことしてなかった…?寝言とか…いびき掻いてたりとか…」


「…」


あぁ、なんだ。


様子がおかしいと思っていたらそんなことを気にしていたのか。


「ちょ、なんで無言なの…!?や、やっぱり私、変な寝言を…」


「ああ、違う違う。そんなことかと思って安心しただけだ」


「そ、そんなことって…!私にとっては…」


「別に何も言ってなかったぞ。いびきも掻いてなかった」


俺は新田を安心させるために、嘘をついた。


「ほ、本当…?よかったぁ…」


新田がほっと安堵の息を吐く。


「…」


俺はそんな姿を尻目に、前を向いて歩き出す。

新田も慌てたようについてきた。


「…」


本当を言うと、新田は俺が起こすまでにかなり寝言を言っていた。


途切れててよく聞き取れなかったが…それでも何度も「一ノ瀬くん……一ノ瀬くん…」と俺の名前を呟いているのは聞き取れた。


「…」


一体どんな夢を見ていたんだろうな。


まぁ、昨日は一日中俺と行動していたわけだからな。


夢に出ていたとしても不思議じゃないか。


「…新田。少しペースを早めよう。多分もうすぐでカナンの街だ」


「うん…!」


実を言うと俺の名前を呟くたびに頬がふにゃりと緩んでいたのが気になったのだが…俺は一旦そのことは忘れることにした。





その後1時間ほど歩いて森を抜けた俺たちは、草原地帯へと出た。


ちなみに森を抜けるまでに一度、ヒュージ・グリズリーという8メートルほどの巨大熊と遭遇したが、拳一発で胴体に穴を開けて始末した。


ゴブリン・ウィザードと違い、デカイだけで魔法を使わないヒュージ・グリズリーは戦いやすかった。


遠距離攻撃の手段を持たないために新田を守るのが簡単だし、仕留めるのに魔法を使う必要がないから、これ以上カテリーナに手の内を明かす必要もなくなる。


仕留めたヒュージ・グリズリーの爪や毛皮は、一応剥ぎ取って魔法で収納しておく。


そこそこ貴重な素材なため、後々役に立つかもしれないからだ。


「あ、あれじゃない…!?」


森を抜けた先の草原地帯を歩いていると、新田が前方を指さした。


外壁に囲まれたあの街が、カナンだ。


前回の召喚ぶりの懐かしい景色に、俺は少々ノスタルジックな気分になる。


「ようやく着いたね…!よかった…今日は野宿しないでいいんだ…」


安心したように新田がそんなことを言う。


そんな彼女を横目に、俺は一つおかしな点について考えていた。


「おかしいな…てっきりクラスの連中と会うと思ったんだが…」


新田によれば、俺たちを置き去りにしたクラスメイトたちも同じ方向に向かったという。


であれば、地形を把握している俺たちの方が移動速度がはやく、てっきりどこかのタイミングで合流出来るはずだと思ったのだが…


「別の方向に向かったのかな…?」


「さあ、な。森で迷ってる可能性もある…もしくは…」


なんらかのスキルによってより最短ルートを進み、俺たちよりも早くあの街にたどり着いたかのどちらかだな。


三十人も生徒がいるんだ。


誰かが道案内系のスキルを獲得していてもおかしくない。


「ま、合わないのは都合がいいかもな。考えることは少ない方がいい」


新田と二人でいる間は、新田を守ることだけ考えてればいい。


迂闊にクラスメイトと合流してしまうと、色々と面倒なことになりかねない。


出来れば今後ともクラスメイトたちとは関わり合いになりたくないと俺は思った。

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