第49話 神崎沙綾、お正月に帰省する

 狭い三階建ての一軒家、ニ階の八畳のリビングダイニングに、十一人が身体をなるべく小さくして正座していた。時間は午前十一時半。テーブルにはお重に入ったお節料理が並んでいる。


「浅野さん、どうぞ召し上がって。こっちは私が作った物だけど、こっちは兄達が持ってきてくれた有名ホテルのお節だから美味しいわよ」

「綾子の作った煮物もうまいぞ。なぁ、明君」

「もちろん。うちの奥さんは料理上手ですからね」

「じゃあ、沙綾さんの料理上手はお母さん似ですね」


 和やかに微笑みながら言う昴は、すっかり沙綾の親戚達に馴染んでいた。午前は母方の親戚が集まるのだが、テーブル右側に、長男で警察官の須賀敬一と奥さん、次男で大学教授の敬ニと奥さんが並び、左側に三男で裁判官の敬三と奥さん、沙綾両親(父、あきら。母、綾子あやこ)が並んでいた。昴と沙綾はお誕生日席で、向かい側の誕生日席には弟のたけるが座っている。

 神崎家以外はみなきっちりスーツか着物を着ており、姿勢から箸遣いまできっちり四角四面でお堅い雰囲気が部屋中に漂っていた。


「浅野君は、KANZAKIの社員だとか」

「はい、営業部第一課に所属しています」

「営業成績トップらしいですよ。神崎の兄が言ってましたけど」

「じゃあ、沙綾とは会社で出会って?」

「いえ、会社外です。Wネットの異業種交流会で出会いました」

「あ、それ、美和子さんのとこ主催のやつよね。あれって、学歴から何から優秀な人しか入れないんじゃなかった? 確か、年俸もそこそこ必要だったような」

「KANZAKIのサラリーマンって、そんなにもらえるの? 」

「お母さん! 」

「あら、そういうのは大事じゃない。ねえ? 浅野さん」


 昴は、持ってきた鞄の中からノート型PCを取り出すと、みなに見えるように画面を向けた。そこには昴の経歴、会社の年俸、個人資産、加入している保険まで、見やすく纏められていた。昴の収入は、会社のサラリーだけでなく株や不動産等などもあるらしく、それこそ数十年遊んで暮らしても余りある資産を持っているようだ。


「あらあら、ご両親が資産家なのかしら? 」


 悪気はなく、敬ニの奥さんが言う。


「いえ……うちは母子家庭で、僕は私生児です」

「浅野さん! 」


 そんなことまで言わなくて良いと沙綾は止めようとしたが、昴はそんな沙綾の手を握って穏やかに微笑んだ。


「子供の時は、近所の人にご飯を食べさせてもらうくらい貧しかったです。母親も、僕が中学の時に蒸発しました」

「……」

「学校は奨学金で行きましたし、母親の元の彼氏に衣食住は世話になって、仕事も斡旋してもらえたので、なんとか生き繋いでこれました。はっきり言って、褒められた人生は生きてきてません」


 そこまで言うと、昴は座布団から下りてフローリングに直に正座をした。


「でも、これからは、沙綾さんに恥ずかしくない生き方をするつもりです。結婚を前提としたお付き合いをみなさんに認めていただきたく、正月からお邪魔させていただきました」


 改めて頭をさげる昴に、父と母はオロオロとして腰を上げる。


「認めるもなにも、ねぇ? 」

「うんうん。なかなか人に馴染まない沙綾が、男性とお付き合いできるだけで快挙なんだよ」

「そうよぉ。浅野さんみたいなイケメンが息子になってくれるなら、私は大喜びよ」

「うんうん……?僕は別に義息子がイケメンかどうかは拘らないけどね、沙綾が自然体でいられる相手で……まぁ生活に困らないくらいに稼いでくれる人なら、何も反対はしないよ」

「……本当に姉ちゃんでいいのか?」


 今まで黙っていた尊がボソリと言う。


「尊! 」

「いや、尊の心配もわかるよ。沙綾は私達には可愛い姪だが、一般的に見たら普通の娘だ」

「敬一兄さん、何を言うんだ! 沙綾は綾子に似て、最高に可愛いじゃないか!」

「当たり前だ! 純朴な……コケシのように可愛い姪だ」


 コケシ……それって褒め言葉だっけ?


 確かに、沙綾の顔は薄い。目も一重で細いし瞼が厚く、真っ黒の地毛もコケシを彷彿とさせるのかもしれない。


 そして気がつくことがある。伯父さん達のお嫁さんは一重率が100%だった。どちらかというと切れ長な一重で、和風美人という感じではあるが、お目々パッチリなドール系ではない。

 そういえば、神崎方の伯父伯母も、本人達は濃い美男美女系の風貌をしているが、その配偶者は薄めの顔立ちが多い。その子供達……沙綾の従兄弟であるが、彼らは濃い系を受け継いでいるが。

 唯一、沙綾の父親の明と母親の綾子は、薄い水墨画で一筆書きをしたような目鼻立ちをしていて、当たり前だが両親揃って一筆書きの子供は同じく一筆書きで、そんな一筆書きの親子は、濃い系美男美女の親戚達に溺愛されている。


 ウワアッ、うちの親族限定で美醜逆転な価値観かもしれない?!


 今更ながらに、沙綾は自分の親族の異常性に気づいた。しかも、父方母方共に。


「コケシ……。今まで特にコケシに興味はありませんでしたが、そう言われるとコケシが史上最高に可愛い飾り物に思えてきました」


 昴はコケシと沙綾を重ねて思い出してみたのか、沙綾の顔を見て心底ウットリと微笑んだ。美醜逆転しているのは、沙綾の親族だけではなく、沙綾の身近にも一人いるようだ。

 そんなウットリと見られても、コケシと同一化されてるのかと思うと、沙綾の頬は引きつってしまう。


「あー、なんか、姉ちゃんでも良さそうだね。姉ちゃんごめん、なんか本当にごめん」


 沙綾の心情を慮ってか、尊が頬をかきながら申し訳無さそうにする。


「謝られると、逆に辛い……」


 コケシの何が悪い?! と思っている沙綾親戚連中と若干一名で、沙綾可愛い談義に花が咲く。

 両親は親バカとしてウンウン頷いて聞いているし、尊はシスコン気味なので沙綾が可愛いかは置いておいて、褒められるのは嬉しいから、沙綾がどんなに良い姉かをアピールする。


 ……つまるところ、「沙綾大好き」という一点で意見の同意を得た昴と沙綾の親族一同は、すこぶる好印象をお互いに与えることができ、初顔合わせは大成功となった。

 それは神崎の親戚にも同じことが言え、昴は神崎・須賀家のファミリー枠に受け入れられた。


「なんか、浅野さんの誕生日なのに、結局夜までうちの親戚に突き合わせてしまってすみません」


 帰りの電車の中、ほろ酔い状態の沙綾は、座席に座って昴にピッタリとくっついていた。昴の横は温かくて、良い香りがして、くっついていると落ち着く。


「いや、凄く楽しかった。親戚が集まるとか初めてだったし、大人数でいてあんなに居心地がいいのも初めてだったよ」

「浅野さんが嫌じゃなかったのなら何より……です」


 ついウトウトして首がカクンと前に倒れそうになると、昴は沙綾の頭を昴の肩にもたれかけさせ、髪の毛をゆっくり撫でた。


「寝てていいよ。ついたら起こすから」

「……うん」


 沙綾の瞼が落ち、すっかり沙綾が寝てしまっても、昴は沙綾の髪の毛を撫で続け、沙綾から貰ったカシミヤのマフラーを外すと、畳んで沙綾の膝にかけた。




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