第43話 神崎沙綾、ひたすら恥ずかしい
今日は少しばかりお化粧を頑張り、淡い黄色のニットのワンピースに、黒タイツにブーツを履いた。羽織るのはいつもと同じ黒のダウンだし、両手が使える利便性からリュックだけれど、沙綾にしたら頑張ったデートコーデだ。
午前中は眼鏡屋へ行き、昴にあれやこれや試着させられ、昴至高の一品を選び出し購入してくれた。しかも、オプションで一番薄いガラスのものにしてくれ、その他傷つきにくいとかブルーライト防止とか様々なオプションまでつけてくれた。昴が買ってくれた眼鏡は、沙綾だったら絶対に選ばないお洒落な眼鏡で、本当に似合っているか、度数の入っていない眼鏡の試着では沙綾にはよくわからなかったが、昴がべた褒めしてくれた為に、毎日使いの眼鏡にすることを沙綾も了承した。
出来上がりは一週間後の年末最終日になるとかで、出来上がりを楽しみにしつつ眼鏡屋を出、お昼は軽くスパゲッティ屋に入って、昴はトマトクリームの海鮮パスタ、沙綾は半熟卵のカルボナーラを食べた。
その後プラプラとイルミネーションを見て回り、映画館で映画を観てから、昴が予約していた居酒屋へ向かった。
居酒屋というか、家庭小料理屋のような佇まいで、入ってすぐに奥の小上がりに通された。
「沙綾、ここのホットワインは美味しいよ。赤ワインじゃなくてロゼで作ってるから飲みやすいし、温めてるからアルコールも少しとんでるから沙綾向きだ」
「じゃあ、私はそれで」
「ホットワインと日本酒熱燗で。食事は……沙綾、何か食べたいのある?」
「美味しければなんでも……」
「じゃあ、大将のオススメで出してもらおうかな」
女将さんなのか、和服姿の40代中頃くらいの美女が注文を受けてカウンター内の大将と思われる厳つい男性に注文を伝えた。
「沙綾がイメージしている居酒屋とは少し違うかもしれないけど、和○とか魚○みたいなとこはまた今度ね。ここは料理も美味しくてゆっくり食事できるし、あんま騒がしくないから、会話するに苦労するなんてこともないからね」
「うん。こういうところも初めてだから嬉しいです。お酒もご飯も美味しいし」
ある程度食事も進み、もうお腹もいっぱいになるという頃、女将さんが蝋燭の刺さったケーキを持ってきてくれた。数字の蝋燭で、2と4の二本が立っている。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう……ございます。これって……? 」
「頼んで作ってもらったんだ」
「大将さんにですか? 」
手作りのケーキって、和風の居酒屋のメニューとしてはおかしくないだろうか? しかも、厳つい大将が可愛らしくデコったケーキを作ったとか、ちょっと似合わないというか……。
「私よ、私。お菓子作りは趣味なのもあるけど、昴君の頼みですものね。フフフ」
ハッピーバースデーの歌を女将さんが歌い出すと、店にいた他のお客さんも歌ってくれた。沙綾がフーっと蝋燭の火を吹き消すと、女将さんがいったんケーキを裏に下げて、切り分けて持ってきてくれた。お店のお客さんにもおすそ分けで出している。
「……綺麗な人ですね」
「
年齢は少し離れているようだが、あれだけの美人さんなら昴が過去に関係があったとしても頷ける。沙綾はモヤモヤした気分でケーキを一口食べた。
「名前で呼び合うご関係なんですね」
昴はキョトンとしてから、沙綾のモヤモヤを理解したのか、クスクスと笑いだした。
「もしかしてヤキモチ焼いてくれた? 違うからね。大将と美也子さんは、俺が子供の時にお世話になった人達。小5まで住んでたアパートの隣に美也子さんが住んでてさ、チビの頃よく美也子さんに飯めぐんで貰ってたんだ。で、子ども食堂の存在とかも美也子さんに教えてもらって、そこにボランティアに来てたのがノブさん。ノブさんって大将のことな。あ、この二人それきっかけで結婚したから、俺がキューピットだな」
美也子が空いた皿を片付けにきた。
「そうね、昴君がいなかったらうちの人とは出会えてなかったわ。昴君、いきなり引っ越ししちゃったから、本当に心配したわ。まさか、大きくなった昴君と再開出来るなんて思ってもみなかったし」
「俺も、たまたま入った小料理屋がノブさんと美也子さんの店だなんて思わなかったよ。しかも、ガキの頃しか知らない筈なのに、成長した俺に気がつくとは思わなかったし」
「気がつくわよ。あなた、私が気が付かなかったら、そのまま帰ろうとしたでしょ」
「そりゃ、まぁ、なんとなく気まずいから」
「なんでよ」
昴の頭を軽く小突くと、美也子は沙綾の方を見てフワリと笑った。
「あの昴君が彼女連れてきてくれるなんてね……。そりゃケーキくらいいくらだって焼いちゃうわよ。この子ったら、たまにフラッと一人で立ち寄るだけで、彼女どころか友達も連れてきたことなかったのよ。ちゃんと生活できているのかもわからなくて、本当に心配したわ」
昴の過去の話を聞いた時は、最低の大人しか彼の周りにいなかったんだと悲しみと憤りを感じたが、そんな人ばかりじゃなかったとわかり嬉しくなる。
「……改めまして、神崎沙綾です。ケーキ、ありがとうございました」
「どういたしまて。私は佐々木美也子。あっちのは夫の
「美也子さん、酷いな。さてと、そろそろ帰ろうか」
昴が立ち上がって沙綾に手を差し出した。沙綾はその手をつかんで立ち上がると、再度美也子に頭を下げた。
昴が会計をすませ、二人で揃って店を出た。自然と手を繋ぎ、寒いから寄り添って歩く。
「寒くない? 」
「大丈夫」
昴にはタクシーで帰ろうと言われたが、まだ電車もあるしもったいないから電車で帰ろうと沙綾が主張し、電車で帰ることになった。昴のマンションの最寄り駅だと乗り換えして遠回りになる為、会社最寄りの路線に乗り、混んではいないが座れずに、二人並んでドアの前に立った。
「……あの人、すっごくかっこよくない?! 」
「ウワッ! 芸能人? 芸能人レベルだよね」
チラチラと昴を見ていた女子大生くらいの女子二人が、キャーキャー騒いでいた。昴も気付いているのだろうが、我関せずという感じでドアにもたれて外を見ていた。
まぁ、キャーキャー騒ぎたくなる気持ちはわかる。何でこの人が沙綾の彼氏なんだろう? と、一日に一回は本気で悩むくらい昴の造作は完璧だ。全ての顔のパーツが、まさに完璧なバランスで完璧な形で配置されており、手足の長さ、骨格、筋肉に至るまでまさに理想形。よっぽど特殊なフェチの人以外は、男女問わず昴に見惚れることだろう。
美男美女を見慣れた沙綾でさえ、欠伸した顔すらイケメンって凄いな……などと感心してしまうくらいだ。
そんな昴だから、外を歩けば注目されるし、逆ナンの嵐なのはしょうない。ただ、沙綾が昴と一緒にいると、沙綾までみなに見られるのが苦痛過ぎた。だいたいはただの知人だろうで落ち着く(勝手に関係性を予想されている)のだが、最近は手を繋いで歩くことが多いせいで、
誰一人としてカップルだと言ってくれないのは……寂しい現実だ。
「隣りにいるの……」
「無関係でしょ」
「でも、手繋いでるよ」
「ウッソ?! マジで?! 」
彼女らの視線が昴と沙綾の手に注目する。沙綾は居心地悪く手を離そうとしたが、昴は逆に沙綾の身体を引き寄せて腰に手を回してきた。
「浅野さん……ちょっと見られてますから」
「見せつけちゃえばいいじゃん」
「公共の場ですから」
「公共の場じゃなきゃいいの? うちならひっつき放題? 膝の上に座ってくれる? 」
「嫌です」
「エエッ! じゃあ昨日のリベンジは? 」
「昨日? 」
「そう、昨日。チューしてくれようとしたでしょ? 」
「してません! 」
「だって、歯ぶつかったじゃん」
「ず、頭突き、頭突きが失敗したんです! 」
「そうなの? あのタイミングで頭突き? 」
「あのタイミングでです! 」
昴の言う通り、キスをしようとしたのは確かだが、知らない人ばかりとはいえ、色んな人の面前でその暴露はできない。いや、例え昴と二人きりでも、恥ずかしさのあまり誤魔化したかもしれないが。
「ハアッ、本当に可愛いんだから」
昴はまるで二人きりの時のように、沙綾の頭におでこをグリグリしてくる。
「ちょっと、浅野さん、人前ですってば」
沙綾は浅野を引き剥がそうとするが、浅野は沙綾の腰を抱き寄せるようにして離してくれない。
「人前じゃなければ、もっと色々していいんだよね。家帰るの楽しみだなぁ。早く電車つかないかなぁ」
沙綾も違う意味で、電車がつくのが待ち遠しかった。回りがヒソヒソ自分達のことを話しているのが気にならないくらい、恥ずかしかったのである。
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