とある冬の日
ぺるしゃ*
とある冬の日
「ねえ兄ちゃん」
弟のコウタが何やら話しかけてきた。
「なんか最近ずっと眠いー」
「なんか1日中眠いし、何もやる気出ないし」
コウタは眠そうに目を擦っている。
「冬だから、とか? 冬眠の時期でも来たんじゃないの」
「そうかな……」
腑に落ちないという顔をしているがまあいいや。適当に言ってみただけだし。
そういえば俺も眠い気がするな……。
「ふふっ、そうねえ、冬になると誰でも眠くなるものよ」
……ユズ姉が言うなら間違いない。
「あらいけない! お昼準備するのを忘れてたわ!」
「ちょっと買い物行ってくるね」
そう言い終えるか否や、ユズ姉は買い物袋を掴んで玄関に向かっていく。
あ、
「今日はおれが……」
ドタドタ、バタン!
ユズ姉はあっという間に出て行ってしまった。
(いっつもユズねえが買い物に行ってくれる……)
申し訳ねえ……。って、あれ? 最近外に出たのっていつだっけ?
んー、まあいいや。
(明日は久々に俺が買い物に行くか)
ちなみに俺はナオト。ユズ姉の弟であり、コウタの兄でもある。
「兄ちゃん」
またコウタか。
「どうした?」
「前から眠くなることはよくあったけど、最近のはなんか違うの」
なんとか開いたらしい気だるげそうな目でコウタは俺を見つめて言った。
「寝落ちとかそういうんじゃなくて、ほんとに突然すっと眠るの、記憶がふわっと飛んじゃうの」
「ああ? よかったじゃねえか、寝付きが良くなったんだろ? 一瞬で寝れるなんて便利な機能がついたもんだ」
「たしかに! そうだね!」
コウタはその考え方があったか! というきらきらした目で言った。
「でもさ、一回寝るとすごーく長く寝ちゃうんだけど…」
コウタは少し困ったように首をかしげた。
「これも便利機能、なの?」
「そんなに寝てるか? 寝すぎとはいったって、10時間とかだろ? 別にいいじゃん。『良く寝る子は良く育つ』っていうしさ」
(んん……、1日以上寝てる気がするのボクの気のせいかな……、まあいっか……)
弟はなんとか納得したようだ。
ボクは今日も眠くて仕方がない。
いつ起きたのかも覚えてない。
気付いたら起きていて、
気付いたら記憶がない。
兄ちゃんは、何も感じてないみたいだけど。
そりゃそうかあ……、だって鈍感だったもん……。
ずっと、ずっと……。
隣に住んでる姉ちゃんは兄ちゃんのこと好きらしくて、何回もアピールしてるのに兄ちゃんはそれに全く気付いてなくて……。
そのことにボクが気付いちゃったことを知った姉ちゃんは、ボクの目をじっと見て、
『お兄ちゃんには内緒だよ』
って。
はあー、全く兄ちゃんったら。
って、そんなことはどうでもいいの!
それはおいといて、今、本当に眠いの。
明らかに、なんかおかしいの!
いつから……、こうなったのかな。
もう既に生きてなかったのかな。
ずいぶん前から。
「コウタ」
「コウター?」
兄ちゃんが呼んでいる。
どうしたのだろう。
「んー、なんだろな……。何と言えばいいのか…」
兄ちゃんが珍しく困ったような顔で話している。
「俺も最近やけに眠いんだよ。2日前からは特に。ほんとは食欲もないんだよな。食べなくてもお腹減らないし……、ユズ姉がつくってくれるから食べるだけで」
「ぼくもおなか全然すかないよ。いくら食べてもおなかいっぱいにならないし」
「いったい何なんだろな……」
「いったい何なんだろね……」
何か変だと感じつつ、することがないのでテーブルの上に置いてある新聞に手を伸ばす。
ふぇっ?
まって……? 嘘、だよね?
一応……確認……してみようかな……。
「に、兄ちゃん!!」
「こ、これ……」
「ん? どうした?」
「これ、なに?」
「新聞でしょ、何に驚いて……。えっ?」
夕陽新聞 12/3(月)
11月3日、家族4人で車に乗車して外出している最中に、反対車線から猛スピードではみ出してきた車と衝突したもよう。
女性(46)と男性(48)は死亡が確認され、後部座席に同乗していた二人の少年(兄17才,弟12才)は意識不明の重体で、今も回復の見込みがたっていない。
(えっ、たしかにその日は出かけたけど……。ユズ姉は部活の合宿行ってて居なかったけど。おれらの年齢もぜんぶ同じ……。母さんと父さんの年齢も同じだし、もういないことまで……)
俺は動揺した。
「ねえ、どうなってるの?」
「これ、ぼくらのことなの?」
「ねえ?」
コウタが次々と言葉を投げかけてくる。
「はは、違う家族のことだよ。おれらじゃねえ、よな?」
俺は認めたくなかった。
二人に事故当時の記憶がよみがえる。
11/3の記憶
家族4人で車に乗っている。
車を走らせていると、前から車が猛スピードで近づいてくる。
父親がブレーキを踏んで必死にハンドルを切ろうとした瞬間、
!!!!!!!!!!!!!!
(あの時、絶対におかしいって気づいたんだが、その車が速すぎて、避ける暇なんかいっさいなかったんだ……)
うぅ……。頭が痛い。
(ショックでぜんぶ忘れて記憶が飛んでたんだな)
俺は、現実に引き戻された。
(そっかそっか……、そんなことがあったねえ……。ははは。
信じられなくて、どうしようもなくて、忘れてたんだな。
お前はすごいな、どこか違うっていう違和感に気づいていて。俺は全く感じなかったよ、違和感を。というか、感じたくなかったもんな)
「はは、おれら意識不明の重体だってよ」
「いやだ、いやだ……」
コウタは首を横にぶんぶん振っていた。
「まだ、間に合うかな」
「からだ、に戻れるかな」
「まだ、死なずに済むかな」
コウタがすがるような目でこちらを見る。
「どうだか」
俺は肩をすくめて言った。
ガチャっ
「ただいまっ」
「今日のお昼は、親子丼だよー!」
ユズ姉が威勢よく帰ってきた。
「あれ? どうしたの?」
「何かあった?」
「空気が暗い、よ?」
ユズ姉は心配そうな顔で尋ねてくる。
「「……」」
黙り込む二人。
俺は重い口を開いた。
「なあ、ユズねえ。おれら、死んでたのか」
「えっ? どうしたの急に……」
コウタは、じっとユズ姉の目を見つめて、言葉を口から出した。
「これ。これを見て」
「あ……」
ユズ姉の顔に驚きの表情が浮かんだ。
そして苦痛が、焦燥が、絶望が、浮かんでは消えていく。
やがて。
ふぅ、と息を吐き出してから言った。
「気付いちゃったか……」
微かに微笑むユズ姉。
事故の連絡がきた日、父と母の確認をするために遺体保管所に向かったの。そこには、たしかに両親の姿があった。魂が抜けた後の身体があった。かつて父と母であったはずの身体があった。
その後、病院にも行ったわ。もちろん、意識不明のナオトとコウちゃんに会うために。二人とも、大量の機械のおかげでなんとか命を繋ぎ止めている状態だった。『そう長くは持たないでしょう』と医師に告げられた。
もう心にぽっかりと大きな穴が空いていて、どうしたらいいか分からなかった。どうしようもなかった。
どれだけ泣いても、
どれだけ叫んでも、
どれだけ喚こうが、
みんな帰ってこない、一人ぼっち。
どこに消えたの、私の家族は。
なんで? 旅行に出掛けただけ、だよね?
それが……。
こんな状態で帰ってくるなんて、聞いてない。聞いてないよ……。
ねえ……、ねえってば……。
もう、どうしたって戻らない。
もう、みんな行ってしまった……。
絶望した。
いや、絶望を感じることすらできなかった。
何をすればいいのか、分からなかった。
……そして、ここに戻ってきたの。そう、私たちの家に。この目で確かめるために。自分の気持ちにけじめをつけるために。
そしたらあなたたちがいた。びっくりした。最初は何事か、と思ったけれど、どうみても本人でしかなくて。本人にしか見えなくて。思考回路がパンクして止まりかけたけど……、やっぱり本人だとしか認識できなくて。
そこにはいつも通りのあなたたちがいて、私をいつもと変わらない雰囲気で迎えてくれるから。うっかり涙がこぼれてしまって。堤防が破壊されたんじゃないかってくらいに、涙が溢れ出てきた。止まらなかった。あなたたちはとても驚いたような顔をしたけれど、すぐに受け止めてくれて。ハンカチを差し出してくれて。『何かあったの?』って心配そうな顔をして聞いてくれた。
そっか、何にもなかったよね、って。
あれは夢だったんだよね、って。
そう思えてきて。
よかった、あれはただの夢だったんだね、って。
このまま暮らしていこうって決めたの。
前と変わらず一緒に話せるんだ、って。
お母さんとお父さんはいなくなっちゃったけれど、なんとかなるかもって。
それで、1ヶ月くらい、今日まで過ごしてきた。
一人じゃないのが本当に嬉しかった。
二人消えてぽっかりと空いた穴が埋まって。
本当にほっとした。安心したの。
でも……、それももう終わりね。
すべてを諦めたかのように微笑みながらユズ姉は言った。
「ごめんね……」
「姉ちゃんは悪くないよっ」
コウタは思わず反論した。
ユズ姉は瞼を閉じて、首を静かに横に振った。
「ううん、わたしが悪いの」
やがて、ユズ姉は決心したように口を開いた。
「ナオトとコウちゃんの身体は、おとといこの世から去りました」
「「……」」
俺らは頭が真っ白になった。
「ごめんね」
ユズ姉は頭を下げて謝った。
「わたしが現実逃避してたの」
「もう、戻れないの? ボク、もうだめなの?」
「難しいんじゃないかな」
「……」
早く言ってあげられたらよかったね……。
“あなたたち幽霊なんだよ”
って。
とある冬の日 ぺるしゃ* @persian_123
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