#4

図書館

 錦田は図書館の扉を横にスライドさせ、中へ入ってきた。鈴藤も錦田の後を追うようにして入った。二人がカウンター付近に行くと楓一郎は本棚の整理をしていた。そしてなにかの気配を感じたのか不意に後ろを振り向くと錦田と目が合った。

「あっ、どうも。」

目が合ったからには挨拶をしなければいけない。と思い錦田は軽く礼をした。

「やはりこの場所にスーツは似合いませんね。」

鈴藤はフッと鼻で笑ってみせた。

「ちょっといいか?。」

というと鈴藤は裏の倉庫の方を指さした。楓一郎は頷くと三人は倉庫の方へ向かっていった。

倉庫へ入ると惑斗が在庫の確認をしていた最中だった。二人に気がついた惑斗は軽めに礼をしてしれっと楓一郎の隣に座った。

「で、どうでしたか?下沼孝蔵については。」

錦田はカバンから資料を取り出して説明を始めた。

「やはり嶝さんの読み通り、下沼孝蔵は過去に港区に高層ビルを建設しようと計画していたそうです。」

というと錦田は当時の新聞記事を二人に見せた。

「しかし地域住民達が反対活動を起こし、一時は建設中止にまで追い込まれたのですが、政界からの圧力に耐えかねた区長が反対を押し切り工事を開始。その結果、多くの住民が土地を追いやられたそうなんです。」

楓一郎と惑斗は錦田が出した新聞記事を見ながら話を聞いていた。すると惑斗が質問をする。

「でも下沼孝蔵と今回の事件、何か関係があるんですか?。」

その質問が来た瞬間、錦田は惑斗に向かって指を指した。

「それがあるんだよ。建設予定地には被害者の妻、雪江の父親が経営していた豆腐屋があったそうなんです。」

錦田はその豆腐屋の写真を取り出した。写真には「名取豆腐店」と書かれた店の外で仲睦まじく微笑む男と双子の姉妹の様子があった。

「雪江が4歳の頃に母親を病気で亡くしてからは、父親が豆腐屋を経営しながら男手一つで双子姉妹を育ててきたそうです。しかし20年前、雪江が17歳の時に豆腐屋があった一帯が下沼不動産に買収され、雪江達は家を追い出されました。」

「それからすぐに父親が病に倒れ、急死。下沼孝蔵に全てを奪われた。」

鈴藤は胸ポケットの手帳から一枚の写真を取り出した。

「それだけじゃない。その土地に建てた高層ビルというのが下沼吉成が経営しているIT会社だった。」

惑斗は二人の話を頭の中で整理してある事実に辿り着く。

「ということは雪江には被害者を殺害する動機があったということですね。」

「あぁ、そういうことになる。」

刑事たちの弛まぬ努力のおかげで浮上してきた犯人像。そして事件の全貌。

「しかし、雪江が犯人だと仮定してどうやって被害者を殺害したのでしょうか。」

そう、今回の事件の争点は殺害方法だ。披露宴前に被害者に会っていた人物はおらず、グラスやワイン、料理には毒物を仕込んだ痕跡は無かった。ならば一体どうやって殺害したのか。

「あぁ、殺害方法は既に分かっています。」

楓一郎の発言に一同が驚いた。

「分かったんですか?嶝さん。」

「えぇ、犯人の目星はついていたので後は確証を得たかったので錦田警部補に下沼孝蔵について捜査をお願いしたんです。」

既に楓一郎は犯人とその殺害方法に気がついていたのだ。

「犯人の復讐はまだ終わっていませんよ。」

「次のターゲットは下沼孝蔵ですね。」

楓一郎は軽く頷いた。一刻も早く犯人を止めなければいけない。

「行きましょう、孝蔵氏の元へ。」






下沼グループ株式会社 社長室

 社長席には下沼孝蔵が座っていた。何やら資料を見比べながら、作業をしている様子だった。すると社長室が「コン、コン」と叩く音が聞こえてきた。誰かがノックをしたようだ。

「はい、どうぞ。」

そう言うと扉が開き、中へ人が入ってきた。

「失礼します。」

入ってきたのは雪江だった。ハイヒールで歩く音が社長室に鳴り響く。

「どうしたんですか雪江さん。」

雪江は鋭い眼差しで孝蔵を見つめる。すると持っていたカバンの中からナイフを取り出した。

「なっ、何のつもりだね雪江さん。」

孝蔵にはなにが起こっているか理解できなかった。

「あんたのせいよ。あんたのせいで私達家族は散々な目に遭った。」

ナイフを持ったまま孝蔵に近づいていく雪江。

「待ってくれ、落ち着いて、私には何がなんだかさっぱり。」

孝蔵の額には死の恐怖からか冷や汗が滲み出てきた。

「忘れたのならあの世で私の家族に聞いてみなさいよ。」

その言葉と同時に雪江は孝蔵に向かって走り出した。孝蔵は死を覚悟したその時、

〈バン!〉という音と共に社長室の扉が勢いよく開いた。

「やめてお姉ちゃん。」

その言葉を聞くと雪江は止まり、後ろを振り返った。そこにいたのは楓一郎と惑斗、鈴藤と錦田、それから雪江と瓜二つの女性だった。

「やはりあなたが犯人だったんですね、冬海さん。」

孝蔵氏を殺害しようとしたのは雪江の双子の姉、冬海だった。

「雪江、なんで、なんで止めるの?。」そう訴える冬海の目には涙が溢れていた。

「冬海さん。あなたは事件当日、本当は会場にいたんですよね。」

そう言って楓一郎は推理を披露し始めた。

「そして披露宴の前に雪江さんと入れ替わった。」

驚愕の事実に惑斗は驚きを隠せなかった。

「えっ、どういうことですか?。」

楓一郎は一息つくとゆっくりと歩き始めた。

「真実はこうです。吉成さん殺害の計画を立てた冬海さんは双子であることを利用して、披露宴とパーティーの間で雪江さんと入れ替わることを思いついた。入れ替わった冬海さんは吉成さんにある物を渡しました。」

ここで錦田があからさまな質問をする。

「ある物ってなんですか?。」

待ってましたと言わんばかりの顔を見せる楓一郎。

「それはリップクリームです。」

「雪江さんから被害者の唇が乾燥しやすいという情報を聞いた冬海さんは致死量に匹敵するテトロドトキシンを混ぜ込んだリップクリームを渡した。そうとは知らずに唇に塗った被害者は唇から神経を通って全身に毒が回り、初期症状が現れないまま死亡した。」

ずっと謎だった殺害方法、それはリップによる毒殺だった。

「被害者はリップを大量に塗る癖があったため、毒の回りが早くなったのでしょう。更に冬海さんと雪江さんは同じ学校、同じクラスだったため参列していた同級生達も入れ替わりに気が付かなかったと思われます。」

雪江はその場に呆然と立ち尽くしたまま楓一郎の推理を聞いていた。孝蔵は未だに怯えながら今の状況を頭の中で整理する。

「全ては10年前に始まったんですね。」

冬海は俯いたまま体を震わせながら話し始めた。

「私達はあの豆腐屋が大好きだった。決して裕福じゃなかったけれど、あの匂い、お父さんの冷たい手、あの時間が幸せだった。母が亡くなってからもお父さんは必死にあの場所を守ってきた。」

冬海は孝蔵の方を向いて訴えるように話し続けた。

「でもある日、突然奪われた。それからすぐに父がガンを患い、そのまま死んでいったわ。このままじゃいけない、お父さんの敵を取らないと。私達から何もかも奪った下沼孝蔵を、吉成を殺すと誓ったの。」

冬海はナイフを持った手を震わせながら孝蔵に徐々に近づいていく。楓一郎はそれを止めるかのように言葉を発した。

「でも一つだけわからないことがあります。テトロドトキシンはフグ毒、一般人がそう簡単に手に入れられるものではありません。」

冬海は止まって楓一郎の質問に答えた。

「豆腐屋の隣に魚屋があったんです。そこの店主とお父さんは仲が良くて、今は魚市場で働いています。市場の名前は翔鸞魚市場、名前は茂村伴蔵です。」

そう言うと冬海は手に持っていたナイフを床に落とし、崩れ落ちるように跪いた。鈴藤は冬海にそっと近づいて手首を掴んだ。

「名取冬海、殺人の容疑で逮捕する。」

鈴藤は冬海の手首に手錠をかけた。そして彼女の肩を持ち、支えた。冬海は立ち上がり、鈴藤に連れられてゆっくりと歩き出した。冬海は別の捜査員に連れられて部屋を後にして行った。錦田は雪江に近づいていき、こう話しかけた。

「下沼雪江さん、署までご同行願いますか?。」

雪江はただ静かに頷き、錦田と共に去って行った。

「さて、下沼孝蔵さん。あなたからもたっぷりとお話お聞きしたいですね。」

二人の捜査員が孝蔵の元へ行き、脇を挟んで無理やり立たせた。

「私にこんなことしてただで済むと思うなよ。」

孝蔵はそう藻掻いたが捜査員によって強引に連行されて行った。鈴藤は部屋を出る際に楓一郎の顔をチラッと見て、すぐに視線を反らして出ていった。

「明白な事実ほど、誤られやすいものはない。ボスコム谷の惨劇でシャーロック・ホームズが放った言葉です。」

楓一郎が途端に発した言葉。

「どういう意味なんですか?。」

「人は、はっきりと理解しやすいものに飛びついて誤ってしまうことがある。大切なのは『何事も疑う』という視点であるという意味です。」

「今回のケースで言うと、犯人は雪江さんであるというはっきりとした事実を鵜呑みにしてという真実を見逃す所だった。」

惑斗は楓一郎の言葉に深く感銘を受けていた。窓の外を見ると雲一つ無い快晴の空がどこまでも広がっていた。






二日後 12月30日

 鈴藤と錦田は楓一郎達の元を訪れていた。その後の捜査状況を報告しに来ていた。

「推理屋、今回は助かったわ。ありがとうな。」

「お陰様で今年中に片を付けることができました。」

鈴藤達はどこかホッとした様子だった。

「いえいえ、私も良い暇つぶしになりましたから。」

鈴藤は惑斗の方を見ながらこう言った。

「これでお前が犯人にされてもこいつが解決してくれるから、安心して疑っても良いってわけだな。」

「冗談じゃないですよ。もう疑われるのはゴメンです。」

惑斗はとても嫌そうに話した。その顔を見て鈴藤と錦田は笑い、楓一郎は微笑んだ。

「それで取り調べで彼女は何と。」

鈴藤は軽く頷き、少し前へ乗り出し話し始めた。

「素直に供述してくれてるよ。おかげで事件の全貌が見えて来た。どうやら雪江と吉成が出会ったのは偶然らしい。たまたま大学が同じでそこから知り合い、二人は付き合いだした。当時、吉成は母親の性の蒔野を名乗っていたから気が付かなかったんだろう。」

「その後、吉成が下沼グループの息子であることを知った雪江は何度も復讐を誓ったらしいができなかった。それを知った冬海が計画を立てて、実行に移した。」

楓一郎と惑斗は話を聞いて少し胸が痛くなった。

「それでも雪江は冬海を何度も止めたらしい。本当に愛しているからと。」

それを聞いた楓一郎はある一つの小説を思い出した。

「まさに『ロミオとジュリエット』ですね。愛してはいけない人を愛してしまった。結末はバットエンドでしたけど。」

「まぁ、雪江は起訴されずに済むと思うし、冬海も4、5年で出てこられるよ。」

どこか重たい空気を察した惑斗がこう呟く。

「明日は大晦日ですね。」

「えぇ、2021年ももうすぐ終わりですよ。」

倉庫から見える外の景色は雲一つ無い晴天だったが、四人の目には深々と降る雪の結晶が確かに見えていた。


                                                        

END

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推理は華麗の如く〜臨海図書館司書 嶝楓一郎〜 VAN @loldob

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