FT1
炯斗
01
この夏、カナコはおばあちゃんの家にきています。
おばあちゃんの家はとても大きくて、カナコは初日から、目を丸くして探検をしました。
実際には大豪邸というわけでは決してなく、平凡な、よくある田舎の一軒家です。カナコは日本でマンションに住んでいましたし、体もまだ小さいので、おばあちゃんの家はとても大きく広く感じたのです。
カナコが探検したところによると、この大きな家には、おばあちゃんと猫の他に、小さな生き物が何匹か棲んでいることが判りました。
猫はおばあちゃんの家族で、黒色の長い毛と緑がかった金の瞳を持った老猫です。ミーシャと呼ばれています。
小さな生き物たちは見たことのない生き物で、カナコには名前はわかりません。カナコを見掛けるとサッと隠れてしまうのですが、彼らが台所からジャムやハチミツを失敬しているのをカナコは知っていました。そして、人の言葉を喋ることも。
『礼品がなきゃ働けねぇ 出て来ないなら盗りに行こう これは報酬 悪さじゃないない』
歌うようにリズムよく、そんなことを言いながらハチミツの小瓶を運んでいるのを見てしまったのです。
カナコは大変に驚いて、それからというもの、彼らを見つける度に後をこっそりと着いていきました。しかし、小さな穴に入られたり、高い所へ登られたりして、いつも途中で見失ってしまいます。
今日も今日とて、カナコは彼らを追っていました。彼らに続いて廊下の角を曲がると、おや。姿がありません。慌てて左右を見渡すものの、やはり居なくなっています。カナコはがっくりと肩を落としました。すると、頭上からヒソヒソ声が聞こえて来ました。
『やっぱりやっぱり 後をつけられていたぞ』
『こわいこわい おれたちを捕まえるつもりかも知れない』
『捕まったら どうなる?』
『頭からがぶりと 食べられてしまうかも知れない!』
「そんなことしないよ!」
思わずカナコは顔を上げます。
『逃げろ 逃げろ 見つかった!』
『急げ 急げ オーサマに報告だ!』
彼らは散り散りになって消えていきました。
どうやら彼らには王がいるらしいと知ったカナコは、報告されたらどうなるのかなと考えました。カナコを捕らえに来るのでしょうか。
「どうしよう」
ひとり口に出してオロオロしていると、
「カナコちゃん? どうしたの?」
優しい、静かな声が聞こえました。
「いるならどうぞ、入ってらっしゃい」
声は近くの扉から聞こえてきます。ここはおばあちゃんの部屋の前だったようです。カナコはよいしょと手を伸ばしてドアノブを回して、開いた扉から部屋の中を覗きました。
「いらっしゃい。中までお入り。もっと近くへいらっしゃいな」
おばあちゃんはベッドで横になっていました。最初に挨拶をした時からそうでした。カナコはおばあちゃんが立ったり歩いたりしている姿を見たことがありません。
カナコは扉も閉めずに、ベッド脇の椅子へよじ登りました。
「大きな声を出していたけど、何かあった?」
「ちいさいいきものがいたの!」
「あらあら。古い家だからね。ビックリしたでしょう」
うん、と大きく頷いて、カナコはおばあちゃんの顔を見上げました。
「あれはなぁに?」
「どんな生き物だった?」
カナコは「う~んと」と悩みながら、今までに見つけた彼らの特徴をひとつひとつ思い浮かべては挙げていきました。
大きな鼻をもつものもいました。緑色のものもいました。服を着ていたり、帽子を被っているものも。
おばあちゃんは笑いながら「それは妖精ね」と教えてくれました。
「ようせい」
「そうよ。きっと家を守ってくれているのね」
どうやら悪い生き物ではないようです。
「わたしがわるいやつだって、おーさまにほうこくするっていうの」
おばあちゃんはカナコの頭に手をのせて、安心させるように微笑みました。
「大丈夫。妖精の王様は話の解るひとだから、酷いことはされないよ」
「おばあちゃんは、ようせいのおーさまをしっているの?」
カナコの問いに、おばあちゃんは優しく微笑むだけでした。
FT1 炯斗 @mothkate
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