第5話 探偵の孤独(3)
私はその日園から帰ると、すぐに家を出た。
近所の堤防を歩き、神社に行き、公園を回り、潰れた工場跡へ来た。
みさきちゃんの良く行く遊び場、そこから家への途中。ここはその中のひとつに当たる。
「いたか」
探し物である猫は、ここにいた。小さな猫で、カラスにつつかれでもしたのか、確かにケガをしていた。
警戒するように、寝床代わりの空気の抜けたゴムボールの中で毛を逆立てるのに、私は持って来たおやつを差し出す。
「君もどうだい」
今日のおやつは、お誂え向きにふかしたサツマイモだった。
猫が食べていいものは、人間の食べていいものとは違っているし、子猫にはミルクというイメージと違い、子猫にミルクはよくない。
加熱したサツマイモなら、食べてもいい。
半分を差し出し、半分を毒が無いと示すように私がかじって見せる。
猫は恐る恐る鼻先で突いてから、サツマイモにかじりつき、そして、勢いよく食べ始めた。
そして食べ終えて満足し、警戒感も薄れたような所で、私は猫を抱き上げた。
「にゃん」
「しぃー。安心するんだ、子猫ちゃん。悪いようにはしない」
私はそこを足早に離れた。
翌日、登園した園児達は、新しい仲間に夢中だった。昨日の子猫だ。あれから私は猫を園に連れて行き、先生に涙を浮かべて言ったのだ。
「子猫がケガしてて。助けて、先生!こんなに小さな命なのに、かわいそうに」
これで猫を捨てに行くなら、教育者としてどうかと思う。
こうして子猫は、最低でもケガが治るまでは、園で保護してもらえることになった。
猫を囲む人の輪から離れて開いた本の上に影が落ち、私は目をあげた。
「やあ。おはよう、優斗君、みさきちゃん」
2人はもじもじとしたように、そして眩しそうな目を私に向けていた。
「流石は俊君だね」
「何の事かね」
「とぼけなくてもいいわよ。先生に聞いたから。
ごめんなさい。いくらかわいそうでも、私のした事は間違っていたわ」
「もう気にするな。みさきちゃんの優しさが子猫を救ったのは事実だろう。
ああ。でも、覚えておくといい。子猫にミルクはだめだ。食べさせはいけないものもある」
私は開いていた本を閉じ、みさきちゃんに差し出した。
『ねこの飼い方』
みさきちゃんが目を輝かせて本を開くのに背を向け、私は恐竜図鑑を取りに本棚へ向かった。
「俊君!」
優斗の呼ぶ声に、振り返る。
「やっぱり僕に探偵は無理みたいだよ」
「そうかい。人には向き不向きというものがある。探偵なんてハードな生き方、勧めはしないさ」
優斗はみさきちゃんのそばに行くと、仲良く肩を寄せて本を覗きだした。
そう。探偵は孤独に耐えられないとやっていけないのさ。
私はひとりそうごちて、恐竜図鑑を一人開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます