第4話 探偵の孤独(2)
探偵の仕事というのは、目立たないものだ。いや、目立ってはいけない。小説やマンガとは違う。事件を解決するのは警察の仕事であって、探偵のすることではない。探偵は、ただ事実を拾い集め、つなげ、真実を拾い上げ、依頼人の助けになるものだ。
華々しい活躍がしたいなら、警察や、戦隊ヒーローになればいい。
「俊君はカッコいいね」
優斗がキラキラとした笑顔で言うのに、私は苦笑を浮べて応えに代えた。
私達は、
「給食のミルクがいつも1パックなくなる」
という給食のおばさん達の話を洩れ聞き、おばさんから、「内緒よ」と言ってもらったキャンディーチーズを報酬として、事件に当たる事にした。
それで食材の搬入された時から、こうして調理室を視界に入れて注意しているのだ。
しかし、お絵かきやら何やらと、目を離すしかない時間がある。幼稚園に在籍している以上はあまり勝手はできないし、目立つのも困る。
だから集団生活は嫌なんだ。
それでもお腹の痛いふりをして、私と優斗は、交代でひっきりなしに調理室を見張った。
お腹が下った疑惑を受けながらも見張りを続けているうちに、昼前の庭での遊びの時間になり、園児達は各々庭に散らばって遊び出した。
そういうわけで、私と優斗は調理室の見える位置に座り込み、張り込んでいたのだ。
優斗君はどこかぼんやりとしたような、にこにことしているだけのような顔付きで、ひなたぼっこをしている。あまりしゃべり続けていると犯人に警戒されてしまうので黙るように言ったら、暇になったらしい。
緊張感が足りないようだな。重要なところを見逃してしまうかもしれない。探偵は、忍耐力も必要だし、孤独に耐えられなければならない。
と、1人の園児が調理室に近付いた。
これがハラペコで親のステータスを振りかざして我儘放題の林ならばわかる。ガキ大将でもまだわかる。しかし意外な事に、そのどちらでもなかった。
「え?あれ、みさきちゃんだよ」
優斗が声を上げてしまい、私は舌打ちをしたくなった。
辺りをキョロキョロとしながら、調理室の端にある冷蔵庫に近付いていた園児──みさきちゃんは、ビクリとして足を止め、おどおどと周囲を見回して私達を発見した。
「あ……」
真っ青な顔で震え、泣き出しそうになっているみさきちゃんに、私は溜め息を押し殺して近付いて行った。
「どうしてみさきちゃんが──」
優斗が訊いた時、誰かが近付いて来る気配がして、私は優斗に
「シッ」
と合図した。
「あらあ。どうしたの?」
先生だった。どうも、交代で見回りをしているらしいのを、私は掴んでいた。
「かくれんぼだよ!みさきちゃんも見付けたし、行こ!」
私は無邪気さを装ってそう言うと、優斗とみさきちゃんの手を掴んで、ブランコの方へと走り出した。
「転ばないようにね」
先生の善良な声に胸が少し痛んだが、私はそれに気付かないふりをした。
そして、ブランコを過ぎ、人がいないトーテムポールのところで足を止めた。
「さて。理由をきかせてもらえるかね」
みさきちゃんに向き直ると、みさきちゃんはビクリと体を震わせてから、諦めたように肩を落とした。
「猫を見付けたの」
「ほう」
「でも、お母さんは捨てて来なさいって」
なるほど。
みさきちゃんはグスグスと鼻を鳴らし始めた。
「でも、ケガをしてて、エサを食べに行けないんじゃないかって思って」
優斗は美咲ちゃんに寄り添い、背中を優しくさすっている。
「かわいそうだよね、それじゃ」
優斗の同意を得て、みさきちゃんは優斗の肩に頭を寄せて泣き出した。
「でも、バレたら先生にもお母さんにも叱られる。言わないで。ミルクはいつも余るんだし、いいでしょ」
「わかったよ、みさきちゃん」
優斗が言うのを聞き、私は重い息をついた。
「しかし、君のした事は正しくないね」
ビクリと、みさきちゃんと優斗の肩が跳ねた。
「だって、かわいそうだとは思わないの、俊君は」
「それとこれとは、話が別だ。
君達は、ずっと猫のためにエサを届けるのか?ずっと、調理室からミルクを盗んで?休みの日は?卒園してからは?」
みさきちゃんは泣き出し、優斗はみさきちゃんの肩を抱いて、いつものにこにこした顔を消した。
「俊君は冷たいんだね」
「相手に肩入れしていては、探偵失格だ」
「じゃあ、探偵なんてならなくていいよ」
「わかった」
私はくるりと彼らに背を向けた。
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