第13話 優等生が悪いことをしないなんて理屈はありませんよ


「……えっと、つまり、いつも教室でやってるような写真撮影を優等生のテンションでやる……ってことか?」

「そうそう。面白そうじゃない?」

「それ、俺が変態みたいにならないか」

「なるね」


 なるね、じゃないんだよ。


 アレを学校の……優等生状態の間宮にするの?

 あの無駄に丁寧で、微妙に壁があって、でも思いやりを忘れない間宮を相手に、要するに裏アカで使うようなエッチな写真を撮れ……と?


 無理無茶無謀の三拍子では?


 多分俺、罪悪感で死ぬ。


「俺は『小さなお願い』って聞いてたんだけど、これのどこが小さいんだよ」

「やってることはいつもと同じ、写真を撮ってるだけだよね?」

「それはそうだけどさ……勝手が違う」

「みんなギャップ萌えに弱いよね。わかる」

「わかるならやめてくれよ……」

「嫌。だってさ、こうしていたらアキトくんは私を見てくれる――そうでしょ?」


 甘えるように間宮は肩へ頬ずりしつつ、淡くも眩しい感情を伝えてくる。


 つまるところ、そうしたい理由がたった一つなのだとわかってしまって、断りたくなる気持ちが遠ざかってしまう。


「……はあ。わかった。やるよ、やればいいんだろ」


 でも、素直に答えたくなくて、愛想を表に出さず仕方なさげに頷けば、「流石はアキトくん話がわかるね」とノリノリな声があった。

 なのに、間宮は一向に離れる気配がない。


「いつまでくっついてるんだよ」

「好きでしょ? おっぱい」

「答え方に困る質問ぶつけるのやめない?」

「困ってくれるのは嬉しいなあ。でも、そうだね。名残惜しいからってずっとくっついてるのは良くないから、そろそろ始めよっか」


 ようやく間宮が離れ、深呼吸を一つ。

 ぱちりと長い睫毛まつげを瞬かせて、


「それでは藍坂くん。私の写真、可愛く撮ってくださいね?」


 楚々そそとした微笑みを浮かべながら、間宮は俺にスマホを手渡すのだった。



 とはいっても、だ。

 具体的にどんな写真を撮るか、までは決まっていないわけで。


「せっかく藍坂くんのお家にいるのですから、学校では撮れないような写真がいいですね。すみません、ベッドに寝転がっても大丈夫ですか?」

「それは構わないけど……」

「では、遠慮なく」


 間宮はそう言うなり、ころんと身体をベッドに預けた。

 ロングスカートの裾がめくれあがって、滅多に目にすることのない間宮の健康的な色合いの素足が目に飛び込んでくる。


 間宮はそれを直すことなく、むしろ挑発するように微笑みながら、


「……私が生足なのは、藍坂くんに見られてもいいようになんですよ?」


 思わせぶりなセリフを告げる。


 それが本当だと示すように、間宮は少しだけ自分でロングスカートを捲り上げる。

 露わになっているのは膝くらいまでで、教室での撮影より幾分も慎ましい。


 けれど、その脚線美を生で見るのは初めてだ。


 健康的な白さながら、細くもふっくらとした芸術品のようなライン。

 ロングスカートという足首まで隠れるような服を着ていながらも、間宮のそれが見えていることに大きな意味がある。


 生唾を呑んだのも、きっと間宮にはバレている。


「どうですか? 真面目で優しいクラスメイトの女の子が、自分が毎日使っているベッドで寝ている姿は」

「…………悪趣味にもほどがある」

「酷い言いようですね。でも……ドキドキ、するでしょう? 私も同じ気持ちです」


 頬を仄かに赤く染めながらの一言。


 そこにあるのは俺が知る間宮ユウという少女の表の顔と言うべき表情で。

 ある意味では、間宮ユウの裏の顔と言うべき仮面で。


 こういうことをするときに見るのが初めてなせいか、妙な緊張感を感じて徐々に脈拍が上がっていくのを感じる。

 同様に身体も熱を帯びているかのような感覚に見舞われ、真正面から間宮の姿を見るのは躊躇ためらわれた。


「ダメですよ、目を逸らしては。藍坂くんは私の写真を撮るんです。こんなことをさせるのは……藍坂くんだけですからね」


 甘い、甘い声が、ふわふわとした思考の隙間に入り込んでくる。


 それは確かに学校で優等生と呼ばれる間宮ユウと同じで、けれど、どこかが決定的に違っている雰囲気に、頭が混乱してしまう。

 本当に今の間宮を撮っていいのかと迷いが生まれる。


 優等生――間宮ユウは誰にでも優しく、誰のものでもない。

 だと言うのに……その彼女が今、俺のベッドで気を許すような表情のまま仰向けに寝ているのだ。


 そして、俺の場合は俺を好きだと言ってくれる人なわけで。


 要するに、ドキドキしていた。

 うるさいくらいに心臓が拍動を繰り返して、体温が上がった気さえする。


 客観的な評価として間宮は魅力的な異性。

 女性不信があるとはいえ、性的指向が異性ではある俺にしてみれば、この状況は果てしなく矛盾したもののように思えてしまう。


 だが、その面倒極まる思考を見透かしたように間宮は緩やかな笑みを浮かべて、


「いいんですよ。藍坂くんに撮られるの、好きですから」


 迷いの幕を下ろすようにささやくのだ。


 声に乗せられた好意は本物。

 雰囲気が違うだけで中身はやっぱり間宮なのだと理解する。


 俺は操られるようにカメラのピントを間宮に合わせて、


「……撮るからな」

「はい。藍坂くんが好きなように撮ってください。望むならどんなポーズも取りますから。エッチなのも場合によっては許します」

「…………しないからな、絶対」

「優しいですからね、藍坂くんは。でも、私から頼んだら撮ってくれますよね」

「『小さなお願い』の内容は間宮が優等生モードで写真を撮ることだからな。でも、優等生の間宮はそんな頼みを俺にしないんじゃないか?」


 これは確認というよりも、そうであってくれという願いの側面が大きい。


 しかし、間宮は薄く笑みを浮かべながら、


「優等生が悪いことをしないなんて理屈はありませんよ。私だって人間です。もしかしたら、そういうことを頼むかもしれませんよ?」


 明らかに俺の反応を愉しむような声音で言って、片目をつむって見せるのだった。


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