第26話 騙される藍坂くんが悪いよね
間宮と出かけた週末が明けての月曜日。
学校に行ったらナツに問い詰められるんだろうな、と
「よう、アキト。朝からそんな顔してどうしたんだよ」
「お前が原因だってはっきり言ってやればいいか?」
「いつからそんな冷たくなったんだ。俺とアキトは心の友……魂で繋がったソウルメイトだろ?」
「気持ち悪い言い方をするな」
ナツの絡みを
隣では俺よりも早く登校していた間宮が静かに本を読んでいた。
俺が来たことに気づいたのか、間宮は一瞬だけ本から視線を離して俺の存在を確認し――さっと何事もなかったかのように意識を本へと引き戻す。
……ん? 間宮、今日は機嫌でも悪いのか?
間宮の秘密を知る前も知ってからも「おはようございます」と丁寧に挨拶をしてくれたのだが、今日はそうじゃないらしい。
なんなら秘密を知ってからは俺の反応を
ナツがいるから……というのは関係ない気がする。
それなら優等生としての表情で接すればいいだけの話だからだ。
「間宮、おはよ」
だから俺の方から声をかけてみれば間宮は驚いたのか肩を僅かに跳ねさせ、軋むような動作でどこかぎこちない笑顔を向けてくる。
素とも、優等生とも判別がつかない表情は、どうにも間宮らしくない。
「……おはようございます」
それでも間宮はナツに怪しまれないようにか絞り出すようにして返すと、逃げるように本を読み始めた。
肩がとんとんと軽く叩かれて、耳元でナツが
「なに? お前ら別れたの?」
「別れる前に付き合ってすらいない」
視線と共に釘を刺すと、ナツは両手を合わせて平謝りの姿勢を取る。
詮索したのを悪いと思っている訳ではなく、この場で話をしようとしたことに謝っているだけだ。
どうせ話せるときは聞き出そうとしてくるに違いない。
「でもよ、明らかに不自然だろ」
「……俺が気にすることじゃない。本人にも色々あるだろうし」
「そうやって壁を作るから友達出来ないんだぞ」
「必要だと思ってない」
「俺のことも?」
「お前はもう勝手についてくるだろ」
「よくわかってらっしゃる」
ナツが俺に絡んできた理由は「面白そうなやつをみつけたから」という、要領を得ないものだった。
俺は面白おかしい性格も言動もしていないはずだが、ナツからすると普通にしていて面白いらしい。
そんなわけで俺はナツに絡まれ続け……根負けした結果、今のような関係に落ち着いている。
今となっては俺もナツのことは友達としてカテゴライズしているし、信用できる数少ない相手だとも思っていた。
だから過去のことも話したけれど、それでもナツは俺との関係を切ろうとしない。
俺には勿体ないくらい良い男だ。
調子のいい言動を除けば、ほんとに。
「友達が必要ないって言ってたけど、それならあの日のアキトと間宮はなんだったんだ?」
「友達ってことでいいんじゃないのか? というかそういうことにしてくれ。色々あったんだよ。聞くな」
「へーい。つまり間宮はアキトの友達二号、と。意外も意外だな。アキトが間宮と接点があったなんて」
「家が近かったんだよ。その都合で時々話すだけだ」
「そりゃまた間宮を好きな連中が聞いたら羨ましがるようなシチュエーションだな。刺されないように気をつけろよ?」
刺されないようにってどうしろというのか。
それからは週末の出来事と全く関係のない話題で雑談をしていると、ホームルーム開始の予鈴が鳴った。
ナツは席に戻り、担任によるホームルームが始まった。
授業、昼休みと時間が過ぎて、あっという間に放課後がやってきた。
今日一日は授業を聞きつつ、横目で間宮の様子も窺っていたが、基本的には普段通りな優等生然とした態度のまま。
気の所為かもしれないけど、俺を気にしないように意識していると感じた。
原因があるとすれば……やっぱり週末の出来事か。
最後に間宮と会ったのがそのタイミングだし、色々とやらかしたとは自分でも思っている。
念のため、帰る前にスマホで間宮にメッセージを送る。「今日はいいのか?」
隣で帰宅の準備をしていた間宮は僅かに固まるような素振りを見せてから、届いた返信。「このまま待ってて」
つまりは、今日も写真撮影という気の乗らないお役目があるのだろう。
俺と間宮が放課後の教室ですることなんてそれくらいしかない。
間宮に言われた通り、教室から他の人が居なくなるまで課題なんかを広げて時間を潰す。
普段なら間宮もそうするのだが、今日に限っては荷物を置いてどこかへ消えてしまった。
荷物を置いているなら戻ってくるだろうから心配はいらないけど、やっぱり今日の間宮はどこか変だ。
いつも変ではあるけれど、そういう変ではなくて……表現が難しい。
(俺が悪いなら謝って解決だけど……そういう感じでもなさそうだし)
間宮の雰囲気というか表情には俺も覚えがある。
アレは自分自身を責めているときのものだ。
アカ姉によく「今日も難しい顔してる」って言われてたから、鏡に映る顔のことは覚えていた。
そんな考えを巡らせながらでは課題も進むはずがなく、数十分もすれば教室からは俺以外の生徒はいなくなっていた。
そのまま少し待つと、間宮が教室へ戻ってくる。
「何か用事でもあったのか?」
「先生にお仕事頼まれてたから」
「優等生は大変だな」
特に茶化すつもりのなかったそれを聞いてか、間宮の表情が少しだけ曇ったように見えた。
やっぱり、おかしい。
言われ慣れているはずの優等生という評価ですら、今の間宮は受け止めることができていない。
「今日も写真撮るのか?」
「……そのつもりだけど」
それ以外に何があるの? と言いたげなジト目。
素の口調ながら冷たい印象を受ける声音。
それはもう、なにかありましたと言っているようなものだ。
踏み込むべきか、留まるべきか。
俺と間宮の関係性を考えれば文句を言わずに写真を撮ればそれでいい。
けれど、俺はこのぎこちない空気のまま関係を続けるのは嫌だ。
面倒、と言い換えてもいい。
好きでもない相手の機嫌を
「間宮。お前、機嫌悪いのか?」
「……藍坂くんには関係ない」
「図星か? 普段の間宮なら「藍坂くん、私を心配してくれてるんだ~」って揶揄ってくるだろ。そんな元気もないと見える」
「私そんな性格悪くないし」
「嘘だな。人のこと笑顔で脅迫するやつが性格いいわけないだろ」
間宮の言葉は穴だらけで、薄っぺらくて、俺でも簡単に返せるほどに脆い。
苦々しく顔を歪めた間宮は、重くため息をつく。
それから席に座り直して俺の方に身体を向ける。
向かい合うことになった間宮からは、無言の圧と迷いのような気配が窺えた。
俯きがちに伏せられた目は右往左往し、時折俺の顔に流れてはどこか別の場所へと送られる。
「話したいことがあるなら聞いてやるから。どうせ誰にも言えないし」
「………………ほんと、そういうとこ。優しいを通り越してお人よしだよ。悪い人に騙されそう」
「そうかよ」
「だから、私は悪くないよね。騙される藍坂くんが悪いよね」
「責任転嫁するな」
しかし、俺の言葉に間宮は苦笑だけを返し、一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。
「――藍坂くん。もしも私が約束を破って、あの写真をバラまいたって言ったら、どうする?」
短く切った言葉。
試すように俺を見ながら、間宮は話を切り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます