第24話 誰かがいてくれるって思ったら、少しだけ


「アイス美味しかったね」


 楽しそうにまなじりを下げながら言った間宮のそれに、俺は「ああ」と小さく頷いた。


 俺のおごりだからと間宮は遠慮……することはなく、当たり前のようにチョコミントとオレンジシャーベット、特濃ミルクという三種類を注文し、全部を美味しそうに食べていた。

 昼を食べたばかりなのによく入るなと思いつつ、俺もビターチョコレートのアイスを頼んでちびちびと食べてしまった。


 途中でお互いのものを交換して食べて、計四種類の味を堪能したことになる。


 俺の方が貰い過ぎな気もしたが、「藍坂くんのおごりなんだからいいでしょ?」と納得するしかない理由によって疑問を呑み込み、半ば強制的に間宮のアイスも貰った。


 アイスを食べ終えてフードコートを離れたところで、


「ごめん、ちょっと待っててもらっていい?」

「ん? いいけど。見たい店でもあったか?」

「……そこは察して欲しいなあ」


 どうしてかジト目が向けられて、俺は昼過ぎでぼんやりしつつある頭を働かせ――そういうことかと答えを導き出す。

 要するにお手洗いに行きたい、ということか。


 回りくどい言い方をしなくても、とは思ったが、口にはしない。

 そのまま黙って間宮を送り、近くで時間を潰しておく。


「はあ……」


 思わずため息が出てしまうほどに精神的な消耗しょうもうをしていたらしい。


 間宮と二人きりの外出だけでもいっぱいいっぱいなのに、まさかナツと鉢合わせるなんて思ってもいなかった。

 慣れない状態と予想外の出来事が重なってしまうとこんなに疲れるんだな……二度と味わいたくない疲労感だ。


 ただ――全てが楽しくなかったとまでは言わない。


 少なくとも家にいる週末よりは退屈しなかった。

 それが間宮のお陰だとはこれっぽっちも思いたくないけど。


「目的は達成したけど……やっぱり向いてないわ、こういうの」


 間宮だけじゃなく、女の子と二人で出かけるのはハードルが高すぎる。

 道中の話題の振り方もわからなければ気の利いた言葉も出てこないし、どうしても色々とぎこちなくなってしまう。


 悪気はないものの、間宮には居心地が悪い思いをさせてしまった。

 アイスの前のあれだって、強く意識を持っていれば表に出なかったはず。


 割り切ったと思っていても、まだ引きずっていたのだとわかって気分が下がる。


「……どうしようもないのはそうなんだけどさ」


 はあ、とため息が漏れ出て。


「――どしたの? そんな辛気臭そうな雰囲気を漂わせて」


 鈴を転がしたような声。


 戻っていたのに気づかなくて驚きつつも、頬を引きらせながら顔を上げれば微笑みを湛えた間宮の端正な顔が目の前にあった。


 つぶらな瞳と視線が交わって、俺の顔が映り込む。

 確かに間宮が言う通り、辛気臭そうな雰囲気が漂っている顔だ。


 ……自分で言ってて悲しくなってくるけれど。


「戻ったなら俺も行ってきていいか」

「いいよ。荷物持っておくから」

「頼んだ」


 間宮に手荷物を渡して、俺もトイレで用を足す。

 手を洗い、鏡に映る自分の顔の情けなさに内心笑いつつ戻れば――間宮は見知らぬ三人の男に絡まれていた。


 作り笑いを浮かべてはいるものの、迷惑だなあと言いたげな雰囲気を滲ませている。

 決して相手を刺激しないようにと柔らかい対応をしているが、男たちは完全に間宮をロックオンしているらしい。


「なあ、いいだろ? 俺らと遊ぼうぜ?」

「そうそう。こんな可愛い女の子に荷物を持たせてどっかいくような男なんてほっといてさあ、俺らと楽しいことしようよ」

「俺ら金あるし、色々おごるからさ。君みたいな可愛い女の子と過ごせるなら安いもんだ」


 男たちは人好きのいい表情と耳障りのいい言葉を駆使して間宮を誘おうとしているものの、間宮になびく様子はない。


 ああいう手合いには慣れているのだろうけど、存外にしつこくて手間取っているという感じだ。


「これこそ俺が求められている場面、なんだよな。……やってられねえ」


 元々、俺に任せられていたのは荷物持ちと男避け。

 その役割を果たすのが今なのだろうけど、いざとなると非常に気が向かない。


 俺がもう少しいい体格をしていたら内気な性格を誤魔化して、間宮たちの間に割って入って強引に引っ張るのもできたはず。

 ……これは言い訳か。


 俺がするべきは同行者として変なのに絡まれている間宮を助けること。

 何一つ不自然なことはない。


 四の五の言ってられないと緊張を紛らわすように深呼吸をして、「よし」と小さく呟いて間宮の方へと歩き出し、


「悪い。待たせた」

「藍坂くん……っ」


 俺に気づいた間宮は何を考えたのか、俺の右手を取ってきた。

 僅かに鼓動を早めた心臓。

 その動揺を内側に押し込めて、男たちへ視線を巡らせる。


 間宮から手を繋いできたのは予想外だったけど、この状況なら上手く使える。

 男たちに『俺と間宮は良い関係ですよ』という雰囲気を意図的に作って、


「すみません、行くところがあるので」


 わかるだろ? と言外に男たちへ伝えて手を引くと、間宮は逆らうことなくついてきてくれる。

 俺の意図をこの短い間で察してくれたらしい。


 後で何を言われるのかは怖いけど、状況的にこれがベストだと思ったのだから仕方ない。


 すると男たちも相手にされないとわかって諦めたのか、背後でチッっと隠す気のない舌打ちが聞こえた。

 この様子なら追ってこないだろうけど振り返ることなくその場を離れてから、人通りのいい通路の壁に背を預けながら深いため息をついた。


「あー……ったく、慣れないことはするものじゃないな」


 押し寄せた精神的な疲労を言葉として吐き出すと、間宮はくすくすと上品に笑って見せてから、


「さっきはありがとね。あの人たちしつこかったから困ってたよ」


 素直に礼を言われてしまい、妙な感覚を覚えてしまう。


「そりゃどうも」

「やっぱり藍坂くんを連れてきて正解だったかも。いつもならあのまま絡んできた人たちが帰るまで断り続けるか、しつこいと警察コースだし」

「……苦労してるんだな、間宮も」

「そうなの。買い物もまともにできないとか、本当にどうにかして欲しいんだけどね。それも藍坂くんが居れば大丈夫そうだけど」

「また連れてくる気かよ」

「いいでしょ? どうせ暇なんだから、可愛い女の子のボディガードのお仕事をさせてあげるよ」


 お仕事というかお役目というか。


 今後もこんなことをさせられるとか普通にやめて欲しい。


「ねえ、藍坂くん」

「なんだよ。さっきのになんか文句でもあったか?」

「色々言いたいことはあったけど、それはともかく――手、握っててくれるんだ」

「っ、」


 指摘されて初めて間宮の手を握ったままだったことを思い出し、慌ててその手を解いた。

 間宮を連れ出すならその方が都合がいいと思って自然にやってしまったことだっただけに、今考えるととんでもないことをしていたように思ってしまう。


 けれど、俺の反応がおかしかったのか、間宮は目を丸くしてからお腹に手を当てて笑い出した。


「あははっ、気づいてなかったの?」

「……仕方ないだろ」

「咄嗟の判断で私の手を握ってくれるくらい心配だったんだ。……やっぱり藍坂くんって優しいよね」

「やめろそんなのじゃない」

「照れてるの? 可愛いね~」


 ニヤニヤしながら間宮が俺の腹を突いてくる。


 こそばゆい感覚のそれから逃げようとしたが、その前に右手首を掴まれた。


「……これはどういう意味で?」

「一度繋いだなら離さなくてもいいんじゃないかなあ、と思って。またああいう人に絡まれないとも限らないし」

「流石に並んで歩いてたら大丈夫だろ」

「私と手を繋ぐの嫌?」

「好き好んでやりたくはない」


 当たり前だろう? と温度を下げた視線を送ると、間宮はしばし視線を泳がせてから、


「……怖かったからって言ったら、繋いでくれる?」


 上目遣いで絞り出すようにした言葉に喉の奥が詰まり――いや待て落ち着けと情報と思考を整理する。


 あれだけ普通に接していながらも、間宮は恐怖を感じていた……?


 確かに自分よりも身体の大きな異性に囲まれては無理もないだろうけど、そんな素振りは一切見せていなかったはず。

 演技なのかと間宮の様子をうかがってみるも、どうにもそんな風には見えない。


 俺の目で間宮の演技を見抜けるのか怪しいけど……騙されたら騙されたでいいか。


「ん」


 俺の意思ではないと示すためにあえて目を合わせながら手を差し出せば、間宮は感触を確かめるように強弱をつけて握ってくる。


 慣れない手のひらの柔らかで温度を持った感触に心臓を跳ねさせながらも、決めたことだからと離さずに握り返した。


「なんか、あったかいね」

「人間生きてるからな」

「緊張してる? 手汗かいてるけど」

「そうだよ悪いか。嫌なら離してくれ」

「藍坂くんが慣れてるはずがなかったから安心したよ。うん……安心してる。誰かがいてくれるって思ったら、少しだけ」


 まぶたを伏せて、間宮は安堵あんどした様子でそう言う。


 間宮の周りには素の自分を出せる相手はいなくて、たまたま俺は間宮の本性を知っただけで――だから、そう。

 この手を繋ぐ相手は俺でなければならない、なんてことはない。


 そうだとしても……どこかほっとしたような間宮の表情を見れば、こうして正解だったと思えてしまう。


 長時間続けられないとは思いながらも、それで間宮が抱えていた恐怖が和らぐのなら悪くない。


「どうする? もう用事がないなら帰った方がいいだろ」

「そう、だね。また学校の人に会わないとも限らないし」

「こんなの見られたら俺もう学校行けなくなるんだけど」

「その時は私が弁明に付き合ってあげる。色々あって助けてもらったってね」

「頼むわ、ほんと」


 こればかりは間宮の力を借りるしかない案件だ。


 間宮が言うのであれば文句があっても溜飲を下げてくれるだろう。


「……だから、帰るまでこのままでいいよね」

「子どもか」

「迷子にならないように見ててよ」

我儘わがままな上に図体ばかりでかくなった子どもって手に負えないよな」

「それ私のこと?」

「他に誰がいるんだよ」


 何言ってんだ、と目をすがめて見せれば、「ひどいなあ」と口先だけを尖らせて抗議をされ、それがどうにもおかしく感じて軽く吹き出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る