第20話 社会の闇を暴くな
電車に揺られて向かった先は、様々な店舗が一つの建物に入った商業施設。
休日ということもあって賑わっている店でも、隣を歩く間宮は注目されている。
それも納得するほど整った外見ではあるけれど、人からの視線を常に感じなければならないのは息苦しそうだ。
というか、この状況で既に俺は逃げ出したい。
「で、どこを見るんだ?」
緊張と
余裕そうな間宮は、
「慌てない慌てない。折角女の子と……私と二人きりでのお買い物だよ? 他の男子なら血涙を流してもおかしくないよ?」
「それが嫌だから急かしてるんだ。第一、俺の役割は荷物持ちなんだろ? なら早く終わるにこしたことはないだろ」
「つれないなあ。素直になればいいのに。こんな可愛い女の子と休日を過ごせるなんて、それこそお金を払う必要も――」
「社会の闇を暴くな」
それ以上は良くない。
いやまあ言いたいことはわかるんだけどさ。
複雑な思いを抱きつつも、間宮が言うことにも納得できる。
実際今日の出来事をクラスのやつに話したところで嘘だと言われるのがオチ。
ナツにすら記憶を疑われそうだ。
「それで、どうして二歩後ろを歩いているのかな?」
「いや、だって俺は間宮の行先を知らないし。視線が痛いし。ついでに胃も痛い」
「……それならこのままランジェリーショップに行くのが面白そうかも」
「絶対行かないからな」
「顔には見たいって書いてない?」
「書いてない」
頼むから言葉を言葉通りに受け取ってくれない?
彼氏でもない俺をランジェリーショップに連れて行かれても困るし、仮に連れて行かれても絶対に外で待ってるからな。
売り物に文句を言うつもりは全くないけど、間宮のことだから俺を揶揄うのが主目的だろうし。
日常的にそれ以上のことをされている気がするけど……考えるのはよそう。
自分が置かれている境遇に我ながら頭痛がしてくる。
二度と普通の学校生活に戻れないのだろうか。
あと二年も続ける気はないし、どこかで写真の件を解決する必要があるな。
「私としてはちゃんと隣を歩いて欲しいんだけどなあ」
「俺の胃腸とメンタルを
「こんなに可愛い女の子が一人でいたら男たちが放っておかないよ? 下手したらお茶だけのつもりがお持ち帰りされるかもしれないのに、藍坂くんはそれでいいの?」
「いいもなにも普段の間宮を知っているとそんなのに連れて行かれる姿が想像できない。男避けって部分は納得したけど」
女性が一人でいると変なのが寄ってくるのは姉もだったので知っている。
仮にも知り合いと呼べる程度の仲ではある間宮がそんなことになるのは……まあ、確かにいい気はしない。
間宮のことは苦手だし出来ることならこの関係も解消したいとは思っているけれど、人の不幸は蜜の味――なんて言うつもりはないし。
それなら仕方ないと足を速め、間宮の隣に並ぶ。
間の距離感は空けておきたいけど、店の迷惑にもなるので一人分。
保護者でも恋人でもない関係性ならこのくらいで丁度いい。
「手も繋ぐ?」
「嫌だ」
男避けなら手なんて繋ぐ必要はないだろうし。
どうせ間宮も揶揄ってるだけだから、真面目に相手をする必要もない。
間宮に連れられて入ったのはレディース系の服を取り扱う店。
並んでいる服は当然のようにレディースで、それを見ている人のほとんどが女性。
恋人らしき男性を連れている人もいるものの、俺が入る気まずさは緩和されない。
むしろ、そういう目で見られるのかと考えて顔を顰めてしまう。
「なあ、俺外で待ってたらダメか?」
「ダメ。荷物持ちはそうだけど、似合ってるかの判定をしてもらわないと困るし」
「何度も言うが俺が見ても良し悪しはわからないぞ」
「てことは、藍坂くんに「似合ってる」って言わせたら相当ってことだよね」
ふふん、と間宮は得意げに鼻を鳴らす。
意地でも俺を連れて行く気か。
笑顔の裏にあるのは何としてでも俺で
あの写真がある限り、どうやっても間宮の立場が上になってしまう。
頭を抱えてしまいたい衝動に駆られるも、無駄だとわかっているのだから諦めるしか選択肢がない。
渋々――本当に渋々、間宮の服選びに付き合うこととなった。
「服選びって迷っちゃうよね。どれもいいものに見えちゃうし、でも全部買えるほどお金に余裕があるわけでもないし」
「買う物を決めてたらいいんじゃないのか」
「そんなのわかってるけど、色々見るの楽しいじゃん。実物を見ないとわからないこともあるし」
一理あるものの……できれば一人の時にして欲しい。
間宮は店をぐるっと一周回りながら、気になったものをその場で身体に当てて見せてくる。
どれも俺には同じようにしか見えないけど、間宮からすると違うらしい。
気の利いた感想なんて期待されても困るし、間宮相手に批評とか色々面倒だから「似合ってる」と適当に言っておくと、
「ちゃんと見てる?」
「ちゃんと見てもわからないんだよ。そもそも間宮なら何着ても様になるだろ」
素体のレベルからして違うのだから、俺なんかの感想に惑わされずに自分の意思を持って服くらい選んで欲しい。
そういう意味での言葉だったが間宮はしばし固まり、少しだけ頬を赤く染めながら視線を逸らした。
……なんで? 恥ずかしがる要素あった?
「おーい、間宮?」
「っ」
声をかけてみれば間宮は肩をぴくりと跳ねさせて、金具が軋んだ扉のような動きで首を俺の方へと戻した。
「何考えたのか知らないけど、買い物は早く終わらせてくれ」
「……そうだよね。そんな意図があるわけないよね。藍坂くんだもんね」
「今遠回しに酷い中傷を受けた気がする」
「自業自得だよ。じゃあさ……藍坂くんは白と黒、どっちが好き?」
間宮は両手に白と黒のダッフルコートを並べて聞いてくる。
別にどっちでもいいと思うけど――
「……強いて言うなら白かな。髪の黒が映える、気がする」
絞り出すように答えると、「そっか」と間宮が答え、白のダッフルコートをハンガーラックに戻してしまった。
そして、したり顔で笑みを浮かべつつ、
「てわけで黒にしようと思います」
「前後の脈絡が不明なんだけど」
「藍坂くんのセンスを信じるなら白はないかなあ、と」
「妙に説得力あるな」
確かに俺のファッションセンスは使い物にならない。
ならなんで俺に意見を聞いたんだよと問い詰めたくなるものの、買い物が終わるならそれでいい。
「お会計してくるね」
「店の外で待ってる」
「買ってくれないの? 色んな私の格好を見せてくれてありがとう代としては安いんじゃない?」
「自意識過剰が過ぎる」
俺は間宮に連れてこられているだけなのに、どうして間宮の買い物代まで負担する必要があるのか。
流石に冗談だったらしく、間宮は一人でレジの方へと向かっていく。
冗談じゃなかったらそれこそ冗談じゃないんだけどな。
とはいえ――
「……なんだったんだろうな、あの反応」
すっかり誤魔化されてしまった間宮の表情について頭の片隅で考えながら、会計をする間宮の帰りを待つのだった。
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