第17話 そんなんだからモテないんだと思うよ


「ここです。どうぞ」

「……お邪魔します」


 間宮の部屋に通された俺は緊張しながら扉を潜った。

 玄関には女性の靴が数足あるくらいで、綺麗に片付いている。


 間取りは俺の部屋と同じにも拘わらず、知らない場所のように感じた。


「んで、俺は夕飯を作ればいいのか?」

「任せていい? 正直、薬が切れてきたからか辛くて。冷蔵庫の中身は好きに使っていいから」

「りょーかい。家の人の分は?」

「私と藍坂くんの分だけでいいよ。ごめんね、こんなこと頼んじゃって」

「ほんとだよ」

「とは言いつつも作ってくれるあたり、やっぱり優しいんだよね。楽なのに着替えてくるから」


 間宮は奥の部屋……多分自分の部屋に消えていく。

 一人残された俺は複雑な気分になりつつもキッチンへ。


 冷蔵庫を開けてみれば、それなりに食材はあった。

 野菜もひき肉もあるし、卵もある。


 間宮の体調を考えると消化が良く食べやすいものにしたいな。

 中身からすると……雑炊とかになるか?

 野菜とひき肉を煮込んで、塩コショウなんかで味を調えれば最低限食べられるレベルにはなるはずだ。


 米を炊くのは面倒だけど……お、冷凍のご飯あるじゃん。

 これをレンチンして使えばいいか。


「ぱぱっと作ろう」


 冷凍されていたご飯を電子レンジに放り込んで解凍。

 その間に具材を作る。


 にんじん、タマネギ、キャベツを一口大に刻んで、フライパンで炒める。

 程よく火が通ったところで、ひき肉も投入。

 再度炒めている間に卵を溶いておく。


「わあ……本当に料理してる」


 驚いたような声は、キッチンへ様子を見に来た間宮から。


 宣言通り、間宮は制服から楽そうなスウェット姿に変わっている。

 間宮でもスウェット着るんだな……なんて変なところに感心しつつ、


「やれって言ったのは間宮だろ」

「そうなんだけどさ。藍坂くんって料理できたんだなあ、って思って」

「少なからず出来なきゃ引き受けない」

「ありがとね。それは……雑炊かな」

「よくわかるな。食べられるか?」

「うん、大丈夫。ここで見てていい?」

「いいけど……」


 誰かに見られながら料理するのは緊張するな。

 家ではそれなりの頻度でするものの、家族以外に食べさせる機会なんてない。


 相手が間宮となればなおさらだ。


 失敗するのは嫌なので、間宮の存在を意識的に排して調理に意識を傾ける。


 別の鍋を用意し、水と出汁を混ぜたものを煮ておく。

 解凍を終えたご飯を電子レンジから取り出し、タマネギが飴色になったところで鍋の方に炒めた具材とご飯を入れ、溶き卵を流す。


 塩コショウで味を調え、味見をしつつ丁度いい具合になったところで火を止める。

 見た目はそこまで良くないものの、文句を言われる筋合いはない。


 適当な器に盛りつけて、刻んだネギを散らして完成だ。


「単品で悪いな」

「いいよいいよ。私もそんなに食べられる気はしてなかったから」

「それは俺の料理の腕が信用できないって話か?」

「単純に私の体調の問題。わかって聞いてるでしょ。それに結構美味しそうだし、文句を言う気はないよ」


 にへら、と緩い笑みを浮かべる間宮。

 子どもっぽさを感じさせるそれに、またしても胸が締め付けられるような感覚を訴え――途端に冷静さを取り戻す。


 これは間宮が熱を出して困っていたから仕方なく作っただけ。

 そこに他意はないし、間宮もそれはわかっているはず。


 リビングのテーブルに運んで体面に座り、「いただきます」と手を合わせた間宮に俺も続いて夕食にありついた。


「熱いから火傷するなよ」

「そう思うならふーふーって冷ましてくれてもいいんじゃない?」

「自分でやれ」

「仕方ないなあ」


 どこに仕方ないの要素があったよ。


 間宮は雑炊をスプーンで掬って、ちゃんと冷ましてから口に運び、


「……美味しい」


 思い出したかのように、視線を雑炊へと落としながら呟いた。


 少なくとも食べられる程度の出来栄えだとは自覚していたものの、そこまで褒められると流石に恥ずかしい。

 単に熱が出ているから、あまり味の良し悪しがわからないのだろう。


 それでも、作ったものを誰かに美味しいと言われるのは悪くない。


「これくらい間宮も作れるんだろ?」

「料理は得意な方だとは思うけど……それとこれとは話が別。誰かが私のために作ってくれたっていう気持ちが籠ってるから」

「……スピリチュアルなことを言うな。料理は気持ちよりもレシピ通り作る方がどう考えても大事だろ」

「そんなんだからモテないんだと思うよ、藍坂くん」

「余計なお世話だ」


 俺はモテたくて料理をしてるんじゃない。


 雑炊を腹に収め、塩気が多かったかなと考えつつ、間宮よりも先に食べ終わる。


「食べるの速いねー」

「病人の、それも女の子より遅いわけないだろ」

「まあまあ。それなら私が食べ終わるまでお話ししようよ」

「……いいけど」


 どうせ片付けまでして帰るつもりだった。

 間宮が食べ終わらないことには俺も帰れない。


 先に自分の分の食器を流しで水につけて置いてテーブルに戻る。


「藍坂くんって兄妹いる?」

「姉が一人いるな」

「へえ……いいね」

「もう働いてるけど。そんなにいいものじゃないぞ」

「そうかな。私は一人っ子だから、そういうのちょっと憧れるかも」


 間宮は雑炊を食べ進めつつ、憧憬の念を感じさせる目を向けてくる。


「私はお父さんが長期出張で、お母さんは夜勤多めだから、あんまり帰って来て家族がいるっていう経験がなくて。だから帰って誰かがいるっていうシチュエーションはいいなあ、って思うの」


 だから今日は間宮一人だったのか。


 やっぱり長居は不要だな。

 間宮も家族でもない男が家にいたら不安に思うだろうし。


「藍坂くんがいてくれて、すごく心強かったというか……うん、一人だったら寂しくて死んじゃってたかも」

「ウサギじゃないんだから大丈夫だろ」

「女の子も似たようなものなの。特に私みたいなタイプは、ね」


 自嘲するように笑んで、最後の一口を頬張った。

 それから満足げに目元を緩め、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。


「よし、食べたな。そしたら薬飲んで寝ろよ」

「わかってる。今日はありがとね。料理もそうだけど、それ以上に一緒にいてくれてありがと」

「……別に大したことはしてないって」


 なんとなく顔を合わせるのが気まずくて、俺は間宮の食器をキッチンまで運び、手早く洗い物を済ませて帰宅の用意を整える。


「今度はもう少しお話ししたいな。今日のお礼も兼ねて」

「そんなことされたらバレた時に学校で俺の居場所がなくなるからやめてくれ」

「そんな大袈裟……でもないんだよね。はあ……うん、じゃあ、これは貸し一つってことで」

「貸しとか別にどうでもいいんだけど。それならあの写真の処分を――」

「はいはいじゃあねまた明日っ!」


 俺は間宮に押し切られ、部屋の外に押し出されて扉が閉まる。


 ひゅう、と抜けた夜風は冷たく、冬が近いことを感じさせた。


「……また明日、ね」


 いつの間にか間宮が日常に浸透していることに思うことがないでもなかったけど、その違和感を呑み込んで自分の家へと帰った。

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