第10話 一緒に帰ろっか


 そんなわけで少なくとも外側からは真面目に見えるように日直の仕事をこなして、今日の授業が終わる。

 クラスメイトの大半は部活か下校のために荷物を纏めて、すぐに教室を出ていく。


 残っている生徒の数人も数分程度で全員帰ってしまい、最終的に残ったのは日直としての仕事を残している俺と間宮だけだった。


「掃除をしてしまいましょうか」

「おう」


 まだ優等生モードを続けるつもりらしい間宮の言葉に頷いて、教室の掃除を始めることにした。


 俺は机の合間を縫って掃除機をかけ、黒板にクリーナーをかけて綺麗にし、溜まっているゴミを外の収集場へ運ぶ。


 10月の午後。

 涼しい風が頬を撫ぜて、少しだけ寒かった。


 教室に戻ってみれば、丁度担任に日誌を提出しに行っていた間宮と合流する。


「全部任せてしまいましたね」

「俺も日直だしさ」

「そういう真面目なところ、とてもいいと思います」

「真面目ってわけじゃないだろ。誰でも同じようにするって」


 日直の仕事くらいで真面目だ、なんて言われるのはどうにもむず痒い。

 間宮の方が圧倒的に真面目だし。


 あと、俺が担任と話すよりは間宮の方がスムーズだと思う。

 要は適材適所ってことだな。


「日直の仕事は終わり――てことで、そろそろ良さそうだね」


 優等生モードは終わりとばかりに伸びをして、裏の顔をのぞかせた。

 口調も気楽なものに変えて、雰囲気も一変する。


 浮かべる笑顔は花のようだが、それが俺に取っていいものとは限らない。

 なんといっても間宮ユウは裏垢女子であり、俺を平気な顔で脅すような精神性の持ち主。


 警戒するに越したことはないはずだ。


 間宮は帰宅に備えて荷物を仕舞いながら、


「そうそう。昨日撮った写真、凄く反応よかったよ」


 間宮は嬉しそうに俺へ告げた。


 昨日撮った写真というのは間宮が俺にも送ったものだろう。

 反応が良かったと聞かされても正直どう返したらいいのかわからないし、裏垢に来る反応の種類なんて考えたくもない。


「そりゃよかったな」

「うんうん。で、また協力してくれるんだよね?」

「しないと脅されるだろ」

「まあね」


 素直に認めないでくれ。


「それでさ。今日、一緒に帰らない?」


 俺が、間宮と一緒に帰る?

 ……いや、普通に遠慮したいんだけど。


「……なんでだ?」

「話し相手がいたほうが楽しくない?」


 それはそうかもしれないけど……俺が間宮と一緒に帰ったりしたら、周囲の視線が気になってそれどころじゃない。

 誰かに見られたら事だし、帰宅までの時間で精神力を消耗したくない。


「……断ったら?」

「バラす」

「即答、しかも拒否権ないのかよ」

「え? 藍坂くん、こんなに可愛い女の子と一緒に帰りたくないの?」

「自分で自分を可愛いとか言うやつにろくなのいないと思ってるんだが」


 どうしてこうも自分の容姿を疑わないのか。

 間宮が可愛いのは認めるけど、それを自分で言うか?


 客観的な評価を受けているから自信があるのかも知れない。

 俺が自分のことを「かっこいい」とか言ってたら、ただのナルシストだし。


 間宮は俺の返答を良く思わなかったのか、ぷっくりと頬を膨らませつつ睨みをきかせていた。

 それは本気で怒っているわけではなく、半分くらいは演技の要素が含まれているように窺える。


「帰る途中で色んなとこ寄って青春っぽいことしたくないの?」

「俺が財布にされるやつでは」

「……私のことなんだと思ってるの?」

「理不尽に脅してきた頭おかしい猫被りの女」

「ひどーいっ」


 感じていたありのままを伝えると、間宮は顔を両手で覆い隠して泣き始めた。

 ウソ泣きなのはわかってるから放置だけど。


 あんな脅しを即座に思いついて実行するような間宮が、この程度でショックを受けて泣くとかありえない。


「そもそも帰る方向違うんじゃないのか?」

「と、思うじゃないですか」


 顔を上げる間宮。

 やっぱり涙の痕なんてどこにもない。


 それどころか不敵な笑みを浮かべている。


「……え、なに、もしかして近所だったり?」

「私が藍坂くんの家なんて知ってるわけないじゃん」

「そりゃそうか」

「多分逆方向だけどね。一度も見たことないし」

「それ最後に「送ってくれるよね?」って俺が無駄に時間を食うやつじゃん」

「だってもう秋だし、五時を過ぎれば暗くなってくるし。それなのにか弱い女子校生を放置して一人で帰すの? 悪い人に襲われるかもしれないのに?」


 それを言われると弱い。


 ただ……不審者なんかより間宮の方が遥かに邪悪なのではと思ってしまった。

 笑いながら人を脅してくるような奴が善良なわけないだろ。


「てわけで一緒に帰ろっか」

「まあ、うん。そうなるよな」


 教室の扉のところで手招く間宮に、俺も遅れないようにと通学用のリュックを背負って追いかけた。

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