第20話 プログラムされたストーリー
月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり
松尾芭蕉 おくの細道より
中学生の時に、校庭に全校生徒が集合していた。私は並んで、人の話を聞くのが苦手だ。じっとしているのが堪え難く、空を見上げた。
高い空に白い雲が点在している。快晴だ、青い空が眩しかった。そこに、黒い点が現れた。黒い点は次第に大きくなり、球体が三つ互いにもつれるように、回転しながら、蛇行をはじめた。
これは、なんだろう。周囲を見回すと、何人かが、騒ぎ出した。
しかし、ほとんどの生徒は身じろぎもせずに、演台を見ている。
隣りの男子を突き、見るように促がしたが、素知らぬ顔をしている。時間にしたら、5分程だ。
やがて解散になり「UFOだよね」と、興奮したまま声に出した。
私を無視して、ほとんどが教室に引き上げて行く。
「すごいよ、高度をかなり下げたよな」
6人がまだ校庭で空を見上げていた。
「あのビルの上空に突然穴が空いて現れたんだ」
だけど、600人の生徒がいるのに、たったこれだけの目撃者。
隣りの奴も、前の男も、明らかに目で追っていた。
教室に入ると、まだ目撃した者が、他の生徒に説明していた。ざわめく教室に担任の教師が入って来た。
「先生も、見ていましたよね」
「はい、はい、あれはおそらく灯台の灯りが雲に反射したんだ」
見たんじゃないか! 昼の日なかに灯台の灯りとは、よく言った。
私はそのひと言で、この話題には触れないことにした。彼は諦めきれず、その後も騒いだけど、結局嘘つきだと軽蔑された。
見たものさえ否定するなら、今、窓から見えるアレも見えないと言うつもりだ。夕焼けに照らされて、アダムスキー型のUFOが浮かんでいる。私たちは、黙って見つめていた。
彼と仲良くなり、その後も一緒に空を見上げた。
不思議なものや、現象を認めない者がいる。
私たちはその後も数度に渡り、一緒に不思議を体験した。
見ても否定する者が大半だ。世の中信用できない。彼らは私たちをを認めない。
もしや、自分たちが間違えている? すでに地球は違う者に支配されていて、人類が気がつかなかっただけだ。
夏の夜空にはUFOの編隊が地上の明かりに照らされて、ゆらゆらと移動して行く。
今日はジャコビニ流星群の極大日だ。近くのサッカーグラウンドで寝袋に仰向けにひっくり返っていた。
「これが、現実じゃないなんて、あり得ないよ。僕はすごく怖い、ほら、高度が下がった」
彼は散乱している荷物をまとめていた。明け方で、流星が痕を残して流れた。
一機、一機の窓まで確認できる。
「逃げよう」彼は、荷物を肩にかけて、私の手を掴んだ。私たちは公衆トイレに逃げ込んだ。
朝になるまで、トイレを囲う塀に掴まり、夜空を見上げていた。
朝刊を待って夢中で広げたが、1行だって載っていなかった。ジャコビニ流星群は予想より少なかったと書かれていた。
「あれは、なんだったんだろうね」
20年振りに再会した彼は、手酌でちびちび熱燗を舐めていた。
「渡り鳥かなんかだな」低い声で応える。
深夜に渡り鳥だって? 私は彼を軽蔑した。
自分さえ否定する世の中に、彼は幻滅していた。リストラにあい、酒に溺れ、ようやく区のパート職員になったと言う。
「どんな仕事?」
「東京の地下に潜ってる」
「なんかの調査?」
「まあそんなもんだ」
阿佐ヶ谷の坂の途中で、葉巻型の母船を目撃した。数人が同時に空を見上げていた。スマホをかざす者もいた。そして、まだそこにあるのに、それぞれが立ち去った。
世の中に幻滅している私は、もはや立ち去る者たちを不思議だとは思わない。
都会とはこんなもんだ、いちいち他人には干渉しない。見えてるものさえ否定する。常識から外れない。
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