第13話 日本橋の土地に纏わる話

 ゆめよりもはかなき世の中をなげきわびつつあかしくらすほどに、四月十よひにもなりぬれば、木のしたくらがりもてゆく。

和泉式部日記より。


 日本橋に広い更地がありました。火災をおこしたホテルの跡地で、いわく付きの不動産物件です。火災後、ホテルの持ち主に多額の貸付を行なっていた保険会社が貸付金の担保であったこのホテルを競売により売却することで資金の回収を図ろうとしました。



私は会社の指示で、下見に入りました。まだ解体される直前で、建物が残っていました。他社業者も下見に来ているだろうと、早朝に現地に入りました。


『あっ、ここはいけない!』

業者の感というのだろうか、入ってすぐに、ひどい違和感を覚えました。違和感を少しずつ紐解く暇もなく、足速に見て回ります。6人で入ったのですが、皆、注目する点は異なります。地下に入ったときには、ひとりになっていました。


地上の明かりは届かず、暗い中をライトを照らして進むと、目の前に黒い障害物が立ち塞がりました。ライトの角度を上にずらしていくと、人の目が照らされました。人の顔ではなく、いきなり二つの眼が浮かび上がったのです。


私は驚くあまり声にならない声を上げ、壁に体を寄せました。息を飲みながら、ライトずらすと、鎧甲冑を纏った武士の姿がありました。刀を剥き身にして、上段に構えて、じりじりとにじり寄ってきます。


全身の筋肉が硬直し、体が動かない。なぜだ、火災の被害者の霊が出るなら想像のうちだ。鎧武者の霊とは、どうすればいいか。にじり寄る影から逃れようと動かない筋肉を無理矢理動かしました。途端に尻もちをついてしまった。すると、その瞬間硬直が解除されたのです。


よろけて壁にぶつかりながら寸前のところで外に逃れました。日の光が眩しく、今起こったことが、現実的だとは受け入れがたかった。


そして、このホテルは、はじめから曰く付きの土地に建物を建ててしまったのか。会社への報告書はどうするか、頭を過ぎりました。私のような若造が何をどう報告すれば良いのか。しかし、他のメンバーも何人か、恐ろしい目に合ったようで、購入には至らなかったのです。


やはり、業界の常識、火災等の曰く付きの土地を購入しようという投資家は見当たらず、保険会社が自己落札し自ら敷地を保有することとなっていました。都心部でも一際恵まれた好立地でありながら、廃墟のまま放置され続けていました。


火災から14年後の1996年になってようやく建物は解体され跡地は某保険会社が再開発事業に着手したものの、所有者の生命保険会社自体が2000年10月に経営破綻しました。
その後、外資系の保険会社がこの土地と建設途中のビルを買収し、このあたり一帯を管理する最大手の貸ビル業者が共同で建設を進め、オフィスと外国人向け高額賃貸住宅から成るタワービルを
2002年12月16日に完成しました。


現在を調べてみましたが火災を起こしたホテルの事業主は1990年代までは敷地内で月極駐車場を経営していましたが現在の事業内容は不明でした。なぜ、ホテルがあの土地を購入したのかかは、不明です。

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