第55話 エピローグ
僕は今、高校生活最後の一年を過ごした教室で大切な人を待っていた。
今日学校では、高校生活三年間を締めくくる卒業式が行われた。
普通なら寂しさを感じて友達と泣いて感傷に浸ったり、三年間の想い出話で感動しながら盛り上がったりするのかもしれない。
けれど、僕にはそんな感情は一切湧いてこなかった。
なんならクラスメイトたちが好き勝手に書きなぐった別れのメッセージが鬱陶しく感じる程だ。
クラスメイトに恵まれなかった僕は、この一年間いつも一人だった。
ほとんど無視をされていて、陰口を叩かれることなんてザラだった。
普通なら学校に行きたくなくなるだろうそんな状況で、それでも僕は不登校になることはなかった。
それはひとえに、酷い状況におかれても僕を見捨てることなく、いつも傍にいて支えてくれた幼馴染のおかげだ。
小さい頃からいつも一緒にいてくれた ただ一人の大切な幼馴染。
彼女がいてくれたからこそ、僕はこんなクソみたいな状況にも負けずに最後の一年を乗り切る事ができた。
困難だった一年を振り返ると、少しだけ感傷的な気分になった。
春風が入って来る教室にはもう僕しかいない。
もうクラスメイトたちは揃って打ち上げに行った。当然僕は不参加だ。
最後に謝ってくれる人もいたけれど、もうあんな人達と一緒に笑い合える気はしない。
喩え寂しくても、こうして静かな教室にいる方が何百倍もマシだと思える。
だからこそ、こんな場所には何の未練も感じなかった。
もうクラスメイトたちと会えなくても寂しさは一切感じないし、楽しい思い出がほとんどないこの学び舎との別れにも心を揺さぶられることはない。
むしろこのしばられた空間から、やっと解放されるのだと思うと清々した気分だった。
これから僕を取り巻く環境はきっと素晴らしいものに変るはずだからだ。
僕が嫌だったのは何も学校だけじゃない。家もだ。
唯一の家族の父親はろくに家にも帰って来なかった。
一人で子供を育てなければいけない事の大変さは理解しているけれど、小学生の頃から僕を一人残して、何日も帰って来ないなんて親失格だろう。本当に仕事に行っていたのかも怪しい。
高校生になった今はまだしも、小さい頃の僕は恵里香が助けてくれなければ、栄養失調になって死んでいてもおかしくなかった。
あんな無責任な奴の事は、もう僕は自分の親だとは思っていない。
何週間顔を合わせていないのかも覚えていないし、どんな顔をしていたのかも忘れた。はっきり言えばそれくらい嫌いだ。
自分でもよくこんな家庭環境と学校で過ごして来たと思う。
一人だったならとっくに僕は人生に挫折していただろう。
けれど、幸運にも僕には恵里香がいた。
だからこそこうして高校卒業まで生きて来れた。
恵里香には感謝してもしきれないし、僕はもう恵里香がいなければ生きていける気もしない。
改めて恵里香の大切さを実感していると、不意に目の前が真っ暗になった。
「だ~れだ」
耳元で聞こえる声は、頑張って変な声に変えているつもりらしい。
そんな努力も可愛らしいけれど、僕相手には無駄なことだ。
だって僕にこんなことをしてくる人はこの世に一人しかいないし、目を覆っているひんやりとした手の感触を僕が間違えるはずもないからだ。
「もう、こんなことしてくるのは恵里香しかいないよ」
「あはは、バレちゃった」
可愛らしく笑う恵里香につられて、僕も自然と笑顔になった。
「待たせてごめんね。クラスから抜けるのに手間取っちゃって」
「恵里香は人気者だから仕方ないね」
「ふふ、でも私には優君だけだから」
思わず目を奪われてしまうほどの笑顔で言われると流石に恥ずかしくて、僕は顔が熱くなってしまう。
「優君、顔真っ赤だよ」
「だって、恵里香が急にあんな事言うから」
「もう、これくらいで照れてたら身が持たないよ。だって私たちはもう……」
そこまで行って恵里香も少し恥ずかしくなったのか口をもにょもにょとさせて黙ってしまった。
恵里香はそのまま上目遣いで僕を見つめながら手を差し出してくる。
僕は少しためらいながらも、恵里香の手を握って立ち上がった。
「そうだよね。もう春から僕たちは一緒に暮らすんだもんね」
「うん。私たち、これからずっと一緒なんだから」
そう、僕たちは家を出て二人で暮らすことになっているのだ。
所謂ルームシェアというやつだ。
同棲生活というとちょっと気が早いだろうか。
恵里香が勧めてくれた大学になんとか合格したはずの僕は、この春から恵里香と一緒に同じ大学に通う。
僕たちの大学の名前は……何だっただろう。
忘れた。でもすごくいいところだ。
恵里香と一緒にこの町を出て、大学のある場所……どこかは知らないけれど僕はそこで恵里香と一生二人で過ごす事になる。
考えるだけでも幸せが溢れてくるのを止められない。
こんな何の思い出もない学校も、無責任な親からも離れて、これからは恵里香と二人きりで過ごせる。
想像するだけでとっても幸せな気分になれる夢のような日々が待ち遠しかった。
恵里香も僕と同じように思ってくれているのがわかる。
笑顔を浮かべている恵里香はとても綺麗だった。
「優君、もうこんなところに未練はないよね」
恵里香の確認するような問いかけに迷わず頷く。
「もちろんだよ」
「本当に?」
「うん、僕に必要なのは恵里香だけだから」
「本当に私以外は何もいらない? 私だけをずっと見ていてくれる?」
「本当だよ。僕はずっと恵里香の傍にいるよ」
「よかった。じゃあこんな世界から二人で卒業しよう。私と一緒に二人だけの場所に行こ」
僕は頷いた。
それを見た恵里香が僕の手を引いて歩き出す。
僕たちは二人一緒に教室から出た。
窓から外に……この世界の外に向かって。
五人の幼馴染 美濃由乃 @35sat68
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