第22話 早すぎる結末


「小田巻です。これ手帳ね、悪いね時間取らせちゃって」


 近くにあったパトカーの中で僕はスーツの警官と二人きりになった。


 小田巻と名乗ったその警官の少し雑な自己紹介からはどこか投げやりな感じがした。


 手帳も少しかざしただけですぐに閉まうという適当具合は、こちらが舐められているという事実をありありと伝えて来る。


 ちらりとしか見えなかった手帳には、かろうじて警部補と書かれていたのが見えたた。


 それなりに立場のある人のようだけど、真剣さの欠ける態度はだいぶ気に食わなかった。


「あの、さっき自殺って聞こえましたけど、何かの間違いですよね」

「先に一つ言っておくけど盗み聞きはよくないよなぁ。友達の会話をたまたま聞いてたのとはわけが違うんだ。言ってる意味分かる?」

「……すいません」

「まぁ今回はいいよ。でだ、この際だから言ってしまうけれど、お友達は自殺でまず間違いない」


 小田巻は躊躇なく言い切った。


 もう警察では自殺で確定しているようなその言い方には流石に黙っていられない。


「そんな!? 翔也が自殺なんてするはずないんですよ!!」

「まぁ落ち着きなさいよ。こっちは疲れてるんでね、大声を出されると頭に響いて五月蠅いんだ」

「落ち着けって、こっちは大切な友達が死んでるんですよ!」


 必死に訴えかけると、小田巻はあろうことか盛大にため息とついた。「うるせぇなぁ」と小声で言ったこともばっりちと聞こえている。


 そのあまりにも横柄な態度に、僕は目の前の警官が一瞬で憎らしくなった。けれど小田巻は僕の反応などまるで気にしていないように話しを進める。


「そこまで憤るってことはキミは菊池翔也君と仲が良かったわけだな?」

「当たり前でしょ。十年以上も一緒にいた幼馴染なんですから」

「だと思ったからキミの話しを聞こうと思ったんだよ」

「え、どういうことですか?」

「だからね、長い付き合いの友達なら自殺する動機なんかに思い当たることはないかってことだよ」


 僕は絶句した。


 あくまでもこちらの訴えを聞くつもりはないらしい。裏を返せば、警察はそれだけ翔也の死は自殺だと断定しているということなのかもしれなかった。


 プロの捜査と言えど、それは僕にとってとてもじゃないけれど信じられることではない。


「だから翔也は自殺なんてしませんって言ってるじゃないですか!」

「長い付き合いのキミから見て菊池君は自殺するような兆候はなかったと?」

「そう言ってるんですけど」


 小田巻はまたあからさまにため息をついた。


 横柄という態度がぴったりの警官はそのままパトカーのドアを開ける。


「動機が分かるかと思ったけれど当てが外れたな。もう行っていいよ。協力どうもね」


 情報が聞けなければもう用なしということなのだろう。


 早く出ていけと言わんばかりに顎で促されて、僕は我慢の限界を迎えそうだった。


「本当にちゃんと捜査したんですか? いくら警察でもまだ一日しか経ってないのにそんなにすぐ分かるものなんですか? 貴方を見ていても凄腕って感じしないですし、こんなに早く捜査を終わらせようとするなんてまったく信頼できないんですけど」


 精一杯の嫌味を込めて言ったつもりだった。


 けれど小田巻は少しめんどくさそうな顔になっただけで応えた様子はまるでない。


「辛いのは分かるよ。けど納得できないからって大人の仕事を邪魔するもんじゃないぞ。キミにだって菊池君以外のお友達は一人くらいいるだろ? 早く戻ってお友達に愚痴を聞いてもらったらいいじゃない」

「……そうですね。失礼します」


 僕はパトカーから降りてわざと力いっぱいドアを閉めてやった。


 そのまま歩いていると後ろから「捜査についての話しは誰にも言うなよ」と小田巻の声が聞こえたけれど、イラついていた僕は振り向かずにその場を後にした。



「自殺って……本当に警察がそう言ってたの!?」


 お昼休み。


 僕は小田巻に言われたことを無視して、警察との会話を皆に報告した。


 すぐに反応したのは神奈だった。驚きの声を上げて身を乗り出してくる。あまりの大きな声に驚くも、それだけ衝撃的なことだというのは理解できた。


 僕がもっと驚いたのは一真の反応だった。


「本当か!? 本当に警察がそう言ってたのか!?」


 一真は一気に詰め寄って来て僕の肩を掴んだ。


 鼻が触れ合いそうなほどの近距離で問い詰められて、その必死さに少し言葉がでない。掴まれている肩がミシミシと音を立てて軋む。


「か、一真落ち着いて! い、痛いよ」

「あ、わ、わるい……その、あまりにも驚いたから。すまん」

「あ、うん。大丈夫」


 罰が悪そうに手を離す一真。


 こんなに取り乱すなんて、一真にとってもそれだけ信じられなかったということなのだろう。


「自殺って……マジで警察が言ってたのか?」

「うん。もう間違いないとか言ってた。でもあり得ないよね? あの翔也が自殺なんてするわけないよ」


 同意を求めて一真を見る。


 すぐに当たり前だろと返事が返ってくると思っていた。けれどいつまで経っても一真は返事をしてくれない。


「そうか……自殺って……マジかよ警察……」


一真は何故か心ここにあらずといった様子で何やらブツブツを呟いているだけだった。

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