第47話 取り戻した日常のような何か
「だ~れだ?」
外を眺めていたら急に視界を塞がれた。
目に当てられた手はひんやりとしていて気持ちがいい。
頑張って変な声をだしているみたいだけれど、僕にこんな事をしてくれる人物は今はもう一人しかいない。
「僕にこんな事をするのは、もう恵里香しかいないよ」
「あはは、せいか~い!」
目隠しを止めた恵里香はそのまま一つ前の席に座った。
元は神奈の席だったそこは今は空席になっていて、休み時間の度にやってくる恵里香の特等席になっている。
ニコニコと可愛らしく笑っている恵里香は機嫌が良さそうだった。
「なんかいい事でもあったの?」
「ふふふ、そこに気が付くとは流石優君。なんと、今日は優君の分のお弁当も作って来ちゃいました~!」
パチパチと自分で拍手をする恵里香を見ていると自然と顔がほころぶ。
あれ以来、僕は一人でいると死んでしまった三人の事ばかり考えて、自分でも分かるくらい笑う事がなくなった。
たぶん恵里香はそんな僕を心配して、いつもこうして必定以上に明るく振舞ってくれているのだと思う。
毎時間のように僕のところに来てくれる恵里香の、そんな気遣いがありがたいし本当に嬉しい。
もし恵里香までいなくなってしまっていたら、僕は無様に壊れてしまっていただろう。
「なんか反応が微妙だなぁ。喜んでくれてる?」
「もちろんだよ。ありがとう恵里香」
「ん~それならいいんだけどね!」
僕が取り戻せた日常は今目の前にいる恵里香だけだ。
他の大切なものは全部失くしてしまった。
だからこそ余計な事は考えずに、恵里香だけは何よりも大切にしようと思った。
そう思っていたけれど、どうしても三人の事を忘れることもできない。
気が付くと、いつもいなくなった三人のうちの誰かの事を考えてしまう自分がいた。
一人でいる時はもちろん。恵里香といる時も……。
「進路はもう決めた?」
昼休み。
中庭で昼食を食べながらぼーっとしていた僕は、恵里香の言葉で強制的に現実に引き戻された。
高校三年の二学期になった今、それは避けては通れない話題だ。
一応進学にしている進路は、本当なら夏休みの前にもっと具体的な道筋が出来ていたはずだった。
けれどあんな事があってからは何も手に付かなくなってしまい。僕の進路は宙ぶらりんのままになっている。
「流石にもう志望校決めなきゃまずいよね?」
「だね~。遅すぎてかなりまずいと思うよ」
「だよね。夏休みにしっかり決めるつもりだったんだけど……はぁ、ほんとどうしよう」
「……なんならさ、私と一緒の大学に行かない?」
恵里香はソワソワした様子でそうきりだしてきた。
恵里香もその辺が手に付かない状況だと勝手に思い込んでいたけれど、僕とはやっぱり出来が違うようだ。
実際にはちゃんと進めていたらしく、僕とは違ってしっかりと将来の道筋が定まっているみたいだった。
恵里香は隠していたらしい大学のパンフレットを見せてくれた。
そこは割と大き目の大学らしく、幅広い学部が存在していて、何かしらやりたい事を見つけられそうに感じた。
こんな所があったのかと感心してしまうような大学だったけれど、問題はその大学の偏差値だ。
恵里香は学年でもトップクラスの成績の良さで、対して僕はだいたい真ん中くらい。今更どう頑張っても恵里香のレベルには届かないだろう。
「いいところだけど、恵里香の偏差値と同じ大学にはいけないと思うなぁ」
「その点なら大丈夫! なんとこの大学の偏差値はね……」
恵里香は教えたくてたまらない秘密を話す子供のように、耳元に顔を近づけて来る。
僕はそのまま聞く体制に入り、耳元でささやかれた偏差値にとても驚いた。
何故なら充分に僕でも安全圏で狙えるレベルだったからだ。
「え? なんで恵里香がそんな大学を?」
「ここなら優君と一緒に通えると思ったから」
思わず見とれてしまうような笑みを浮かべてそんな事を言う恵里香。
別におかしな意味はないのだろうけれど、それでもなんだか気恥ずかしくなって顔をそらした。
「そんな事で大学を決めたの?」
「そんな事じゃないよ。私にとっては優君と一緒にいるのが何よりも大切な事なんだから」
恵里香が寄り添ってきてお互いの身体が触れ合う。
僕の腕に添えられた手はスベスベしていて、ひんやりとした感触は触られているだけで気持ちがいい。
恵里香からするほのかな甘い香りもとても心地よかった。
恵里香は僕に寄りかかったまま耳元で囁き続ける。
「今から焦って考えるのも大変だし、とりあえず決めちゃったらいいと思うなぁ」
「でも、そんなふうに決めてもいいのかな?」
「固く考えないでいいんだよ。それに、優君なら私と一緒にいてくれるでしょ?」
「それは……うん。もちろん恵里香と一緒にいたいよ」
だって、僕にはもう恵里香しかいないから。
「ふふ、ありがとう優君。一緒に頑張ろうね」
恵里香が僕の肩に寄りかかり、そのまま体重を預けてくる。
そのまま二人で寄り添っているとふと、前もこんな事があった事を思い出した。
あの時も二人きり。
ただ、あの時は恵里香とじゃない。
神奈とこうして寄り添っていた。
一瞬、その時感じた神奈の感触と香りを思い出し、恵里香との違いを感じた。
もう神奈とこうして過ごすことはないのだと思うと少し悲しくなった。
神奈とお互いに食べさせあったおかずの味。
寄りかかって来た神奈の暖かさ。
頭を撫でた時のサラサラした髪の感触。
すべてを鮮明に思い出せてしまうからこそ余計に辛い。
あの時、神奈はどうして僕に寄りかかってきたのだろう。
どうして頭を撫でてなんてお願いしてきたのだろうか。
ただの友達よりずっと特別な幼馴染という関係。互いが大切に思っていると信じていたあの時は、特に疑問に思わなかった。
けれど、実際には神奈も僕を虐めていたらしい。
仲がいいふりをして、心の中では馬鹿にしていたのだとしたら、あんな事までしないんじゃないだろうか。
それともあの時の事でさえ、全て演技だったのだろうか。
今更考えたところで答えは出ない。それは分かっているけれど、どうしても幼馴染たちの事は頭から離れてくれなかった。
まだ過去に囚われている僕を、恵里香が心配そうに見つめてくる。
「優君、あまり気にすることないよ」
僕が何を考えているのか、十年以上一緒にいた恵里香には筒抜けのようだ。
何かを言う前に気遣われてしまう。
「あの三人は優君を陰で虐めてた。私たちを騙してたんだから」
「うん。それでも、僕はまだ信じられないし、本当だとしても心から嫌いにはなれなくて」
「優君は優しすぎるよ……。私はあの三人のために優君が悲しむ必要はないと思う」
恵里香はきっぱりと言い放った。
一瞬驚きはしたけれどそれが普通なのかもしれない。
友達だと思っていた人から騙されていたら、好きだった分の反動で余計に許せなくなりそうだ。
でも、どうしてか僕はそうなれなかった。
「恵里香は、やっぱり怒ってるの?」
「もちろんだよ。私たちの仲間のふりをして一緒に笑ってたのが許せない……優君は違うの?」
「僕は……僕も本当なら許せない……けど、嫌いにもなれない」
「自分が騙されて、虐められていたとしても?」
「……うん」
そう応えると、何故だか恵里香は少し悲しそうな顔をした。
「ねぇ優君。あの三人をすぐ嫌いにならなくてもいいよ。けど、いつまでも引きずられる必要もないと思う。あの三人はそれだけの事をしたんだから。私は優君があの三人のせいで悲しんでるのを見ると辛いよ」
優しく諭すような恵里香の声。
その柔らかな眼差しも相まって、恵里香がどれだけ僕の事を考えてくれているのかが伝わってくる。
このまま僕が落ち込んでいたら、それだけ恵里香に心配をかけてしまうだろう。それは良くないことだと思った。
「ごめんね、恵里香」
「いいの。だから少しずつ忘れていこ……」
身体を起こした恵里香からきつく手を握られた。
「これからは私だけを見て、私の事だけを考えてほしいの。私が、優君の心を満たしてあげるから」
恵里香の力強い瞳と言葉に押されて、僕は流されるまま頷いていた。
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