第26話 すり寄ってくる危険①
屋上の手すりが落ちてきた事で、学校ではまた軽いパニックが起きた。
あの時、僕はとっさに一真に飛びついて押し倒していた。
これまでの人生で一番自分が役に立った瞬間だと思う。
落ちて来た手すりが直撃することはなく、僕も一真も怪我だけはせずに済んだ。
ただ一真は相当ショックを受けてしまったらしい。
しばらくの間は呆然としていて、口をパクパクさせながら声にならない言葉で喋ろうとしていた。
駆けつけて来た神奈と恵里香は状況を見てすぐに何が起こったのかを理解していたようだった。
神奈は怯えたように震えてその場に立ちすくみ、恵里香は僕たちを校舎から引き離そうと駆け寄ってきた。
恵里香に手を引かれて僕と一真は神奈の元まで上手く動かせない足で必死に走った。
足をもがれたクモのようにたたらを踏み、ただ真っすぐに進むという単純な事すら満足にできず、女の子である恵里香に手を引かれている僕と一真は、傍から見ればさぞ情けなく見えたことだろう。
それでも別に恥ずかしいとは思わない。
そんな余裕なんて心のどこを探してもなかったからだ。
校舎から充分に離れた神奈の元にたどり着いた僕たちは、四人で手を繋いだまましばらく動けなかった。
それからは音を聞いて駆け付けた教師や生徒たちが溢れて怒涛の展開だった。
念のため保健室に連れて行かれることになった時、僕は落ちていた手すりを注意深く観察した。
見るかぎりそれなりに錆びついてけれど、だとしてもどうして急に落ちて来たのかはまでは素人の僕には分からなかった。これから教師が調べるのか、また警察が来るのだろう。
一真はすっかりと生気が抜けたようになってしまって、ただ呆然と保健室に誘導されていた。
最近は気丈に振舞っていた恵里香もすっかりと静かになってしまったし、神奈に至っては会話がワンテンポ遅れるくらいには動揺しているみたいだった。
その日、僕たちは四人で固まって一緒に家まで帰ることにした。
いつも一緒に帰ってはいる。ただ今日は分かれ道でばらけることなく、一真の家、神奈の家、恵里香の家と順番に送って行った。
道中で視線を感じたらしい三人が反射的に振り返る事も何度となくあり、その度に僕たちの精神は疲弊していった。
帰り道の間、皆がずっと怯えていた。
『神様に連れて行かれる』そんな言葉が現実味を帯びてきているように感じた。
翌日。
空には重苦しい雲が敷き詰められていた。
そんな空を見ていると、まるで今日も何か良くないことが起きると言われているような気分になって、ただでさえ落ち込んでいる気分が余計に沈み込みそうになった。
一真と恵里香は体調不良で学校を休んでいた。
一応本人たちから直接連絡も持っらっているから心配はしていない。
昨日の事もあるし休んで心を落ち着けるのは僕も賛成だった。
そんな中、神奈だけは学校に来た。
家に一人でいる方が不安だったらしい。
引きつった笑みを無理やり浮かべている神奈は、明らかに調子が良く無さそうで心配だった。
二人もいない事だし、今日は神奈から目を離さないようにしなければならないだろうと心に決める。
そうして迎えた一日は、僕の心配とは裏腹に特に何かが起こることもなく静かな時間となった。
最近僕たちを悩ませていたあの視線も今日は鳴りを潜めているらしく、神奈が怯えて振り返ることもない。
昨日の手すりの件もあって、学校には警察や普段いないような大人たちも来ていたけれど、逆にそのおかげで少し安心できるような気がした。
教師や外部の大人たちが大勢いるところで変な事なんて起きないだろうと思えたからだ。
久しぶりの平穏な日常を過ごすうちに、参っていた神奈も少しずつ余裕を取り戻してくれたようだった。
「ねぇ、一緒にトイレいこ?」
「うん、行くけれども、廊下で待ってるからね」
そんな感じで僕を揶揄っては、いたずらっぽく笑ってくれる。
なんだか神奈が笑っているところを久しぶりに見た気がした。
見慣れていたはずのその笑顔が、とても貴重なもののように思えてくる。
思わず少し見惚れてしまったけれど、そんなこと神奈には恥ずかしくて言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます