第20話 異変
翔也が死んだ次の日、学校は急遽一日だけ休校となった。
生徒たちに落ち着く時間をという学校からの配慮らしいけれど、本当は押し寄せてくる報道陣なんかへの対策だろう事は何となく察した。
ただどんな理由にしろ、休みになって助かったことは事実だった。
こんな精神状態で学校に行ったところで、いったいどんな顔をしていればいいのか想像も出来なかったからだ。
僕はマンションから一歩もでることなく、一日をベットで横になって過ごした。
出張に行っている父さんにも連絡する気にはなれなかった。ただ静かな空間で過ごして、心を落ち着けようとするだけで精一杯だった。
食事もまったく食べる気にもならず、たまに飲み物だけを飲んでまた横になる。
スマホを手に取ってはすぐに手放すなんてことを何回も繰り返した。
幼馴染たちにさえ今は連絡を取る気にはなれなかったからだ。
それは皆も同じようで特に誰からも連絡はなかった。皆自分の気持ちを整理することでいっぱいいっぱいになっているのだと思った。
翌日。
一日だけの休校はあっという間に終わり、まる一日を使っても僕は未だに気持ちの整理を付けられていなかった。
それでも身についていた週間なのか、ただの惰性なのかは分からないけれど、僕はいつも通りに登校した。
誰かと連絡を取る気にもなれず、いつもより遠く感じる道のりを、一人でノロノロと歩いて学校に向かう。
学校が見えて来たのはだいぶ気が滅入ってきた頃だった。
もう少しだと止まりそうな脚に喝を入れていると、ふと校門のところで不自然に立ち止まっている人影が目についた。
僕は警戒して足を止めた。
マスコミが来ているのかと警戒したからだ。
学校という場所で死人が出たのだ。そういう仕事関係の大人たちがやってくることはさけられないだろう。
そうしてやってきた大人たちは、生徒を捕まえては翔也の情報を根掘り葉掘り聞いて行くのだ。
どんな性格だったか。
どんな交友関係があったのか。
悪い噂はなかったか。
何か悩んでいることはなかったか。
翔也という個人について徹底的に調べ上げ、世間を騒がせる話題として提供する。
そう考えると、心の中で煮えたぎるような何かを感じた。
そういうことをする大人にとってはそれが仕事であり、けしてふざけてやっているわけではないというのは理解している。
けれど自分の大切な幼馴染の死を、変に騒がしくしてほしくはないと思う事だって間違ってはいないはずだ。
もし声をかけられても無視を決め込むことにしてまた歩き出す。しつこいようなら校舎の中に駆けこんで教師に報告してやろう。
そんなふうに僕はかなり警戒していたけれど、その心配が必要のないものだったと気が付くのはそれからすぐのことだった。
何故ならはっきりと見えて来た人影がよく見覚えのある人物だとわかったからだ。
「一真?」
「……やっと来たか優人」
校門付近で立ち尽くしていたのは、目の下に薄っすらとくまをつくった一真だった。
「おはよ。どうしたの?」
「ちょっとな、それより……大丈夫だったか?」
「何が? あぁ、もしかしてマスコミとか? 僕は会わなかったから大丈夫だったよ」
「いやそうじゃなくて……まさかオレだけなのか、他の二人は……いや、まさかマスコミなわけ……」
ブツブツと呟いている一真の言葉はいまいち要領を得ない。
どうやら昨日の休みは一真にとっても心を落ち着けるためには不十分だったらしい。その生気のない顔は、事件当日よりも疲労の色が濃く見えた。
それも当たり前のことかもしれない。大切な幼馴染が一人死んだのだ。たった一日だけで気持ちの整理をつけるなんて土台無理な話しだと思う。
僕は初め一真が翔也のことを考えていて眠れなかったのかと思っていた。
ただ、一真を見ているうちにそれだけではないのかもしれないことに気が付いた。
挙動不審とまでは言わないけれど、落ち着きなく当たりを見回している一真に違和感を感じたのだ。
その様子はまるで、ストーカーに怯える被害者を想起させた。
「一真? 何かあったの?」
「いや、そうだな……とりあえず神奈と恵里香が来たらちょっと付いてきてくれ」
「う、うん。それはいいけど、いったい何が――」
僕がそこまで言いかけた時だった、
「ッ!?」
一真が声にならない悲鳴を上げて急に後ろを振り向いた。
尋常ではないその様子に僕も慌てて一真の視線の先を追う。
「…………何も、ないけど?」
一真の視線の先にあったのは、いつものと変わらぬ校舎と登校している生徒の姿だけだった。
僕が見ているかぎりそこには変わったものは何もない。
だというのに一真は身体が石になってしまったかのように校舎を見続けている。
呼吸さえも止めてしまっているかのように微動だにしないまま、瞳だけをせわしなく動かしているその様子はとても正常には見えなかった。
「一真? 一真しっかりして!」
「……ぁ、あぁ」
「いったいどうしたの? 何かあった?」
「い、いや、何もいなかった。大丈夫だ」
身体を揺さぶってようやく我に返ったかのような反応をした一真は、僕に引きつった笑みを向けて来た。
その顔を見れば無理をしているのが手に取るように分かる。とても大丈夫な人の反応とは思えなかった。
「一真、体調が悪いなら一旦保健室に行った方がいいんじゃない?」
「いやホントに大丈夫だ。それより一緒にここにいてくれ、恵里香と神奈を待ってないと」
一真は頑なに動こうとしなかった。ただその間も瞳だけが別の生き物のようにせわしなく動き回っている。
血走った眼を見開いてビクビクとしている一真からは、いつもの活発さは微塵も感じられない。
普段とは違いすぎるその様子を見ていると、嫌でも一真に何があったのか気になって来た。
僕はすぐに聞きだしたい想いに駆られながらも、あまり刺激しないよう一真の傍から離れないようにして二人を待つことにした。
恵里香と神奈がやってくるまで、通り過ぎて行く他の生徒を眺めながら待つ。
校舎に入って行く生徒たちは特にこちらを気にすることもなく通り過ぎて行く。
一真がビクビクとしていること以外は穏やかな朝の風景だった。
ただ、僕はそんな普通の光景に段々と違和感を感じていた。
何かがおかしい、そう思った時には原因がすぐにわかった。
あまりにもいつも通りすぎるのだ。
一日休校になったとはいえ、あんな事件があったばかりだというのに今目の前に広がっている光景はあまりにも凡庸すぎた。
スマホを見ながら歩いている男子生徒。
友人たちでダルそうに喋っている女子の一団。
恋人同士なのだろうか、手を繋いで登校してきた二人組。
聞こえてくる会話はどれも普遍的なもので、翔也の事件について話しているような声は聞こえてこない。
変に騒ぎ立てられないだけマシなのかもしれないけれど、それにしたって誰も事件について話しをしていないのは少し異様だった。
まるで事件をなかったことにして、無理やり日常に寄せているような歪さを感じたのだ。
もっとはっきりと違和感を感じたのは、警戒していたマスコミがまったく見当たらないことだ。
校門前にカメラが押しかけていてもおかしくはないと思っていたけれど、とくにそういった人達の姿はなかった。
いない方がいいに決まっているし、実際にそういう人に会わなくて安心はしていたけれど、それにしてたっていくらなんでも静かすぎる。
僕たちだけじゃなく、登校してくる他の生徒たちもそんな会話はしていないようだ。
普通インタビューでもされたらその話題をしているはずなのに、通り過ぎて行く生徒たちは誰もそんな話題で盛り上がってはいない。
今のところ誰一人としてマスコミには会っていないということなのだろうか。
学校で生徒が一人死亡する事件が起きて、そんなことがあり得るのだろうか。
もちろん全ての生徒の会話が聞こえるわけじゃない。気が付かないところでそういう人達に捕まった生徒もいるかもしれない。
だとしても静かすぎた。
目の前に広がっているいつも通りすぎる風景には違和感を感じざるを得なかった。
そんな違和感を抱えながら一真と校門で立ち尽くしていると神奈がやってきて、その後すぐに恵里香も登校してきた。
当然のように二人とも顔色がよくない。
ムシムシと暑い中、寒そうに唇を震わせて自分の腕を抱いている神奈。
恵里香もいつものおっとりした笑顔を失っていた。
同じく顔色が悪い一真が話しがあると二人にも伝えると、神奈も恵里香も特に理由を聞くこともなく付いてきた。
むしろ、二人とも何か話すべき事があるみたいに見えた。
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