リーゼロッテの手記

恵ノ島すず

三月 四月前半

 ※鬱注意

 ※この世界線のリーゼロッテに救いはありません。

 ※設定を知る手助けにはなると思いますが、読んで楽しいものではない気がします。無理に読まなくて良いです。

 ※「ツンリゼが正史!」を合言葉に、心を強く保つことをお勧めします。ただ、無理に読まないのがベストです。

 ※【】と■部分は魔女の力が働いています。



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3/26(火)

 近日国の西方で大きな水害が発生するとの予言を、かの地で静養されているユリアーナ殿下が神から賜ったとの情報が入った。

 王弟殿下のご長女、ジークヴァルト殿下のいとこである12歳の姫君が、だ。

 神の声は本来15歳前後で聞こえるようになることが多いはずだから、本当に神の声だったのかと懐疑的な声も一部ある。

 同時に、神の声を聴くことのできる彼女を次代の女王とすべきではとの意見がにわかに貴族議会を騒がせているようだが、王都の空気が合わず病に倒れた方に、酷な話だ。

 だいたい、彼女はこれまで王となる者にふさわしい教育を受けてこなかったというのに。

 体が弱く教育を受けてもいない彼女ならば、臣下の好きにできるだろうという浅ましい考えだろうか。腹立たしい。

 王として神の声が聞こえるか否かが重要というのはわかるが、王太子であるジークヴァルト殿下だってきっとすぐに神の声を聴く。王嗣の変更など必要ない。

 神の声は日常的にずっと聞こえているようなものではない。なにかの折に天から与えられるものだ。

 今回のことだって、ジークヴァルト殿下が西方に居れば、彼が聴いただろう。

 彼はこれまでたまたま機会に恵まれなかっただけで、王の資質を神に認められていないなどという意見は的外れにも程がある。

 ああ、腹立たしい。

 ジークヴァルト殿下ほど王にふさわしい方はいない。

 彼は王となり、私はそれを支える王妃となる。これはもう決まっていることだ。




3/30(土)

 ユリアーナ殿下の予言した通り、西方で昨晩からの大雨により大規模な土石流が発生。

 予言に従い早期に避難が完了していたため人的被害はないそうだが、かなり広範囲の土地建物家畜に被害が出たようだ。

 浸水してしまった土地家屋や物品などの浄化消毒作業のため、神殿は早速神官たちの派遣を開始した。被災者や復興作業員などの病気やケガやメンタル面のケアも行うという。

 国の騎士団はもちろんリーフェンシュタール家からも、治安の維持と復興作業のために騎士と魔術師を送ることになるだろう。その両方の指揮に当たる父は、しばらく忙しくなるに違いない。私も支えなければ。




4/7(日)

 今日はジークヴァルト殿下のお誕生日!

 例年通り、王城で式典が行われた。そう、例年通り、王太子の誕生祝としてふさわしく華々しく。例年通りでなくすべきではなどという不快な声の元を断つのに少々の犠牲はあったが、例年通り、だ。

「西方が被災したばかりだというのに」であれば一理あったとは思うが「ユリアーナ殿下が聞いたのは間違いなく神の声だったと証明されたからには」というのは無礼にもほどがある。だからどうした。ジークヴァルト殿下は絶対に王となられるお方だ。軽んじていいはずがないだろう。非常に腹立たしい。もっと徹底的につぶしてやればよかった。


 いけない。冷静にならなければ。


 めでたく成人の18歳を迎えられた殿下は、今日も輝くばかりに麗しかった。

 学園を卒業されるまでは成人と認められない部分も多いが、年齢的な要件は満たした。そんな殿下は最近また大人の魅力がぐっと増されたような、落ち着きと頼りがいが確固たるものとなったような雰囲気で、所作表情そのすべてがますます洗練されてきたように思う。

 特にあの笑顔は反則だ。正面からまともに見れば、まぶしすぎて気を失いそうになるくらいだ。

 式典用の正礼装を身にまとわれた殿下はまさしく物語の王子様のごとき輝きで、正に次代の王にふさわしい気品と威厳と魅力にあふれ

 あふれて いて

 だから私は、緊張のあまりあんなことを。いえそれにしたって、どうしてあんなことを言ってしまったのか……。

 式典で型どおりのエスコートを受けながら婚約者として並び立つのは、何事もなくこなせたのだ。何事もなかった、と、思う。

 ジークヴァルト殿下を直視はできなかったが、パートナーは隣にいればいいわけで。終始ひどくドキドキはしていたが、特に問題はなかったはずだ。たぶん。

 問題は、その後ご家族での私的な歓談の場に参加させていただいた時だ。

 いきなりティアナ王妃陛下が「そろそろ二人は結婚してもいい歳なのよね」などとおっしゃるから!

 ただでさえジークヴァルト殿下がかっこよくて、

 外向きのキリリと引き締まった表情もステキだったけれどあの場ではふわりとリラックスした微笑みに変わっていて、また違う魅力というかその差でどちらも鮮烈な印象というか、

 とにかく私はなんだって彼が好きでもういっぱいいっぱいで私は

 私は

「まだ年齢以外の条件が整っておりませんでしょう」などと言って、場を凍り付かせてしまった、のだ。

 違う。私が、未熟なのだ。私には、まだジークヴァルト殿下に並び立てるだけの実力がないと思ってしまったのだ。

 だってだって彼はあんなにかっこよくて穏やかで誠実で人々に好かれ学園での成績もずっと優秀で私は所詮家庭教師にしか教わったことはなく殿下のように同年代の他の貴族から頭一つとびぬけていると証明できたわけでもなくそもそも殿下のご意思や諸々の準備やら調整やらも

 とにかく、そう、こんなにも素晴らしい方と結婚するのに今の私でふさわしいのかしら!? と、ただそういう意味で、反射的に出た言葉、だったのに。

「私はまだ、神の声を聴くことができていないからね。王太子でいられなくなってしまえば、君との婚約も見直さなければならないだろうから……」

 そう弱弱しい笑みで殿下がおっしゃった瞬間、この首を掻っ切りたい衝動を抑えるのが大変だった。

 殿下のめでたい日に王城で流血沙汰はいけない。そう思う理性はあった。でも死にたくて仕方なかった。

 言い訳は、した。したはずだ。そんな意図ではなかったと言葉を尽くしたつもりではある。

 けれど、凍り付いた場の空気は私が退出するまでそのままであったので、やはり私は死んで詫びるべきだろう。

 どうして私はこうなのか……。


 明日は、王立魔導学園の入学式。これまで以上に殿下にお目通りが叶う機会も多くなるだろうに、これから先が思いやられる。

 今日の謝罪は、きちんとできるだろうか。




4/8(月)

 今日の入学式で、一人、ひどく目立つ新入生がいた。フィーネさんというらしい。

 彼女は入場に間に合わず、式典の途中でバルにエスコートされながら入って来たのだ。

 我がいとこ殿は無駄に体格がよく、あれで意外と実力と人気があるものだから、それにエスコートされている彼女は、かわいそうなくらいに注目されていた。特に、女生徒からの視線が厳しかったように思う。

 後にいったい何があったのかバルを問い詰めたところ、なんでも彼女は制服も着ずに徒歩で校門をくぐったため、学園生のはずがないとレオン・シャッヘ教諭に捕縛されかけていたらしい。意味が分からない。

 まあ確かに捕縛したくなるかもしれないなというくらい、フィーネさんは学園の関係者とは思えない質素な服装ではあったけれど。でも意味がわからない。

 まず教諭が彼女を不審に思い捕えようとし、フィーネさんもきちんと名乗り説明をすればよかったものを、なぜか全力で応戦。

 応援が呼ばれ駆けつけた中にバルがいて、彼女が強力な光の魔法を使ったこととその容姿の特徴から、先日の庶民の少女が魔法で暴漢を撃退した事件の少女だと思い至り、事態が収束したとのことだ。

 バルは騎士団の噂話で彼女を知っていたと言っていた。

 件の少女が今年入学するとは教諭も聞いていたらしい。けれど教諭は、その少女はどうせどこぞの貴族家の庶子で、強い力を持つとわかった以上は親の庇護下に置かれたのだろうと考えていたそうだ。

 まさかそこらのメイドよりボロ、もとい倹しげな服装で馬車にも乗らずにやってくるとは思わなかった、とのことらしい。

 学園生の証となるローブは入学式で配布されることもあり、新入生はフィーネさんを除き全員制服を着ていた。新入生含め全ての学園生は、馬車を学園に入れさせる段階で事前申請をしチェックを受けている。教諭の判断もそう突飛とは言えない。

 フィーネさんの入学は急遽決まったことだとは聞いているが、制服の用意も間に合わなかったのだろうか?

 貴族ではないため、ドレスメーカーにオーダーを後回しにされてしまったのかもしれない。

 でもだとすれば、学園側にその事情を説明しておけばそんなことにならなかったのに。

 少しそそっかしい方なのかもしれない。

 クラスメイトのようだし、私も気にかけておくべきか。

 バルの後先を考えない空気の読めない愚かな行いのせいで一部女生徒に睨まれてしまったのは、かわいそうであるし。

 バルによると、フィーネさんはご実家が遠方なのか、これまで王都の宿屋で単身暮らしていたそうだ。それが今回のことを申し訳なく思った教諭の斡旋により、学園の職員寮に住むことが決まったらしい。馬車もなく通学するには遠かっただろうし、安全面衛生面も学園の寮なら安心だ。

 しかし住まいからそんなことでは、他の何もかもも足りていない可能性が高い。

 もし制服の用意にしばらくかかるようなら、どうせ私は今日限りしか着ないであろうコレをサイズ調整し、彼女にあげてもいいだろう。

 他にもなにか困っていることはないか、気にかけておこうと思う。




4/9(火)

 今日ははじめての授業。新入生たちの実力を測るため、3学年合同での模擬戦闘訓練が行われた。

 例のフィーネさんは、ものすごく強かった。

 なにあの、あの?

 あれはなんだったのだろう。

 今でもよくわからないのだけれども、どんな武器を持ったどれだけ体格に恵まれた生徒たちであっても関係なく、次々に彼女の拳で宙を舞っていた。

 実際に見た光景なのに、下手な悪夢のようだった。まだ現実感がない。

 彼女は杖を使用しないせいか、射程は狭いようだった。

 けれど、近づいた順から吹き飛ばされるような騒ぎで、いえ、遠距離から攻撃をしていた人物も、ふと気づけば彼女の射程に入ってしまっていて吹き飛んでいたような?

 とにかく、彼女は移動からして人の範疇を超える動きをしていたように見えた。

 よくわからなかったがとにかく強い。それは間違いない。今回は男子生徒を中心に彼女に挑む人物が多すぎて機会に恵まれなかったが、ぜひ一度手合わせをしてもらいたいものだ。

 ただ、装備があまりに貧弱というか、魔法使いには欠かせないはずの魔法杖がみすぼらしかった点は気になった。あんなゴミのようなものに彼女の甚大な魔力を通せば爆発四散してしまうだろう。危険すぎる。だから使わなかったのだろうか。

 ならばなぜ、あんなものを腰に下げていたのだろう。あんなのない方がマシだろうに。

 彼女の実力を十二分に引き出せる武器を持たせたらどうなるのか、興味が尽きない。手始めに杖を新調して欲しい。

 もし剣を扱うのであれば、今はバルが持っている当家の家宝を貸し出したら、どれほどの活躍を見せてくれるのか。なんて、それはさすがに、想像でしか許されないことだけれど。彼女の体格であの長剣は扱いづらいだろうし彼女の身軽さを活かした戦闘スタイルには、いえそうではなく、軽々しく当家の家宝を血縁者でもない者に触れさせるなど、あってはいけないことだから。

 そう、現実的なのは、やはり杖だ。なぜ彼女は、もう少しまともな杖を持たないのか。

 もしかすると、彼女は貴族家の生まれでないから、杖の職人に伝手がないのかもしれない。

 彼女の力に耐えられる杖となると、素材も難しいか。

 そういえば、先日ツェツィーリエがユニコーンにさらわれかけ、返り討ちにした。森で一人昼寝なんて危険なことをしていてそんなことになったあの子へ説教をした際に、「でもとても良い素材が手に入った」などと反論されて説教を延長してしまったが……。

 それなりに目の肥えたあの子がそうまで言うユニコーンの素材なら、フィーネさんの杖の素材にふさわしいかもしれない。

 とはいえ、ただのクラスメイトでしかない私が杖を用意するのは、おかしいような……?

 でもどうせ我が家に回復補助魔法が得意な人物などいないし、めぐりあわせというか、そう、富める者として恵まれない者へ持っている物を分け与えるのは責務のようなもので

 もういい。とりあえずオーダーしておいてみよう。

 ツェツィーリエの得た素材で、どれだけの性能の物ができあがるか見てみたい。それでいいだろう。

 あの子もお小遣いに変わった方が喜ぶから、ユニコーンの素材は私が買い上げる。その活用というだけだ。

 もしフィーネさん自身で杖を準備していて、あのゴミはそれまでの間に合わせなのであれば、出来上がった杖は適当に売ればいいのだ。

 とりあえず、杖の手配をすることにする。


 そういえば、今日の彼女は運動着だった。さすがに学園指定の物で、少し安堵した。

 ずっと運動着のままだったのは少し気になったが、彼女にはメイドの一人もついていないようだし休憩用の個室も借りていないようだったので、着替えられなかったのだろう。




4/12(金)

 フィーネさんは、ずっと運動着を着ていた。

 実技がある日も、ない日も、関係なく。

 なんでも、単純に経済的問題で制服を入手できなかったとのことだ。呆れた。

 当座は私のものを調整した制服を与えたし、追加分の新しい制服の手配もした。これで十分だろう。

 ……十分、だろうか。彼女に対し、ひどく傲慢で当たりの強い言葉ばかりをかけてしまっている詫びとしては、足りない気がする。

 あの子を見ていると、なぜか【よくわからない感情】がこみあげてくる。

 苛立ち? 憎しみ? 怒り?

 言葉が荒くなり、視線が、態度が、意図しないほど傲慢で攻撃的な物に変化させられてしまうような、そんな感情。

 そんな感情を抱く理由など、ないはずなのに。

 内心でどう感じようと、それを取り繕うことくらい、私ならできるはずなのに。

 私は、彼女が庶民だからと、生まれや身分でこうも態度を変えてしまうような人間だったのだろうか。嫌になる。

 国家を、国家を支えるすべての人民を、あの方のように、平等に愛し慈しむ。彼の隣にありたいならば、そうでなければならない。

 私の態度は、良くないものだ。悔い改める。


 本当は、彼女のような強く愛らしい子とは、仲良くしたい。


 フィーネさんは、かわいい。うらやましいくらいに。

 まず、小動物めいたちょこちょことした動きがかわいい。

 ころころと変わる表情からは目が離せなくなるし、ふいに底抜けに明るい笑顔を見てしまうと心臓を撃ち抜かれたような衝撃を覚える。

 好奇心できらきらと輝く空色の大きな瞳も魅力的だ。

 跳ねるように歩くのにあわせふわふわと揺れる桃色の髪は思わず撫でたくなるようにつやつやで、また位置がちょうど手を伸ばしたくなる高さにあるのだ。いつか撫でたい。

 戦闘で見せる力強さが信じられないような、一際小さくて華奢な体格も目を引く。

 フィーネさんは、全部が全部かわいいでできている。あれはもう、魔性だ。

 うちの一族は全員勝てないと思う。バルなんか特に弱いだろう。絶対に秒で惚れこむ。もしかしたらもう惚れているかもしれない。

 私だって……。

 彼女を前にしなければ、こうして彼女の魅力を認められる。

 それなのに、どうして私は……。




4/15(月)

 ジークヴァルト殿下が、フィーネさんを友人だと宣言した。

 入学式の一件からか周囲から少し浮いている様子に心を痛めてとおっしゃっていたが、あのお方が特定の女性を特別扱いするなんて。

 なんだかとてもショックで、指先を動かす気力もわかな い

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