セーラー服でも剣士
俺が道城を意識するようになったのは、単に見た目だけのことじゃないんだぞっ。
幼稚園だけ別だったが、同級生っていうのをかれこれ小学校から続けて八年目なのである。
小学生のときは剣道部っていうのはなかったが、地元のスポーツ少年団があって、小学三年から今まで一緒のクラブに通っている、って感じだ。
小学生六年間は、きれーいに全部クラスは外れたが、中学生になってから二年連続で同じクラスになっている。
しゃべる機会も増えたし、キリッ以外のいろんな表情も見られるようになった。ふっと笑ったとこなんて……もう…………さ?
ということで最近は、ちょっと積極的に道城優歌の笑ったとこ見ちゃおうぜミッションを、密かに進行中なのであるっ。
ギャグや変顔、落とし物を拾ったり作業手伝ったりバケツ持ったり。ま、まぁギャグ滑ったときのあの視線はダメージあるが、それでも他のとこで笑顔メーターを稼げているんだから、よしとしようじゃないか。
「お、来たっ」
中学生になってから朝に強くなった理由は、間違いなくこの『朝に道城優歌を眺める時間を増やすため』、というところから来ているに間違いない。
朝練ある日もない日も、俺の朝のルーティンに道城優歌を眺める時間が組み込まれている。今日は朝練がない日だ。
紺色のセーラー服に青色のリボン。う~ん白と紺の道着でピシッとはまた全然違うな。背筋ピシッは一緒だが。
女子らとおはよーなやり取りをしているっぽい。俺の席は窓側最後列だから、じっくり眺めても気づかれまいフッフッフ。
(あ)
と余裕こいてたら目が合ってしまったじゃないか! 一時間目の国語の準備をしている風を装ってだな……
(あぁ便覧取ってこなきゃな)
ってことで、席を立ち上がって、後ろにあるロッカーから赤くて太い便覧を取って、特に意味なく便覧の裏表ほこり払うような仕草をしつつ、もっかい自分の席へ。ロッカー近いの便利だよな。
(筆箱筆箱~)
なんでぺらんぺらんなタイプでも箱って言うんだろうな、筆箱。俺のは丸い筒状の~
「古樫」
「ぅおひゃ!?」
机の中をのぞいていたらいきなりの古樫っ!
もちろんすぐさま視線を上げれば、ばっちり道城優歌のお姿がっ!
「なっ、なんだ?」
最初の『な』の発音は、実際には『にひぇゃっ』とかそんな感じだったかも。
「話がしたい。いいか?」
「ぉおぅ?!」
話!? なんだ改まって! 表情はいつものキリッとクールで、まったく読めんぞ!
「前々からあったことなのだが、今朝もあったんだ」
(今朝ぁ? 別に朝練なかったしな……)
なぜか横をちらっと見てしまった俺。怪しい伏兵とかはいなさそうだ。
「あったって、なにがだよっ」
迫力あるなぁ、イスに座ってる俺が立っている道城優歌から見下ろされるというこれ。
「……夢に、古樫が出てきたんだ」
(どんがらがっしゃーん!)
実際にはガタッくらいだが。
「ぉ俺ぇ? ど、どんな内容だったんだよっ」
ま、まぁこんだけ一緒に剣道してっから、俺の夢にも道城登場してっけどさ……
(夢の中で嫌われるようなことすんなよ夢の中の俺!)
「今朝は、山へピクニックに行った」
「はぁ!?」
ちょ! 俺別に山要素ないんだが!? むしろ雪要素で山危険じゃね?!
「荷物をたくさん持ってもらった」
「ゆ、夢の中の俺、やるな」
遠足かなにかを思い出したんだろうか? でも小学校は別に同じクラスじゃなかったしなぁ。
「前々から~って言ってたな。他にも俺が出てくる夢を見たってことか?」
「ああ」
こうして今仲良くしゃべりかけてくれているということは、過去の夢の中の俺は、別に嫌われるようなことはしていない、ということになるはずだ。ですよね。
「雪の降る町へ旅行に行った。一緒にボウリングをした。大きなプールにも行った。高級レストランへも行った。部屋のドアを開けると中にいたこともあった。ロケットにまたがって飛んでいったこともあった」
(夢の中の俺、だれ!?)
少なくとも攻撃とかはしていないようでなによりだった。てか俺道城の家行ったことないんですけどぉ?!
「ゆ、夢の中の俺、結構エンジョイしてんだな」
これまでのセリフを淡々としゃべる道城。表情はまったく変えず。
「……そうだな」
(んっ?)
と思ったら、ほんー……のちょっとだけ、目と口元に変化。その道城らしい笑顔にはすでにとりこにされている。
「古樫は私が出る夢を、見たことがあるのか?」
「ひょ!?」
あるに決まっているじゃないか。好きな人なんだぞそこの君は。
「あ、あるぜ?」
「どんな夢だ?」
「う」
(やばい。下手したら引かれるぞこれ。でも真正面からぶつかってくる道城に対して、うそをつくなんてこともできるわけでもなし。あぁなんでこんな時に限って武士の魂を発動させてんだ俺!?)
あぁ見れば見るほど逆らえなくなっていく、まっすぐな道城の眼差し。
「……ひ、引くなよ?」
「……なにか押せというのか?」
「ぬあぁ、えーっと、しょ、正直に話すから、幻滅すんなよってことよぉ!」
「わかった」
あれ、これもちょっとおもしろかったのか? またちょっと顔が緩んだ気がしないでもない。
(でもせっかくここまで積み上げてきた仲良しポイントなのに、引かれるってのもやだなー……ぁああいやいやっ。もうこうなりゃ当たって砕けよ!)
ちょっと深呼吸。別に新呼吸は開発できていない。
「……すっげー笑顔の道城と、手をつないだり、肩組んだり、ほっぺたに付いたご飯粒取ってくれたり…………」
音量がじわじわフェードアウトしていく俺の声。
(うぉっ)
よく道城を観察してきた俺様だからわかる、わずかではあるが、いつもより大きい目の開き具合!
「なんだその夢は……?」
声の切れ味はいつもと同じだったが。
「な、なんだって言われても、そういう夢だったとしか……ロケットで飛んでく俺の説明できるか?」
「いいや……」
ああ。やっぱ道城っていいよなぁ。つくづく思うわ。その美しきお顔見てると。
「……古樫は。普段からそういうことを、私としたいとか……思っているのか?」
「うぇ!?」
(はい!! すっごくしたいです!!)
「み~……道城は~さ? 俺と旅行したりボウリングしたり、ロケット飛ばしたりしたいか?」
ぁ、質問に質問で返しちまった。
「……よくわからない。どれもしたことがないものばかりだ」
「お? ボウリングしたことないのか?」
「ない。テレビで観たことがあっただけだ」
「へー……」
普段行かなくても、親戚の集まりとかで、人生一回くらいはありそうだが。ありますよね?
「じゃあ、なんでテレビで観ただけなボウリングなのに、俺と一緒にやってる夢なんて見たんだろうな」
「わからない。特に最近多くなってきたのだ。だから本人に話をしてみた」
「いや本人に話されてもどーせーっちゅーね~ん」
(ありがとうございます道城脳内の夢製造者のみなさん!)
しかし最近多くなってきたってはなんだろう。そりゃ多少はアピールしているが、例えば曲がり角でぶつかったりとか、落ちてくる本から守ったとか、ロケットで飛んでいったりとかほど、強烈なのはしていないんだが。
「それで。古樫はどうなのだ」
「ぉあっ、そ、そうだ、な……」
(これつまり、手をつなぎたいです宣言とかになるってことなんじゃね!?)
ある意味チャンスか!? しかしいいのか!? 言っていいのか!? 本当にいいのか!?
(あぁそんなまっすぐに見つめないでくれぇ~!)
「……したいさ?」
勝てませんでした。
(ちらっ)
やっぱりちょっとだけ見開いてるって感じだな。それはどういう意味なんだろうか。
「……そうか」
あーずっとしゃべってたいです道城と。
「優歌ぁ~っ」
お、来たときとは別のクラスメイト、
道城は声の方に振り返ったが、また少しこっちを見てきて、
「今日、一緒に帰……」
「ぬぁ!?」
なんかさらっとすごいこと言いかけなかったかこの道城さん!!
「……いや。日曜日、会わないか?」
「ぬおぉ?!」
なんかもっとすごいこと言ってねぇかそこの道城さん!!
(俺。え。俺。俺っ。俺。え。
「用事があるのか?」
「うおぉいやいやいやぜんぜんぜぜんぜんねぇ! ど、どこで会うよ!?」
なんで今俺ドヤ顔なんてやってんだろう。汗だらだらだと思うけど。
「校門で待ち合わせしようか」
「お、ぉう!」
こうして、俺、古樫定雪人生最大の山場となる日にち・場所が決定さ
「ぁ、何時?」
やっぱキリッとしてる道城がベースだよな。
「十時でどうだ?」
「わ、わかった」
一瞬『夜の?』っていう定番のボケを入れようとしたが、そんな余裕すらもなく、ふつーに返事をしてしまった。
こうして(中略)と時間が決定された。
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