第11話 世界のお勉強

 あっという間に時は過ぎ、ノアちゃんの鍛練期間も二週間を過ぎた。


 筋力や持久力は確実についてきたとは思うが、まだまだ熱湯運びには苦労しているようで熱湯を被らない日がない。


 だが、揺れも大分収まってきているので、被らなくなる日も近いだろう。


 まぁ、それはそれとして、今回はノアちゃんの勉強風景について語ろう。


 現在のノアちゃんの一日のスケジュールは大まかに分けるとこんな感じだ。


 早朝 体力作りのランニング

 朝食

 午前 商会での荷物運び、または熱湯運び

 昼休憩

 午後 熱湯運び

 晩飯

 夜  試験勉強


 その行動のほとんどが基礎体力作りに割り当てられている。体力の方はおかげさまで順調に伸びてはいるのだが、問題は勉強の方だ。


 勉強が問題といってもノアちゃん自身に問題があるわけではない。彼女はとても優秀な生徒だ。そこに問題があろうはずもない。


 問題なのは、筆記試験の内容についてだ。


 こちらの世界では過去のアイドル資格試験の問題を集めた問題集が存在しないし、問題自体も毎年担当官が変わるせいか、なかなか内容が安定しないらしい。


 要するに、どこまで勉強したら良いのか判断が難しいのである。


 現在はアイドルに関しての規約を教え終わったので、世界の常識だとか、そういうものについて教えている最中だ。


 エルフはなんだかんだ言って、森に引きこもる種族なので、世事には疎いという欠点がある。


 というわけで、本日も夜の試験勉強である。


 立派な執務机にちょこんと座るノアちゃんの姿は、小学生社長みたいなギャップがあってちょっと面白い。


 だが、笑っている場合でもない。


 俺はノアちゃんと向かい合わせに立ちながら講義を始める。


「えー、まずはお復習さらいからだな。この世界の名前は、この前教えたと思うが覚えているか?」


「押忍! ししょー! プロトテラです!」


「そうだな。正解だ。この世界は試作型地球プロトテラという名前だ。幾つもの世界を創り出したといわれる創造神が生み出した世界のひとつである」


「押忍! ししょー! 世界は複数あるです?」


「あるぞ。分かりやすいのは、勇者召喚だ。あれは、別世界とプロトテラを繋げて人を誘拐する魔法だからな。だから、別世界というのは普通にある」


「それだけ聞くと極悪非道に聞こえるです!」


「実際、極悪非道だ。あんなものはやる機会がない方が良い。お前だって、いきなり見ず知らずの世界に飛ばされたら嫌だろ?」


「嫌です! ししょーの元離れたくないです! 美味しいご飯にありつけなくなるです!」


 飯だけの存在かよ、俺は。


 まぁいい。


「えー、話を戻すぞ。ブロトテラは丸いお盆の形をしていて、巨大な亀の上に乗っている。地震が起こるのは、その亀が身動ぎするからだと言われている。ちなみに、お盆の先――世界の先端は海水がごうごうと落ちる大きな滝になっている。その先は底が見えない奈落へと通じているって話だ」


 前世を地球で生きた俺にしてみれば、何て頓珍漢な話をしているんだという気分になるのだが、この世界ではそうなっているらしい。


「確認した人がいるんです?」


「召喚士が呼び出した召喚獣を通して確認したことがあると聞いたな」


 そういう話になっているが、俺はちょっと疑っている。


 何となく目立ちたくて、召喚士が嘘付いてるんじゃないかと思うんだよな。


 あえて、難癖つける気は無いけどさぁ。


「色々考えるですねー」


「まぁ、そんなプロトテラには四つの大陸がある。これは分かるか、弟子よ?」


「押忍! セントラル、ノース、サウスの三大陸とディバイド大陸の全部で四つです!」


「そうだな。配置としては右斜め上から左下に払うようにして、ノース大陸、セントラル大陸、サウス大陸と並ぶ。この三つの大陸は陸地の位置が近く、昔から海を隔てた向こう側に大陸が存在すると互いに認識されていた」


「ディバイド大陸は認識されていなかったです?」


「ディバイド大陸は遭難した奴がたまたま発見した大陸だ。何とかその大陸から脱出して、国に情報を持ち帰ってようやく判明した大陸だな。大陸の名前も発見者の名前をそのまま付けている」


「ディバイド大陸は大きいです?」


「大陸の中では三番目の大きさだな。一番大きいのがセントラル大陸、二番目がノース大陸、で一番小さいのがサウス大陸だ。さて、ここで問題だ。俺たちが住んでいる王国の名前と、王国があるのはどの大陸だ?」


「えーっと、ノース大陸です。王国の名前は……。この前、聞いたです……。何か小難しい感じだったです……」


「はい、時間切れ。答えはリンドールグレールシェラ王国な。建国に尽力した初代王様と功臣二人の名前を繋げたものがその名前になる。大体の国民は長過ぎるし、言い難いから王国としか呼ばないがな。さて、それじゃ王国について問題。ノース大陸には、リンドールグレールシェラ王国含めて幾つ国があるでしょうか?」


「これは分かるです! 王国だけです! 一個です!」


「はい不正解」


「ですっ!?」


「魔王国がノース大陸の北端にあるから、正解は二国だ。引っ掛けだな」


「魔王国を国に数えて良いんです?」


「魔族は元々人間だ。そいつらが群体を作って、実力者の号令のもとに城や町を作って暮らしているんだから、そりゃ国だろう。ちなみに、セントラル大陸には三つの国があって、そこは長年の間、戦争をしたりしなかったりを繰り返しているぞ。サウス大陸はもっと酷い。群雄割拠で幾つもの小国が興っては消えてを繰り返している。なかなか統一国家というのが出来ないみたいだな」


「ディバイド大陸に国はないんです?」

 

「王国が作った港町というか、開拓村がある。だから、一応、王国の飛び地という扱いだな。とはいえ、開拓が全然進んでいないから旨味が全然ない飛び地なんだけどな」


「何で開拓が進んでないです?」


「魔素が濃すぎるせいで、魔物が馬鹿みたいに強いし、多いんだ。そのせいで普通の開拓のようにはいかないらしい。あとは、海を越えて資材を運んだりもしたりして順調にというわけにはいかんようだ」


「なるほどです」


「それじゃあ、次は国内についての話でもしようか。王国は王都を中心に菱形状に領土を拡大している。とは言っても、他の国が魔王国くらいしかいないので、国同士のいざこざなんてものはない。気が向いた時に魔族が攻めてくるぐらいでな」


「それはそれで大変だと思うです」


 それはさておき――。


「王国の四方は厳しい自然の領域に囲まれているんだ。それ故に、魔族も簡単には攻めて来れない。ちなみに、ノアちゃんと俺が住んでいた北の森もその大自然のひとつだぞ」


「北の森って安直な名前からは、考えられないぐらいの重要地域です!」


「元々は悪竜の塒とかいう名前の大樹海だったんだがな。ただ、俺が悪竜を倒したせいか、普通に北の森って名前が定着したようだ」


「ししょーって、なんか色々と変なトコに影響与えまくってないです?」


「気のせいだ。で、まぁ、北の森が住みやすくなったというんで、西の亜人地区の一部の種族が越してきた。ノアちゃんと同じダークエルフやエルフだな」


 だが、住みやすくなったといっても、普通に悪竜時代の強い魔物も北の森には沢山いるわけで……。


「越してきた彼らは自分の身を守るために、森のそこかしこに惑いの結界という、方向感覚を狂わせる結界を張った。それで、安全を確保しながら、今も慎ましやかに暮らしているといったところだ」


 ちなみに、その結界のせいで魔族も迂闊に攻め込めないで困っているらしい。


「その結界で、ししょーは迷わないですか?」


「俺の魔法抵抗は世界一だ。効くわけないだろ」


「そ、そうなんですか……」

 

「さて、その他の地域の自然についても説明していこう。西にあるのが、大背骨ビックバックボーン山脈。良質な鉱石が取れることで有名な山脈だな。誰も頂上まで登りきったことがないと言われる標高の高い山脈だ」


「ししょーは登ったことないです?」


「登ったことはあるが、山頂まではいかなかったな。上に行けば行くほど、ほぼ崖で、休む場所も少なく、酸素も薄くなるから激しく運動したら酸欠で滑落する。そんな場所だ。まぁ、若い頃だったし、力業じゃ通じないと分かってからの撤退は早かったなー」


「ししょーでも敵わないなんて、自然は恐ろしいです!」


「まぁ、今なら余裕だろうな」


「本当に恐ろしいのはししょーだったです!」


 さて、次は東だな。


「東には渓谷がある。その名も地竜の谷。まんまだな。谷の奥に地竜が沢山いる。凄い深い谷なんで、下までは肉眼で見通せない」


「見えないのに、いるって分かるのは何故なんです?」


「【見敵(サーチエネミー)】という魔術がある。スキルレベルが低いとぼんやりと何かがいると分かるぐらいだが、スキルレベルが高いとはっきりと何がいるか理解できるんだ。それを使って調べた結果、渓谷の底に大量の地竜がいることがわかった」


「うぇぇ、そんなに沢山いるです? 危険はないんです?」


「地竜は基本的には大人しい性格だ。ただ、自分たちの縄張りに入ってきたものに対しては攻撃的になる。つまり、渓谷の底に落ちたものは、地竜に群がられて大抵は死ぬだろう」


「それが、地竜の餌になるです?」


「いや。地竜の餌は竜脈と呼ばれる大地のエネルギーだ。それを草を食む草食動物の如く、吸収している」


「そんなにムシャムシャされて、竜脈っていうのは無くならないです?」


「大地のエネルギーだぞ。竜程度に世界が食い尽くせるかよ。まぁ、あの周辺は竜脈のエネルギーが減ったせいで、大地が枯れて大渓谷になっているんだけどな』


「竜が凄いのか、世界が凄いのか分からないです」


「そして、南には海と砂漠だな。この国とセントラル大陸を繋ぐ唯一の港があり、交易の中継地点として栄えている。だが、南の都市の中で最も有名なのは港町ではなく、剣の町ソードピアだろう」


「ソードピアです?」


「剣士の町として有名な町だな。そこでは剣の腕さえあれば、何もかもが思いのままになるという、ある意味理想郷が出来上がっている。だから、腕っぷしに自信のある奴は大抵そこを目指すし、才能ある奴がその町に多く集うことになる。一説には、ソードピアが反乱を起こせば、国は一時的に陥落するのではないかとも言われているぞ」


「一時的なんです?」


「北の剣神が動いたら、反乱はすぐに鎮圧されるだろうとも言われている」


「ししょーのスケールが大きすぎて、ちょっとついていけないのです」


「慣れろ」


「はぁ」


「まぁ、ソードピアは暮らすのには便利だが、観光には向かない土地だ。腕があるとわかると、すぐに絡まれて鬱陶しいからな」


「それも、ししょー基準だと思うのです!」


「ノアちゃんも実力が付けば、そう思うようになるだろうさ。ともかく、今日はこんなものだな。アイドルの規定書の方にも軽く目を通してから眠ると良い」


「お風呂にも入りたいです!」


「風呂は、あっちの滝みたいなジャグジーはやめろよ? 各個室に備え付けの石風呂にするんだ。この間、跳ねた水を掃除するのに、ボーイの人が大変そうだったからな」


「押忍です! ししょーは一緒に入らないです?」


「俺はまだやることがあるからな。お前は先に風呂入って、勉強してから寝なさい」


「混浴のお誘いを軽く流されたです! 押忍です!」


 軽く一礼しながら、早速風呂場に向かっていくノアちゃん。俺はその後ろ姿を見守りながら、今後の学習予定をあれこれと考えるのであった。


 ★


 さて、ノアちゃんが寝静まった後で、俺は軽く伸びをする。凝り固まった筋肉が伸びていくのを感じて、やはり最近の鍛練不足を感じる。


 思い切り動くのであれば、森に戻るのが一番なのだが、今の時期はノアちゃんの追い込み期間でもあるし、なるべくなら付いていてやりたい。


 代わりといってはなんだが、軽く負荷の掛かる運動でもしておこうとは思う。


 俺は部屋の中央に立ち、型稽古を始める。


 最初はゆっくりと、徐々に早く。


 ノアちゃんが寝ているので物音を立ててはならない。この微妙な力加減が難しいが、逆に楽しくもある。


 自分の体重を羽毛のように軽くしつつ、絨毯の上で激しい運動をしながら、跡がつかないように調整する。


 なかなか神経を磨り減らすが、やはりこの程度では負荷が足りない。


 仕方が無い。自分に強力な弱体魔法を掛けて、自傷系の魔法も使って体力を減らすか。これぐらいで軽い運動にはなるだろう。


 あと、汗が落ちないようにも気を付けないとな。


 結局、俺は三時間程型稽古をし終えたところで風呂に入って、既にノアちゃんが眠るベッドに潜り込んだ。尚、その間にノアちゃんが起きてくることは無かった。


 無かったというか、起き上がれる体力が残るような生易しいメニューは組んでいない。


 なのに、ノアちゃんの体がいつの間にかベッドの上で上下逆転しているのはどういうことだ? この娘の寝相は本当に未知数である。


 まぁいい。寝るとするか。


 では、おやすみ。

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