29.明日の約束

 今度のリタは可愛い娘を前にしても折れなかった。

 ここはどうしても譲れないようだ。


「部屋の中のものに勝手に触れられたら、嫌かしら?」


「そういうことはないけど。悪いからいいよ」


「違うのよ、シーラちゃん。私がしたいのよ。すごく片付けたいの。こんなにやりがいのある場所は久しぶりだわ!」


 リタの迫力に押され、シーラはイルハに視線を移した。

 明らかに困った顔をしているが、イルハも助けない。


「リタは綺麗好きなんですよ。もちろん、嫌なら断って頂いて構いません」


「嫌ではなくて、悪いからいいよ」


「嫌でないなら片付けるわね!オルヴェにも手伝って貰おうかしら」


「そこまでしなくても……」


 こうなったリタが話を聞かないことは、イルハはよく知っていた。


「そうだわ!ねぇ、坊ちゃま。明日はシーラちゃんと本屋に行って来てくださいな。ついでに観光案内もして差し上げて。お昼も外で食べて来てくださいます?私たちはその間、こちらに専念させていただくわ!」


「ねぇ、リタ。ここにあっても、船は揺れるよ?心配だから、何もしないで」


「大丈夫よ。明日も天気は良さそうだもの!ねぇ、坊ちゃま。それでよろしいですわね?」


「イルハも忙しそうだし。片付けなら自分でするから」


「坊ちゃまは明日お休みなんですよ」


 シーラが驚いた顔でイルハを見やったから、イルハの方が面食らった。

 何をそう驚くことがあったのか。


「休みはあるんだね」


「それは当然」


「厳しい国だと言うから、ずっと働いているのかと思ったよ」


「まさか。休まなければ、仕事の効率も下がります」


「そうだよねぇ。頑張るまえに、しっかり休まないと!」


 シーラは歌うようにからっとした明るい笑い声を上げるのだった。それを潮風がさらっていく。




 結局リタの勢いは凄まじく、リタに押されるまま、明日のイルハの予定が決まり、この日は取り急ぎ、船から本を運び出すことにした。

 手が足りないと呼び出されたオルヴェは、まず小屋の惨状に目を瞠って、それからしばらくの間、豊かな体を揺らして笑い続ける。

 オルヴェがこの旅の少女を心から気に入ったのは、このときだった。

 足りない部分を知って、愛おしさが増したというわけである。


 本を運ぶ間に、シーラは皆の寛大さに三度は喜んだ。

 だいたいの人はこの小屋に近付かないし、説教をする人もいるのに、という話だ。

 それはそうだろうと、イルハは思う。埃はまだいいが、臭いは厳しいものがあった。


「ありがとうね、イルハ!リタも、オルヴェも、本当にありがとう!」


 その夜のレンスター邸宅の賑わいは、昨夜を軽々と越えていた。

 楽しい食事の時間に会話が盛り上がったことはさることながら、今度は音楽も四人で楽しんだからである。

 おかげでシーラはタークォンの音楽に詳しくなったし、レンスター邸宅の面々も様々な国の音楽に触れることが出来たのだった。


 互いの知らないを共有することは楽しい。とイルハはまたひとつ新たに学ぶ。


 まだ二日目。



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