9.共鳴

 弦楽器の音色は星のように煌めき、

 その星の間をぬって澄んだ歌声は闇を集めた。


 同じ曲をリクエストしたはずなのに、少し前、イルハが外で聴いたそれとはまるで違う。

 室内の至るところに反響する音は、見事に調和し、特別な音楽をこの部屋に作り上げた。



 やがて曲が終わる。



 イルハは素直に拍手を送ると言った。


「それは何という楽器ですか?」


 誰も知ったことではないが、イルハの口から気の利いた感想が出て来なかった理由は、この場に限っては彼の人格の問題ではない。

 イルハの胸には確かに称賛の言葉が溢れていたが、それでかえって一つに選ぶということが出来なかったのだ。

 一つの言葉に表してしまっては、むしろ勿体ないような感じもある。


 シーラは微笑すると、楽器の端を撫でながら、イルハに返答した。


「オルファリオンって言うんだ。東方の国で見付けたんだけど、音が気に入ってね」


 イルハは頷き、しばし黙った。

 彼に付き合うように、シーラも黙る。


「もう一曲お願いしても?」


 やがて言ったイルハに、シーラはとびきりの笑顔を見せた。


「次はイルハも参加してよ」


 シーラが手で壁際に立て掛けてあるルードを指す。


 オルファリオンとは形状が異なるそれは、この国に長く伝わる弦楽器だ。

 この部屋に顔を出した時から、シーラはそのつもりだったのだろう。


「私の知っている曲ならば」


「この国の曲を教えて。途中から合わせるよ」


 イルハの奏でるルードのやや低く重厚な音色を、シーラは目を閉じて堪能した。

 その幸せそうな口角の上がり具合を演奏中に時々横目で見やるのが、イルハは実に楽しかった。


「凄く優しい音だね。とても好きだなぁ」


 小さく言って、もうしばらくの間イルハの奏でる音色を堪能すると、シーラはオルファリオンを持ち直した。


 イルハの奏でるルードの音色は、低く力強く響き、互いの胸の深いところを揺らし、

 シーラが奏でるオルファリオンの音色は、ルードの音色に美しく絡まりながら、互いの耳をくすぐっていく。


 ラララで紡がれた美しい歌声もいつの間にか重なって。

 室内で反響したそれらは、完全に調和した。


 やがてすべての音が、部屋の湿った空気に溶けてしまう。


 それは境界の消滅。

 確かにその部屋で、ここにあるすべてのものがひとつになった。


 終わらない長い夜は続く。



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