2.シーラという少女

 残されたのは、珍しい弦楽器を抱えて座る、女が一人。


 異国の娘であろうことは、近付けばすぐに分かった。

 西の大国タークォン王国では、あまり見ない服を着ている。着古したような長袖の上着に、長ズボンを履いていた。髪は後ろで束ねているようだ。


「あなたは旅人ですね?」


「そうだよ」


 歌声からすると、意外なほど幼い声である。


「我が国の法を知っていますか?」


「知らないなぁ。はじめて来たんだ」


「守り人から、説明を受けなかったのですか?」


「もりびとって?」


「ふ頭の管理をしている者です。船が到着した際に、すぐに駆け寄り声を掛けているはずですが」


「あぁ、その人なら会ったよ。なんだか難しくてよく分からない紙を貰ったような……」


 ズボンのポケットを探りながら、「これかな?」と言って取り出した紙は、ぐちゃぐちゃに折りたたまれていた。


 イルハは明日、守り人への指導を行うことになりそうだ。

 初回の来訪者には口頭でよくよく説明する規則がある。


「その様子では、まだ来訪登録もしていないようですね」


「登録が必要なんだ?」


 まったく話にならない。


「登録は必要ですが、この時間には受付所も閉鎖しています。朝一番に王宮に行っていただけますか?それからこの国は、路上で何かの商売をすることは禁じられていますし、夜間に外で演奏することも禁止です。覚えておいてください。また、あなたは未成年に見えますが、未成年が夜十時以降に出歩くことも禁じられていますよ。急いで宿に入ってください」


「それは困ったなぁ」


 楽器を抱えたままぴょんと跳ねるように立ち上がると、娘の小柄さが際立った。

 娘は頬に手を当てて、しばし黙る。まるで話を聞いてくれとでもいうように。

 その手にはぐるぐると晒しのような白い布が巻いてあった。怪我でもしているのだろうか。


 イルハは立場上、知らぬ振りも出来ない。


「まだ宿を取っていないのなら、ご案内しますが」


「そうじゃなくてね」


 困っているようには感じられない、とても陽気な声である。


「宿は船に戻るからいいけど、お腹がペコペコなんだ」


「宿に泊まれば、食事も出ますよ」


「その宿に泊まるお金がなくてね。前の港で使い切っちゃって」


 何がおかしいのか、娘は乾いた笑い声を上げた。


「まぁ、何とかするよ。あぁ、登録ってやつは、よく分からないから、しておいて貰えないかな。私はシーラ。シーラ・アーヴィン」


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