第4話 借金 5080万8305ゴル

ニクラスの寝顔を見て、ロニーとイーリスも眠りについた。


3人が寝静まってしばらくした後、まず異変に気づいたのはロニーだった。


「な、なんだ!?

 火が…!

 イーリス、ニクラス、起きろ!」



3人で住んでいた、家とも呼べないお粗末な住処が、火に包まれた。


気付いた時には、もう周りは火の海。


殴る蹴るの暴行を受けて痛む体を起こし、ロニーは布団としてかぶっていたボロ布に水瓶の水をぶちまけた。


まだ目をこすっているニクラスを起こすイーリス。


起きたニクラスに2人がかりで濡れた布を巻きつける。


家の外に出ると、周りには大量の油が撒かれており、逃がさないとばかりに火が燃え盛っている。


だが、迷っている暇はない。


ロニーはニクラスを担ぎ、喉まで焼き付くような熱さの火の中に飛び込んだ。



火の中を走り抜けようとしたロニーだったが、昼間の暴行により骨折していた影響もあり、足元の油によってバランスを崩してしまった。


「ロニー!!」


それを支えようと、イーリスが倒れてしまった。


「イー…リス…!」


「逃げ…て…。」


イーリスのおかげでなんとか体勢を立て直したロニー。


妻であるイーリスを助けたいが、そうすれば全員死ぬことがわかっている。


断腸の思いで前に進むロニー。


イーリスは最期まで夫と息子のことを案じていた。


火の海をなんとか抜けた後、ロニーはニクラスを地面に置き、すぐに離れた。


「生きるん…だ…ぞ…。」


自分の体が火に燃やされながらも、息子の未来を繋いだ。


そんな優しい両親が力尽きていくのを、ニクラスはただ涙を流して見ていることしかできなかった。



「父…さん…、母さ…ん……。」





それから1週間。



父と母の亡骸を埋葬し、薬草の採集依頼を1人でこなした。


しかし、慣れていない上に体力も気力も尽きかけている。


借金返済どころか、食べることもままならない状況だ。


だが、両親が生かしてくれたこの命を簡単に失くすわけにはいかない。



モンスターに遭遇しないように気をつけながら採集してきた薬草をギルドに渡し、報酬をもらう。


多い日で500ゴルほどしかない。


でもこの500ゴルがないと、食べるものも手に入れられない。


借金は利子がどんどん膨らんでいくが…、命が優先だ。



「おう、また会ったな。」


声をかけられて振り向くと、そこには父や母を侮辱し暴行を加えたバルドゥルとそのパーティ<不吉な狂人>のメンバーたちがいた。


火をつけたのもこいつらじゃないかとニクラスは思っているが、証拠は何もない。


どちらにしろ、気安く話しかけられるような間柄ではない。


ニクラスは無視して進もうとする。


「おい!

 呼んでんのに無視すんじゃねえよ。」


バルドゥルがニクラスを後ろから蹴り飛ばす。


「ぐっ…。」


軽く吹き飛ぶニクラス。


11歳の上に相手は【戦士】なので当然だ。



チャリ…ン



蹴られた拍子に500ゴルが転がった。



「ギャハハ!

 もしかして今日の稼ぎ、たったこんだけかよ!」


「まあそう言うなよ。

 こいつなりに頑張ったんだろう。」


バルドゥルはそう言うと500ゴルを拾い上げる。


「大事なお金だ。

 俺らが酒でも飲んでやるよ。」


「か、返せ…!」


ニクラスは起きて取り返そうとするが、バルドゥルの仲間の1人グレイグが立ち塞がり、ニクラスの鳩尾に強烈な拳をみまった。


「ぐっ…、ご…、おえ…っ。」


吐き気を我慢できないが、胃の中が空っぽで胃液しか出てこない。


そのまま顔面を蹴り上げられる。


「がっ…うっ…。」


「酒一杯にしかならねえ金にごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ、バーカ。」


<不吉な狂人>たちは笑いながら歩き去った。



その夜。


家を失ったニクラスは路上を転々として寝床にしている。


今までのこと、今回暴行されたことを思い出し、バルドゥルたちにはもちろんだが、自分の無力さに腹が立ち、悔しさが胸を張り裂きそうなくらい充満していく。


痛めつけられた身体の痛みと空腹、そして両親を失った心の痛みに耐えながら眠りについた。




(今日はあいつらに見つからないように気をつけなきゃ…。)


ニクラスは建物の物陰から辺りを見渡し、<不吉な狂人>たちがいないことを確認しながら目立たないように移動していた。


(よし、大丈夫そうだな…。)


物陰から物陰へと移動する。


その時、うっかり報奨金の硬貨の1枚を落としてしまった。


コロコロと転がり見えなくなる硬貨。


急いで拾いに行くニクラス。


転がっていった方に行くが、なかなか見つからない。


ふと側溝を覗くと、泥だらけの溝の中に硬貨が落ちていた。


ニクラスは蓋を持ち上げ、硬貨を拾い上げる。


(よかった…!)


そう思ったのも束の間、恐れていた事態が起こる。



「そんなとこで何してるのかな〜??」


(…最悪だ…。)


ニクラスは振り返らずに走って逃げようとするが、あっという間に囲まれる。


「ちょっと待ちなさいよ〜。

 困ってそうだから助けてあげようと思ったのに〜。」


【魔法使い】のゾーニャがニクラスの肩に手をかける。


「何か落とし物したのね〜。

 グレイグ、探すの手伝ってあげたら〜?」


「そうだなぁ!

 見つけやすいように手伝ってやる、よ!」


グレイグはニクラスの身体の自由を奪い、顔面を溝の中に突っ込む。


「ぐ…は……っ…、…ぶはぁっ…!」


抵抗できないニクラスは何度も何度も溝の中に顔を突っ込まれる。


「手伝ってあげて親切ね〜。

 でもお礼はいただかないとね〜。」


ゾーニャはニクラスから報奨金を奪い取る。


「また500ゴル〜?

 もうちょっと頑張りなさいよ〜。」


「ガハハハ!

 違いねえ!

 まあ全然足りねえが、せっかくだからもらっといてやるよ!

 じゃあ…、なっ!」


バルドゥルに蹴り飛ばされるニクラス。


悔しくて、悔しくて…、<不吉な狂人>が立ち去ってからもしばらく起き上がることができなかった。

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