13. 発見

 真昼のアーケードを歩いていく。お昼ご飯をつくる材料を買い忘れていたということで、お母さんから頼まれてやって来たのだ。

 とはいえここは通過点。行き先は結局近場のスーパーである。

 ちょくちょくお店を開いてはいるものの、どこか寂しげな雰囲気の漂う通りを行く途中、ベンチにちょこんと座った、橙の明るい髪色が目についた。その両手には、スプーンの刺さったジェラートのカップが収まっていた。


「マリカちゃん」


 思わず名前を呼ぶと、呼ばれた本人が顔を上げた。


「ミサおねえちゃん」


 キョトンとした顔が、すぐに華やかな笑みに変わる。うん、可愛らしい。


「お出かけ?」


「そんなところ」


 言うと、マリカちゃんはジェラートを一口すくって食べた。バニラと、底にのぞくもう一色はチョコレートだろうか。

 よく味わっているように見えて、そこに感慨はなさそうで。さっきは笑ってくれたけど、心ここにあらずというか、なんとなく、ガッカリしているというか。

 買い物は、別に物凄く急がなければならないわけではない。ならば、何かあったかマリカちゃんに直接訊ねてみよう。わたしの勘違いだったら、それはそれで構わない。


「隣、座っていいかな」


「うん」


「えっと」


 とはいえ、どう話しかけよう。考えなしの結果考え込んでいたら、まるで心を読んだみたいにマリカちゃんの方が先に口を開いた。


「あのね、ワタシ、家族を探しに来たの」


「家族……」


 "探す"という単語に繋げるにはあまりに重い言葉だ。


「お父さんとか、お母さんとか?」


 すると、彼女は首を横に振った。


「うまく言えないけど、ここでは"家族"が一番おかしくない表現なんだよね」


 なにやら複雑な事情があるらしい。とても気になるところだけれど、家庭の事情を根掘り葉掘り聞くのも違うと思ったので、大人しく黙る。


「でも、見つからなくて」


 それきり、マリカちゃんはうつむいてしまった。

 どう応えればいいのか、わからなかった。わたしは当事者ではないし、ましてや同じ経験もないのだから、安易に慰めることも励ますこともできない。

 困り果てていると、今度はマリカちゃんの頭が勢いよく後ろに逸れた。つまり、ベンチの背もたれに寄りかかる形になった。


「はぁぁ……」


 そして、盛大な溜め息。

 あれ、もしかして、そんなに深刻ではない?

 いやいや、まさか。


「簡単だと思っていたのに、地球はフクザツな場所ね」


 どうやらその"まさか"らしかった。印象と違うというか、身内の行方不明に対して思ったよりドライだ。

 物事への飽きっぽさはある意味子供らしいけれど、もっとこう、寂しく思ったりしないのかしら。

 そんな、動揺しているわたしをよそに、マリカちゃんは肘をももにおいて頬杖をついた。


「ほんとは止めてもいいんだけど、やっぱり諦めたくない気持ちもあるのよねぇ」


 そう呟く様子は大人なんだか子どもなんだか。

 とにかく、悲しみや途方に暮れているわけではないようなのでちょっと安心した。

 だったら、ちょっとくらい応援してもバチは当たらないだろう。


「きっと会えるよ」 


「ほんと?」


「ほんと」


 嘘だとしても、否定すべきではないし、むしろ本当に叶いそうな気がしてきたのだ。

 ただ、なにかがほんの少しだけずれているだけで。


「……ありがと」


「ワタシ、もうちょっと頑張ってみるわ。またね、ミサおねえちゃん」


「うん」


 言って、はねるように立ち上がると、溶けてしまったジェラートのカップをベンチの傍のゴミ箱に入れた。

 そして、臙脂の制服がふらりと通りの真ん中に歩み出て。

 消えた。

 いや、消えたのではない。移動したのだ。

 どこに、どうやって?

 瞬間、目の前の景色が融け落ちて、色のない闇に変じていく。明るいような、暗いような、目を強くつぶったまぶたの裏に映るような景色に、明確な格子グリッドが見えた。 

 幾層の次元。無辺の宇宙。奇妙な光とねじれ。座標。

 行ける。

 そう思い、足を踏み出そうとした瞬間。

 肩をぎゅっと掴まれた。


「刈谷さん」


「っ!?」


 眩暈めまいから覚めたように、暗闇が、歪みが、すぅっと消えていく。

 かたわらを見やれば、私服姿の居田さんが怪訝けげんな表情で立っていた。


「大丈夫?」


「あぁ……うん、ちょっと立ちくらみしただけ」


 実際に、立ち眩みだったように思う。気にしすぎることはない、はず。


「それより、こんな場所で会うなんて……」


 奇遇だね、と続けようとしたら、居田さんは初めて見た気がするほどの驚きの表情で固まっていた。まさに唖然。

 気になって視線の先を追うと、先ほど姿を消したはずのマリカちゃんがいつの間にか戻って来ていた。

 そして、何かを考える暇もなく。


「見つけた」


 丸みを帯びた小さな手が、わたしの腕を引いて。

 目の前が真っ暗になった。

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