11. 閑話

 私はかまいたがりだ。なんとなく、気になった人を放っておかずにいられない性質。

 いわゆる"かまってちゃん"とどう違うのかと疑問に思う向きがいるかもしれない。確かに、表裏一体というか、ほぼ同一と言っても差し支えない。ただ私の感覚として        

前者の表現を推すだけ。

 もう一つ特徴を加えるとすると、それは"人を選ぶ"というところだろう。誰にでもかまいたくなるのではなく、気になる人でなければ反応は起きない。

 たとえば……。


「トス!」


 目の前のコートでバレーの試合に励んでいるあの人。刈谷さん。

 高校生という年頃に至ってようやくなりを潜めてきていた、私の持病のようなかまいたがりが再発してしまった原因である。

 きっかけは多分、あの放課後のくしゃみだ。多分それ以前も、無意識に惹かれていたのかもしれないが。

 いつも、なんとなく寂しげで、なぜか危なっかしい。

 けれど、今刈谷さんの様子をじっと観察していても、私がそう感じる理由はどこにも見つからない。


「よっ」


 物思いにふけっていると、横から肩に手を置かれた。見やれば、知的とも活動的ともとれるような、自信に満ちた顔があった。

 午後の日差しで、まっさらなおでこと四角い眼鏡がきらりと光る。


「来座、さん」


「お、覚えていてくれたか。感心、感心」


 確か、刈谷さんと昼食を食べていたときに教室へやって来たのが初めての出会い。

 クラスが違うのだけれど、今は体育の授業中。複数組の合同になるため、こうして声をかけられたのだ。


「未紗は……ああ、試合か」


「刈谷さんを探しに?」


「うんにゃ。聞いてみただけ。あ、そうそう、昨日君の逆予知を見たんだが知りたいか?」


 ぼんやりしていたら、ものすごい勢いで変化球の話題を投げてきた。

 予知、じゃなくて逆予知。彼女の言うそれは、いわく絶対に確定しない未来のことらしい。

 別の見方をすれば、内容が悪ければ悪いほど嬉しく、良ければ良いほど悲しい。


「うん」


 語られる内容の信憑しんぴょう性はともかく、好奇心には勝てない。夢を見る当人には申し訳ないが、悪夢であることを祈る。

 私の了承を受けて、来座さんはもったいぶらずに淡々と言った。


「老齢の君が、もちを喉に詰まらせた夢だ」


「……そう」


 それは不幸な。でも、結果としては幸運なのだ。彼女の論理(寸法?)でいけば、将来の私は、おもちによる窒息事故では死なないということになるのだから。

 ただ、それにしても。


「やっぱり、変な話」


「うむ。ぶっちゃけ否定はしない」


「しないの」


「あたし自身アヤシイという自覚があるからな。証拠といってはなんだが、この逆予知は聞いてくれそうなやつにしか話さないんだ」


 すると私はどうやら、来座さんにとって信頼できる人間の部類に入るらしい。一回話を聞いただけで、しかもほとんど知り合いの知り合いといった関係なのに。


「それは……ありがとう?」


「いや、お礼を言われるほどでは」


 来座さんは照れながら頭をかいた。なんというか、話していて心地の良い人だ。妙な言動とは裏腹に、性格がすっきりしている。

 この人になら、話せるかもしれない。


「来座さん」


「ん? なんだ改まって」


 試合はまだ続いている。次の出番に代わるまで、もう少し時間がある。


「最近、おかしいと思わない? えっと、この」


「世界」


 大きく出過ぎただろうか。でも、そうとしか言いようがない。


「それはずいぶん大きく出たな」


 突拍子もない切り出し方に関わらず、来座さんは隣に腰を下ろして話を聞く姿勢を見せてくれた。

 続けよう。


「市内にペンギンが徘徊しているのは知ってる?」


「おう。それがどうした?」


「ペンギンってこんなところにいるのかしら」


 私はまだそのペンギンに出会っていないが、話は方々で聞いている。刈谷さんも言っていた。というか、それが発端だった。

 彼女があまりに自然に話すがゆえに、自分がその話に違和感を抱いていないことが分かってしまったのだ。ちゃんと意識できたのは、後々になってからだったけれど。


「うーん、まぁ、いるんじゃないか」


「なぜ?」


「なぜって……そういう気が、するから」


 言いながらも、来座さんは首を傾げた。どうやら気付き始めたらしい。


「何かおかしいぞ」


 私も頷く。



「今かろうじて疑えているが、集中しないと気が散ってしまいそうだ」


「只事じゃないでしょう」


「うむ。まさに異変と言って差し支えない」


 ありがたいことに、意見に同意が得られた。言い換えれば、この謎の現象は私だけに起きているわけではないということだ。


「しかし、解せないな」


「そうね」


 なぜ、あり得ないことを疑問に思えないのか。この現象は人為的なものなのか自然に起こっているものなのか。仮に何者かの仕業だとして、手段も目的もあまりに不明瞭だ。

 お互い黙ってしまったところで、試合終了のブザーが鳴った。休憩はそろそろ終わりとなる。


「ま、手の出しようがない以上なるようになるしかないな。現状、これによる実害も認識できてないし」


「そういうもの?」


 実際、来座さんの言う通りなのだが、思わず聞き返してしまった。

 来座さんは、不敵な笑みを崩さず頷いた。


「そういうものさ」


 そんな問答をしていたら、運動を終えた刈谷さんが、汗を拭いながらこちらにやってきた。


「ふぅ、動いた動いた。あれ、智代もいる」


「対戦相手として宣戦布告に来たんだ。な?」


「う、うん」


「大げさな……まぁ、頑張って」


 口実としてはあまりに不自然なものだったものの、刈谷さんは納得してくれたみたい。

 というか、そうか。来座さんは相手チームだったのか。

 ならば精神を切り替えて、集中して挑もう。授業といえど試合は試合なのだから。

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