「社畜を救う女の子は何人居てもいいでしょ?」
そこらへんの社会人
第1話 深夜帰宅を癒そう♡
「ただいまぁ」
夜が深まりつつある23時。
俺は30分電車に揺られ、15分歩いて、ようやく自宅という安息の地へと帰ってきたのである。
そうして腑抜けた声を上げながら、誰もいないはずの我が家の扉を開けて帰宅した俺は、いつものように靴を脱ごうとした。
「……ん?」
靴がいつものようにうまく脱げない。両足の踵を合わせるようにして普段は靴を脱いでいるのだが、どうやらそれだけの動作をするためのスペースが足りないようだった。
俺は足元の異変に目を向けた。
見知らぬ靴が、そこにはあった。
見知らぬ靴、というか、もう明らかなローファー。一瞬革靴と空目をしたが、俺はこんなコテコテのローファーを持っている人間ではない。俺の革靴はもっとこう、泥臭いというか、半分運動靴というか、もう、なんというか悲惨なものであった。
そうして、足元の異変に脳が驚愕する間もなく、俺は顔を上げる。
見知らぬ靴が家中にあるというのは、それなりの恐怖を伴うものであった。
「ど~も~はじめまして~」
「いぎっ!?」
俺は声にもならぬ鳴き声を上げていた。玄関から廊下、その先に広がる六畳一間のワンルームに、見知らぬ女が立っていたのである。
言葉が言葉ならホラーまっしぐらである、
「あ、ごめんなさい、驚かしちゃって……どもども~」
言いながら、見知らぬ女は俺に手を振る。しかも普通にじゃない。指先を下に向けて手を振ってくるのである。犬の喉元でも撫でてんのかと思った。違った。
にこやかな笑顔で手を振る見知らぬ女。ブロンドのセミロングを左手で遊ばせながら。白Tシャツに、空色のショートパンツ。
「……怪し」
うっかり脳内の思考を吐露してしまった。
「え、私怪しいですか? 結構頑張ってみたんですけど……」
いいながら、若い女は自分の身だしなみをあれこれとチェックしだした。
「シャツもおろしたて、ショーパンもいいと思ったんだけどなあ……ねえお兄さん、どこらへんがだめですか?」
「……いや、どこがと言いますか……」
ここがだめというか、俺の家というか。
もはや、俺の家に見知らぬ若い女が居て、部屋のど真ん中で異彩を放っていることへの恐怖など置き去りだった。
半径3メートル以内に入ったらその魅力に惚れてしまうだろう、みたいなそういうキラキラとした何かを感じた。
23歳の俺には少し懐かしく、それでいて遥か遠くに位置する何かだ。
俺のことなどお構いなしで、尚も身だしなみをチェックしていた若い女は、突然ハッとしたような表情で俺を見つめる。
俺は咄嗟に目を逸らした。
「分かった!」
どうやら、何か分かったらしい。人の家に勝手に上がることは犯罪だということはようやく彼女にも分かったのだろうか。
「おにいさん! これですね!?」
「ふぇっ……?」
目を逸らしていた間に、俺と彼女の距離は詰められていた。
柔らかく、華やかな香りがふわりと漂う。
「これ! ですよね! おにいさん!」
「あ……えっ……」
抵抗する間もなく、彼女は俺の手を引っ張り上げていた。
「これで、既成事実ができましたよね?・・・ね?♡」
満面の笑み。どこか狂ったような、イヤらしい、厭らしい笑みだった。
一瞬、背筋が凍るような感覚の後に――
oh................................................
俺の手に広がる絨毯の極致世界。
「どうですかおにいさん~私こう見えても結構大人なんですよ~?」
「がががあががっがが」
俺は言葉を失っていた。右手を思うがままに弄ばれながらも、その手に感じる温かさと柔らかさに思考が溶ける。
「私、こう見えて、――――」
「―――はい?」
「だから~こう見えて、――歳なんですよ。どうです? 騙されました?」
「…………」
脳が八回転くらいする。いやまあそもそも彼女の柔らかさに溶かされている脳が八回転もしたところで、生み出せるのは二桁×二桁くらいの計算までな訳で。
えーと、18は、2×9? で?
「だからぁ、こうしておにいさんと戯れられるのは、特別なんですよ~? ねえ? 桜木悠馬さん?」
尚も美しい美貌で、俺のフルネームを読み上げる自称18歳。
俺の豚箱行きはもう秒読みだったのである。プロの将棋では秒読みといういわゆるタイムリミット的なルールが存在するとのことだが、もうそんなことはどうでもよい。
詰みである。いや、罪である。
住居侵入罪(若い女) VS なんか色々詰め合わせ(俺)
はい、俺の負けーーーー!!! 禁固刑のおまけまでくっついてきそうだなあおい!!
俺の神経が覚醒する。もう右手の感覚などとうの昔にマヒしていた。
「あっ♡ なにしてるんですか、おにいさん逃がしませんよ?♡」
「おい、語尾に♡つければ何でもかわいくなるとか思ってんじゃないすかね自称18歳のお姉さん――んんんんんッ!」
言って、耳に鋭い痛みが走る。いってえええええええ。
「自称はないんじゃない? 自称はッ……この、くz……葛餅おにいさん♡」
「いたたたた! いや何も隠せてないよね!? くずって言ったよね? というか葛餅ってもうクズって言ってるのごまかすのやめてるよね!?」
「おにいさんったら~♡ ほんと遊ぶの好きなんだから~♡」
「キャバ嬢みたいな喋りから辞めろ――って痛いです痛いです!」
咄嗟の判断で右手を彼女の腹部から脱出させ、その場からの逃走を図った俺だったが、にこやかな美貌のまま俺の右手を掴み逃がさないようにガッツリホールドする彼女。男勝りの握力に、俺は正真正銘身動きが出来なくなっていた。
「ところでお姉さん」
「何ですか? おにいさん♡」
……取ってつけたような♡でいくら可憐さなり妖艶な感じを出そうとも、俺のような圧倒的社畜の目は誤魔化せない。
さっきむっちゃ目怖かったじゃん。唐突なドSだったじゃん。
社会に絶望している人間の目には真の世界が見えるのだ。
なんて、自称18歳の女ともみくちゃになりながらそんなことを思った。
しかし、こうして手を掴まれながら、至近距離でまじまじと見つめあってしまうと、ほんとに恋に落ちてしまうのではないかと思うくらいのかわいさである。
なんともまあ月並みな表現ではあるが、存外異性との物理的な急接近というのは社畜の心に響いてしまうものであった。
「俺の家でなにしてるんすか? こんな時間に」
俺の言葉に、自称18歳の女は微笑み返す。
悪魔のような天使のような、狂気にも慈悲にも感じられる笑み
「決まってるじゃないですかあ♡」
「……何――っておま」
再度、無理くりな力で俺の右手は彼女の柔らかい胸部へと運ばれる。
「ほーら♡ これですよ♡」
「――なんだよ、これって……」
かすかに残っていた脳で返答する。俺を豚箱にぶち込むため以外の何物でもないが……
「おにいさんを――社畜のおにいさんを、癒しに来たんです♡」
社畜の俺を豚箱にぶち込むことによって直接的に俺を「ブラック企業」から救うということを「癒す」などど表現するようなら俺は国語辞典の出版社各位に抗議文を提出せざるを得ない。
「あ――――」
彼女の温かさと柔らかさともう何個かよくわからない犯罪の数々に、俺は目の前が真っ暗になってしまったのであった。
〇ケモンで勝負に負けた主人公かよ、ともう一人の俺が言っているのが脳の奥で、かすかに聞こえた。
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