74 犯罪と婚約破棄

 お父様とお母様が、知らせを聞いて慌てて王都へ戻った頃には、もう遅かった。

 わたくしたちの見えないところで黒い陰謀は進んでいて、アルバートお兄様の有罪は確定的になっていたのだ。


 騎士たちは、証拠となり得るものは屋敷から全て持って行って、あんなに緑豊かだった温室は、今ではただの物置みたいになってしまった。

 彼らは調査と称して、お兄様がダイアナ様のために作った薔薇園も根っこから掘り出されて荒れ果てて、豊かな緑が奪われていった。


 その光景は、わたくしたちの思い出まで無慈悲に壊されているようで、とても胸が痛んだ。


 ヨーク家の当主の代わりに、ダイアナ様の家門であるバイロン家が代理でわたくしたちを保護すると名乗り出てくれたのだけど、二人はただの婚約者同士でまだ正式に縁続きになっていないとのことで、呆気なく却下されてしまった。


 公爵令嬢のわたくしの身分では彼らを阻止することもできずに、ただ茫然自失と横暴な振る舞いを眺めるしかなかった。

 庇護をしてくれる家族がいないと、自分はなにも出来ない無力なただの娘だと痛烈に思い知ったわ……。



 その過程で、ハリー殿下と――なんと第一王子も揃って抗議をしてくれたらしい。

 でも、確固たる証拠の前では、全てが徒労に終わってしまったのだった。


 驚くべきことに、第一王子は「自分がヨーク公爵令息に分析依頼をした。だから仕事として扱っただけだ」と、告白をしたのだ。

 しかし国王陛下は「婚約者であるシャーロット公爵令嬢を失いたくない故の妄言」だと切り捨てて、相手にしなかった。貴族社会では、未だに第一王子が公爵令嬢を寵愛している……という風に見られているのだ。


 あの毒草は非常に危険だ。汎用性が高く、用途によっては簡単に国の中枢を麻痺させることができる。

 そんな危険なものを、国王陛下が放っておくはずがなかった。

 まさに緊急事態で、ヨーク公爵が不在でも特例の特例で急激に事が進んでいったのだった。


 わたくしはハリー殿下はもちろん、婚約者である第一王子とも接触を禁止されていた。それは事実上の軟禁状態だった。

 屋敷には常に騎士たちが見張っていて、わたくしは監視をされて完全に自由が奪われていた。何度かダイアナ様が来てくださったのだけど、面会することは許されなかった。




 約一週間たって、やっとお父様とお母様が屋敷に戻って来た。

 これでお兄様の冤罪が回避できて少しは良い方向に進むのだと、ほっと胸を撫で下ろしたけど――……、


「国王陛下との交渉は決裂した」


 淡い希望が、あっけなく砕けた瞬間だった。



 お父様の話によると、お兄様の犯罪の証拠はどこからも崩せないほどに、完璧に固められているらしかった。そこには、どんな弁明も入り込む隙間がなかったようだ。


 おそらく、王弟派が用意したのだろうと、陛下もおっしゃっていたらしい。

 だが、証拠がないのだ。


 陛下は王子たちから、「ヨーク公爵令嬢がドゥ・ルイス公爵令息に毒を盛られた」と何度も説き伏せられて、ついにご納得されたようだけど、冤罪を証左するものがなくて対応に窮していた。


 第一王子の証言も、周囲からは「愛するヨーク公爵令嬢を守るための虚偽」だと見なされて、僅かな手がかりもなく、ドゥ・ルイス公爵家への立ち入り調査も不可能だった。


 いくら王宮側が調査をしても、罪の捏造の証拠は見つからなかったらしい。

 王家としてもヨーク家に救済措置を与えたかったけど、いくら第一王子の婚約者の家だからと特別待遇するのは、他の貴族の目もあって出来なかった。


 だから、国王陛下は法に則って……ヨーク公爵令息を処理するしかなかったのだ。

 辛うじて、お兄様が王族に対して直接危害を加えたわけではなかったので、最悪の事態は免れた。


 しかし、アルバートお兄様は罪人となり、わたくしは家族に犯罪者がいるとの理由で……第一王子と婚約破棄となった。



 わたくしの心は複雑に入り乱れていた。


 念願の第一王子との婚約破棄だけど、まさかこんな形で実現してしまうなんて。

 それに……今の状態ではハリー殿下との婚約も絶望的で、足元から大地が崩れていって闇の中に沈んでいくような無念だけが残った。


 お兄様もダイアナ様と婚約破棄になる予定だったのだけれど、彼女が懇願してこちらは婚約解消となった。

 ダイアナ様が頑なに拒否をしたらしく、二人一緒に平民になっても構わないとまで主張して大騒ぎだったらしい。


 困り果てたバイロン侯爵は、今回の事件を今後も継続的に調査をして真相を明らかにすると娘に約束をして、一時的に婚約解消とする……という結果に落ち着いたのだった。

 侯爵としても、ここで国王派の結束に亀裂が入ったら王弟派がますます勢い付くので、是が非でも二人を婚姻させていと考えているようだった。




 ヨーク家の名誉や権威は急降下してしまった。


 わたくしたちは社交界でも遠巻きに見られるようになり、自然とパーティーからも遠ざかって孤立していった。

 それは、公爵家が運営する事業や領地の経済活動にも影響が現れて、お父様は対応に追われていた。お兄様はまだ牢に閉じ込められたままだ。


 第一王子との婚約破棄、実の兄の犯罪……これらはわたくしの身に重く伸し掛かって、じわじわと首を締めていった。なんとかしたいと行動したくても、まるで錨を下ろした船みたいに身動きが取れなかった。


 このままでは、お兄様もわたくしも他家と婚姻を結べない。

 それは、ヨーク公爵家の断絶も意味していた。




 そんなある日、お父様から執務室に呼び出された。

 そして、信じられない言葉をわたくしに告げたのだ。



「お前に縁談の話が来ている。…………ドゥ・ルイス公爵家からだ」


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