68 第二王子の悔恨③

 僕はシャーロット嬢にたくさん嘘をついた。



 はじめは小さな事柄からだった。


 たとえば彼女が兄上を探していて、当の兄上は男爵令嬢と二人きりでいたいとき。

 僕はさり気なく彼女のもとへ行って、彼らの嘘の居場所を告げる。そして「兄上なんて放っておいて僕と一緒に行かないか?」と、純粋な彼女を誘い出すのだ。


 彼女が承諾してくれれば、そのままエスコートをして二人で過ごす。僕は兄上の代わりを精一杯務めて、あたかも彼女の婚約者になったような振る舞いをするのだ。

 砂上の楼閣ような偽りの時間は、流れ星みたいにとても輝いていて……。僕は僅かな幸福を、少しも取りこぼさないように貪り食ったのだった。


 あるいは、彼女が兄上を探すと僕の誘いを拒否したときは、一緒に探す振りをする。

 そして「向こうへ行ったみたい」とか「緊急の執務が入ったらしい」とか適当なことを言って、兄上から彼女を遠ざけるのだ。


 すると彼女は酷く悲しそうな顔をしていて、僕の胸もズキリと痛むのだが……卑怯な自分は、敢えて放置しておいた。そうすれば、彼女の気持ちも自然と兄上から離れると思ったのだ。



 そして僕は……最低な自分は、彼女の感情にも揺さぶりをかけることにした。少しでも早く兄上のもとを去って欲しかったからだ。


「今度のパーティーも兄上は男爵令嬢と参加するみたいだよ」


「今日の男爵令嬢のドレスは兄上から贈られたものなんだって。他の令嬢が予約しておいたのに、王太子の権力で割り込んで作らせたらしい。全く、酷い話だよね」


「兄上は婚約者であるロッティー義姉様より、あの下品な男爵令嬢のほうが大事なのかな?」


 彼女が兄上に愛想を尽かすように誘導しようと、彼女にとって耳を覆いたくなるような話題をさり気なく振ったのだ。


 その度に映るシャーロット嬢の泣き顔に、胸をえぐられるような罪悪感と、空洞みたいな虚しさを覚えた。

 でも……それよりも、彼女に僕に振り向いて欲しい気持ちのほうが上回ったんだ。


 このまま、どんどん兄上のことを嫌いになって、やがて限界を迎えて夜会ででも派手に暴れればいい。

 きっと彼女の性格ならそう行動するだろうから。兄上に拳の一撃でも与えるはず。


 そうしたら、王族に危害を加えた罰として確実に婚約破棄になるだろうし、ヨーク家も窮地に陥るだろう。社交界の評判もガタ落ちだ。


 そんな絶体絶命のところに僕が颯爽と現れて、兄上と男爵令嬢との浮気の証拠を突き付けて、彼女もヨーク家も救ってあげる。更に不貞を働いた二人にも、それ相応の罰を受けてもらうのだ。


 それでも、観衆の前で公然と婚約破棄をされた令嬢のほうが不利なのは変わらない。

 社交界での評判はなかなか回復しないと思うので、改めて第二王子である僕が彼女と婚約を結ぶのだ。元より王家としてもヨーク家と縁続きになるのは大歓迎だし、崖っぷちのヨーク家はきっと喜んで受け入れるだろう。


 ……そんな子供の妄想みたいな非現実的な話を、あの頃の愚かな僕は本気で考えていたのだ。



 しかし、意外にもシャーロット嬢は我慢強かった。


 どんなに兄上たちから屈辱的な扱いを受けても、僕が兄上を嫌いになるように誘導しても、彼女はめげなかった。癇癪持ちは相変わらずだったが、兄上を直接責め立てるようなことは決してしなかったのだ。


 だから、自分の描いていた未来図は見事に叶わなかったのだ。


 これには、僕は酷く焦った。

 彼女が派手に暴れてくれないと、僕の計画は頓挫するからだ。

 だから、なんとか彼女の堪忍袋の緒を切れさせようと、僕はこれまで以上に焚き付けた。


 だが……彼女は梃子でも動かない。彼女にとってどんなに残酷な言葉を投げ付けても、どんなに傷付けても……兄上への愛情は揺るがなかったのだ。


 途轍もなくショックだった。

 シャーロット嬢は、あんな不誠実で性根の腐った兄上のことを心から慕っていて。彼女は……最後は婚約者である自分のもとに王子様が戻って来てくれると本気で信じている様子だった。


 悋気で胸が掻きむしられて、頭がどうにかなりそうだった。

 僕は彼女のことをこんなにも愛しているのに、彼女は決して振り向いてくれない。あまつさえ、自分のことを物のように粗末に扱うような下劣な男に、いつまでも恋い焦がれている。

 

 なんで、兄上なんだよ。

 僕のほうが君のことを大切にするのに。

 絶対に幸せにしてあげるのに。




 そして……僕の懊悩を見透かされてか、悪魔の囁きのようなそれは静かに迫って来ていた。


 シャーロット嬢の罪のでっち上げ。

 焦燥に駆られていた僕は一縷の望みを賭けて、彼女の兄上への愛が完全に冷めるように……協力要請を受け入れた。


 本当に知らなかったんだ。

 兄上と男爵令嬢たちがシャーロット嬢のことを断罪して……更には一族郎党全て処刑まで計画していただなんて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る