67 第二王子の悔恨②
兄上は初対面のときからシャーロット嬢のことが大嫌いだったようで、国王である父上が決めた婚約者なのに酷く冷遇していた。
プレゼントなんて一度たりとも贈ったことがないし……見かねた兄上の侍従が王子名義で贈っていたらしいが……定期的に開かれるお茶会もいつも早々に打ち切って、会話らしいことも全くしなかったようだ。
そのせいかシャーロット嬢からは徐々に笑顔が消えていって、怒ったような悲しいような複雑な表情をしていることが多くなった。
兄上とのお茶会のあとは気分転換にといつも僕が彼女を王宮の庭園の散歩に誘っていたのだが、そのときも仏頂面が増えて口数も少なくなっていった。
しばらくして、ヨーク公爵令嬢は我儘で癇癪持ちだという噂がじわじわと広がった。
実際に彼女は兄上から邪険にされている苛立ちからか、周囲に対してそのような態度を取ることが多くなっていったようだった。
その姿は、彼女が本来持っていた天真爛漫さがごっそりと抜け落ちたようで、彼女の苦悩する心の叫び声が聞こえてくるようで……それは傍から見ていても辛いものがあった。
止めを刺したのは王立学園への入学だ。
兄上はそこでロージー・モーガン男爵令嬢と運命的な出会いとやらを果たして、まもなく男爵令嬢に懸想するようになった。そして二人は、身分差を乗り越えてめでたく結ばれた。
それがシャーロット嬢の耳にも入って、彼女のささくれ立った心は枯れた砂漠のようにますます荒廃していくのだった。
僕はなんとか彼女の傷だらけの荒れ果てた心を落ち着かせようと試みたが……既にその頃の彼女は兄上以外にはなにも見えないほどに夢中になっていて、単に婚約者の弟なだけの僕の出番は少しもなかったのだった。
悔しかった。
自分の愛する人が目の前でこんなに苦しんでいるのに、僕はなにも出来ずにただ近くで見つめるだけで、彼女を救ってあげられない。
幸せにしたいのにそれが絶対的に不可能なもどかしさに、胸が張り裂けそうだった。
しかし……奇跡的にシャーロット嬢が救われるには、兄上と愛し合わなければならない。それは僕ではなく兄上を選んで、彼女も兄上から選ばれるということだ。
その無情な事実も心臓をえぐり取られるように辛く伸し掛かった。
彼女はどんどん壊れていって……僕にはどうすることも出来なかったのだった。
無力だった。
だが、僕は諦めたくなかった。
なんとかして彼女の傷だらけの心を救ってやりたい――いや、本音を言うと…………、
これは…………チャンスだと思ったのだ。
シャーロット嬢を手に入れる好機。彼女を僕だけのものにするチャンスだ。
あの頃の自分は……愚かにも……兄上と男爵令嬢の恋愛を利用して…………彼女を王太子の婚約者の座から引きずり下ろせないかと……そう考えていたのだ。
まずは、密かにシャーロット嬢を兄上から少しずつ引き離すことから始めた。
もともと兄上は彼女のことを毛嫌いしていたので、日常生活では既にほとんど関わりを持っていなかったのだが、さすがに婚約者同士なので二人で夜会などの行事へ参加しなければならないことも多い。
シャーロット嬢曰く、そのときは二人には婚約者らしい会話はなく、間にあるのは怒気と悋気の渦巻く沈黙……。
会場に着いてからは最低限の挨拶回りが終わったらすぐに別れて、兄上は側近たちや王族権限で特別に入場を許可した男爵令嬢と一緒に過ごしていた。
対するシャーロット嬢は終始ぽつねんと壁の花で過ごすか、僕がいれば可能な限り一緒にいるし……なにを考えているのか知らないが、ドゥ・ルイス公爵令息が気まぐれに彼女に声を掛けるくらいだった。
その頃はシャーロット嬢と兄上の関係はもう修復のできないところまで来ていたので、僕は彼女のエスコートを積極的に買って出た。
社交界でも二人の関係の悪化と、王太子が男爵令嬢にすっかり骨抜きにされていることは知れ渡っていたので、僕のエスコートはすんなりと受け入れられたのだった。可哀想な公爵令嬢にお優しい第二王子が同情している、って。
ヨーク公爵令嬢には憐憫や侮蔑の視線が常に注がれていて、彼女は社交界でも息苦しさを感じていた。
だからか、余計に婚約者の愛情を取り戻そうとする……まぁ最初から愛されてはいなかったのだが……のに躍起になっていた。
その泥沼で跳ねているような行為が、ますます兄上の勘気に触れて……彼女は悪循環から抜け出せなくなっていた。
兄上は僕のシャーロット嬢への気持ちに気付いているようで、そのうち直接的に協力を仰がれることが多くなった。
そのとき僕は、まさか卒業パーティーであのような断罪計画が実行されるなんて思いも寄らなかったので、喜んで手伝いを請け負ったんだ。
まずは兄上と男爵令嬢との密会の手配から……。
そして……公爵令嬢をもっと追い詰めるように…………。
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