66 第二王子の悔恨①
「シャーロット嬢を裏切っていたんだ……」
第二王子の耳を疑うような衝撃的な発言に、わたくしもアルバートお兄様も目を剥いて凍り付く。
押し潰すような暗い沈黙が部屋中に充満した。
「………………」
わたくしは息を呑んだ。背中がぞくぞくする。胸が激しく波立って、急激に吐き気を催した。
やっぱり……アーサー様がおっしゃっていたことは本当だったの?
第二王子は、わたくしに対してあんなに優しくて好意的だったのに、あれも全て嘘だったの?
わたくしは彼のことを前回の人生からずっとずっと、信頼していたのに…………。
「っ……!」
気が付くと、小刻みに震えるわたくしの指先をお兄様がそっと握ってくれていた。温かい安堵感に包まれて、思わず涙がじわりと出そうになる。
お兄様はわたくしを安心させるように、ふっと笑顔で頷いた。
……そうだったわ。
めそめそ泣いて誤魔化しては駄目。
お兄様の言う通り、第二王子はわたくしの命の恩人なのだから。
自分本位に疑う気持ちばかりを押し出すのではなくて、ちゃんと彼の話を聞かなくてはいけないわ。
なぜかしら……これまで彼のことを蛇蝎の如く嫌っていたのに、今はあんなに荒ぶっていた感情が少し凪いだ気分だった。
今なら第二王子の言葉も素直に聞けそうな気がする。なんだか頭にかかった靄が晴れたみたい。
わたくしは意を決して、この重い沈黙を退けようと第二王子に問い掛けた。
「話して……いただけますか?」
第二王子は一瞬びくりと肩を震わせると、酷く頼りない揺らいだ瞳でわたくしを見た。今にも崩れ落ちそうな彼の双眸がわたくしの胸に刺さってチクリと痛んだ。まるで捨てられた子供のような脆い様子に、悲痛な思いが押し寄せて来た。
第二王子は少し躊躇したあと、軽く息を吐く。
「そうだな……どこから話せばいいものか――…………」
◇◇◇
僕はシャーロット・ヨーク公爵令嬢のことを愛している。
それは前の記憶のときも同じで、僕には彼女以外には考えられなかった。
初めて彼女に会ったとき、全身を雷で打たれたような衝撃を受けて、一目で彼女に夢中になったのを今でも鮮明に覚えている。
燃えるような強い意思が内包されたアイスブルーの瞳、流れる絹の糸のように輝くホワイトブロンドの髪、そして触ったら壊れるんじゃないかと思わせる白磁のような肌。
まるで天使や妖精といった形容がぴったりの彼女に、僕は目が合った瞬間に引き込まれた。
公爵令嬢である彼女はプライドの高いところがあって、兄上は彼女のそういった高位貴族然としたところを嫌っていたようだけど、逆に僕は彼女の気高い性格をとても好ましく思った。
今思えば、自分と正反対の気質を持つ彼女に、吸い込まれるように自然と惹かれていたのかもしれない。
僕たち現王族には二代前に平民の血が入っていて、ドゥ・ルイス公爵家をはじめとする王弟派の高位貴族たちから揶揄されることがままあった。
兄上はそのことを酷く気にしているようだったけど、僕はそんなことは関係ないと思っていた。
だって、僕自身の価値は血ではなくて行動で決まると思っていたから。
たしかに、長い歴史を連綿と紡いできた高貴な血というものは、貴重だし価値が高いとは思う。
でも、今この瞬間を生きているのは自分自身なのだ。だから王族として恥ずかしくない行動、そして誇りある堂々とした振る舞いをすれば、血の問題なんて打ち消せるのだと自分は考えていた。
シャーロット嬢は、僕たちとは正反対の高貴な血を持つ令嬢だ。
過去にはグレトラント王家の血が入っているし、彼女の母親は隣国の王女で、ヨーク家は現王家より血筋が良いと囁かれていた。
僕は生まれてこの方、血なんて関係ないとは思っていた。
しかし、彼女の凛とした佇まい、公爵令嬢としての矜持……そういった姿を目の当たりにして、彼女こそが生まれながらの本物のお姫様だと圧倒されたのだ。血筋というものは存在するんだ、って。
そして彼女の美しくて威厳ある姿に、心から尊敬の念を抱いた。
ドゥ・ルイス家の主張は馬鹿馬鹿しいとは思っていたけど、彼らの言い張っていた事はこういうことなのかと、僕はそのとき初めて理解したのだ。
それは温室育ちの自分の視野が広がった瞬間でもあった。
その日を境に僕は身分や主義主張をを問わず、多くの国民の話を聞こうと決めたんだ。
シャーロット嬢はその美貌と性格と身位からとっつきにくいと思われているけど、話してみると根は優しくて少し抜けているところがあって、一緒にいてとっても楽しい子だった。たまに滲み出るプライドの高さも彼女の魅力の一つだと思う。
これは単に女性の好みの問題だろうか。
兄上は彼女の過剰な貴族らしさが鼻に付くと言っていたけど、僕はそこが可愛らしくて好きだった。気高さと純真さが混同しているところが良いのだ。
僕は「ヨーク公爵令嬢の婚約者である王太子の弟」という立場を利用して、シャーロット嬢のもとへ頻繁に会いに行った。彼女はいつも笑顔で僕を受け入れてくれて、まるで本当の弟のように可愛がってくれた。
正直言うと、弟扱いは不本意だったけど……僕は本当は一人の男として見て欲しかったんだ……彼女と懇意になれたのは嬉しかった。
「ハリー殿下にだったらなんでも話せるわ」と言われたときは天にも昇る心地だった。僕は彼女にとって「特別な存在」なのだと密かに歓喜した。
……そして、僕はいつしかシャーロット嬢を自分のものにしたいと思いはじめていたのだ。
彼女を手に入れるためなら…………なんだってやろう、と。
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