63 嘘ばっかり
「きゃっ!」
第一王子はわたくしを王族専用の応接室まで引きずるように連れて行って、ソファーに放り投げた。ドン、と衝撃が身体に伝わる。
「いっっ……! なっ、なにをするのですか!?」
わたくしが第一王子を睨み付けると彼は射抜くような視線をこちらに向けて、
「お前……昨日はアーサーの馬車で帰ったんだってな」
「あれはっ、わたくしが体調を崩してしまったので心配したアーサー様が送ってくださったのですわ!」
「バイロンはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
昨日の放課後は第一王子が急遽来客の予定が入ったので、わたくしはダイアナ様と帰宅しようとしたのだけれど……、
「ダイアナ様は先生から呼ばれて職員室へ向かったのですわ。それで、一人でいるときに――」
「アーサーに仕掛けられたか」と、第一王子は舌打ちをした。
「違います! アーサー様は具合が悪いわたくしを……」
はて、と首を傾げた。
体調不良のわたくしのもとへアーサー様が来てくれたんですっけ? それとも、アーサー様とお話をしているうちに気持ち悪くなったのかしら?
なんだか、ぼんやりして記憶が定かではないわね……。
……いえ、いずれにせよ、親切な彼のことを悪く言うのなんて許せない。
「ハリーはどうした? 俺がお前の側にいられないときはバイロンかハリーと一緒いろと言っただろうが」
聞きたくもない名前に、わたくしの心は急激にひんやりと凍てついた。
怒りと失望と……拒絶。彼への気持ちはそんな負の感情しか湧いてこなかった。
「シャーロット?」と、第一王子が不可解そうにわたくしの名を呼ぶ。
「あの方の……」と、わたくしは絞り出すように小さく声を上げる。
「なんだ?」
「あの方の名前を出さないでっ!!」
我慢できずに大声で叫んだ。第一王子は目を白黒させて、息を呑む。
「おい、どうした――」
「ふざけないでっ! 前回の人生でも今回も、兄弟揃ってわたくしのことを陥れようとしているのでしょう!? 二人して、わたくしのことを裏で嘲笑っていたのでしょう!? もう騙されませんからっ!」
「は? ハリーはお前のことを――」
「あんな方の名前なんて聞きたくもないわっ!」
部屋中にわたくしの怒鳴り声がこだまして、じんわりと反響したあとは水を打ったように静まり返った。
第一王子は困惑した表情でこちらを眺めてから、
「来ないでください!」
わたくしの眼前にやって来て、出し抜けに両腕を掴んだ。
「離して!」
彼は無言でわたくしの瞳をずいと覗き込んだ。
ぞわぞわと背中に悪寒が走る。嫌、気持ち悪い。
「お前……まさか……!」
「離してくださいっ!」
わたくしは全身の体重を掛けて体当たりをして彼から逃れた。
彼は顔を歪めながら大きな舌打ちをして、
「バイロンは登校しているか? 居たら直ぐに呼んで来い!」
外で待機している護衛に声を掛けた。
「ダイアナ様をどうする気ですか!?」と、わたくしはきっと彼を睨め付ける。
「お前を屋敷まで連れて帰って貰う」
「なぜですっ!?」
「…………」
彼は黙り込んだ。そのあとも、何度も理由を尋ねてもうんともすんとも言わなかった。
その間も、わたくしの怒りは収まるどころかどんどん上昇していく。
第一王子も第二王子も……もう王家の人間とは金輪際関わりたくない。どちらも身勝手で、人のことを馬鹿にして、大嫌いだわ。大嫌い。
「失礼いたしますわ」
しばらくして、ダイアナ様が部屋に入って来た。彼女の優雅なカーテシーで、重苦しい空気に少しだけ新鮮な空気が滲み入った気がした。
「来たか。登校早々悪いが、シャーロットを家まで連れて帰ってくれないか。追って王家から使いを出す。アルバートには妹を部屋で安静にさせておくように、と伝えておいてくれ」
ダイアナ様は一瞬目を見開いて、
「承知いたしましたわ、殿下。――シャーロット様、アル様と第二王子殿下があなたの具合が悪いようだと心配されていましたわ。さ、早く帰宅してゆっくり休みましょう。ね?」
わたくしは彼女の言葉に違和感を覚えた。
「……なぜ、そこに第二王子の名前が出てくるのですか? それに、なぜ昨日の出来事をもうダイアナ様がご存知なの?」
「えっ? そ、それは、アル様から伺って――」
「やっぱり、ダイアナ様もお兄様の味方なのですね! それに第二王子も! 三人で内通しているのですね!?」
「えぇ……?」と、彼女は眉尻を下げる。「意味が分かりませんわ。ただ、あたくしたちはシャーロット様のことを心配していると申しているのです」
「誤魔化さないでください! お兄様と第二王子と一緒になって、わたくしのことを嵌めようとしているんだわ!」
「シャーロット様、本当に様子が変ですわよ。お家でゆっくり静養いたしましょう?」
「嫌ですっ!!」わたくしは大音声で叫ぶ。「第一王子も第二王子もお兄様もダイアナ様も……皆さん全員信用できませんっ!」
ダイアナ様と第一王子は押し黙って顔を見合わせる。嫌な予感が脳裏を過ぎった。まさか、お二人も示し合わせて……?
疑惑の波が胸にどっと押し寄せて来て、溺れそうな感覚に陥る。
誰も彼も、信じられない。
わたくしは、どうしたら良いか分からない……。
「……教室へ向かいます」
わたくしは二人を無視して外へ飛び出した。
「シャーロット! 戻れ!」
「シャーロット様、お屋敷に帰りましょう?」
第一王子とダイアナ様が追い掛けて来るが、わたくしは彼らの声を黙殺してずんずんと前へ進んだ。
わたくしの頭の中にはある人物の顔だけが浮かんでいた。
……やっぱり、もう一度アーサー様に相談をしたほうがいい気がする。
彼はわたくしの唯一の味方なのだから、今回の件についても助言をいただこうと思う。
さっきはお兄様と仲直りしようって言われたけれど、第一王子と第二王子の陰謀が関わっている以上……もうお兄様も味方か分からない。
「シャーロット」
階段に差し掛かったところで、第一王子がついにわたくしの腕を掴んだ。
「……なんですか? また暴力で屈服させるつもり? 王族が公衆の面前で?」と、批判を込めてジロリと彼を見る。
「違う。本当にしばらく屋敷で静養したほうがいい。このままだと、お前……また不幸な未来が訪れるぞ」
「不幸な未来ですって!?」彼の言葉に激昂する。「それは、あなたが仕向けたのでしょう? 前回も、今回も!」
「今回は不幸な未来を俺が回避させてやると言っているんだ。だから、その前に自ら壊すような真似はやめろ」
頭にカッと血が上って、一瞬にして顔が熱くなった。
彼は、なにをふざけたことを言っているの? まるで、わたくしのために自身が譲歩してあげるみたいに……奪ったのは自分のくせに……許せない………………。
「もう、いい加減にしてっ!!」
わたくしは思いっ切り力を込めて第一王子の腕を振り解く。そのとき、勢い余って体勢を崩してしまった。そして――、
「きゃっ……」
「シャーロット!」
「シャーロット様!」
わたくしの身体はふらりと宙を舞った。
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