16 結局、領地へ

 わたくしは荷造りをしている。

 ……といっても、ほとんどがミリーが行っていて、わたくしは必要な物を指示しているだけなのだけれど。





 エドワード第一王子と二度目のお茶会が終わって両家の婚約が決まろうとしたときに、わたくしに急な縁談が入った。

 ドゥ・ルイス公爵家の嫡子アーサー様から婚約の申し込みがきたのだ。



 ドゥ・ルイス家は王弟派の中心の家門で、先々代の国王の側妃の息子の興した家だ。

 後継者争いの末に王位継承権を剥奪されて、更に一臣下に降格になった元・王子である。


 この国に珍しい「ドゥ・ルイス」という家名は側妃だった隣国の元・王女の家門で、彼らがいかに「王」という称号に拘泥していたかが伺われる。


 そんな家の長子でわたくしと同い年のアーサー様との縁談だった。

 然もありなんだと思ったわ。

 前回の人生ではわたくしと第一王子との婚約が早々に決まったので……王弟派の牽制の意味もあったからね……ドゥ・ルイス家は沈黙を貫いていたけど、今回はまだ婚約していない。だから動くなら今よね。


 アーサー様とは前回の人生であまり関わることがなかったのだけど、学園で同じクラスでよくわたくしの立ち振る舞いや教養を褒めてくれたりして悪い気はしなかったわ。

 彼は現王家よりも高貴な血が流れているから誇りを持っているのだと思う。あの頃のわたくしも同じような考えだったから親近感を持っていたのはたしかね。


 今回の人生ではまだ幼いのもあって、本格的な社交はしていないので彼と関わることもなく、先日の二度目の第一王子とのお茶会の帰りに王宮でぱったりと出くわしただけだった。

 そのときも挨拶程度の会話だけで、まさか求婚されるとは思わなかったわ。

 ま、貴族の婚姻はほぼ打算だからこういうものかもしれないわね。




 これでヨーク公爵家はエドワード第一王子、ヘンリー第二王子……これは非公式だけど、アーサー・ドゥ・ルイス公爵令息から縁談が来たことになる。

 わたくしの家の派閥からして、おそらくアーサー様との縁談はお断りすると思うけど、辞退のあとに時を置かずに第一王子との婚約はドゥ・ルイス家に対してある意味で宣戦布告に当たるので非常に不味い。

 だからといって、王家側の婚約の打診も断るとヨーク家の外聞に関わる。……まったく、貴族って面倒なものよね。


 身動きの取れなくなったヨーク家は、わたくしの病気療養という名目で王都で仕事のあるお父様以外は領地へ引っ越すことになったのだ。




「お引越しは仕方のないことだけど、しばらくダイアナ様に会えなくなるのは寂しいわね」


 わたくしたちはずっと交流を続けていて、互いの家を行き来したり街へ遊びに行ったりしている。

 たまに……いえ、結構な頻度で……アルバートお兄様が参加してくることがあるけど、ダイアナ様も嬉しそうだ。

 二人はいつも薔薇や薬草の話をしていて、今ではお兄様も薔薇を育て、そしてダイアナ様も薬草を育てているようだ。

 お兄様は今回の引っ越しで領地でも薔薇の栽培を始めて、いずれは公爵領の名産にするのだと張り切っていた。


「お嬢様、ダイアナ様は手紙を書くっておっしゃっていたじゃないですか。それに領地へ遊びにも来るのでしょう? それまでにあちらの邸宅を薔薇でいっぱいにするんだってお坊ちゃまが意気込んでおられましたよ!」


「そうよね! ダイアナ様が遊びにいらっしゃるものね! それにわたくしもいっぱい手紙を書くわ!」


「ええ」と、ミリーはニコリと笑った。「あ、手紙といえば、第一王子と第二王子とドゥ・ルイス公爵令息からも頂いていましたよ。あとでご覧になりますか?」


「えっ……! そ、そうね……」

 わたくしは顔を引きつらせた。

 ハリー殿下からの手紙は嬉しいけど、他の方からはただただ重荷だわ……。


「旦那様からは全員平等に返事を書くようにと仰せ付かっております」


「わ、分かったわ……」


 そうね、年に一度くらいの頻度で返信をするわ……。





 こうして、わたくしとお母様とお兄様は領地へと旅立った。


 お兄様ったら馬車いっぱいの薬草に加えて、馬車いっぱいの薔薇の苗も持って行くって聞かなくて大変だったわ。

 お兄様はわたくしより3歳年上なので学園に通うために1年後には王都に戻るのに大袈裟よね、とお母様が苦笑いしていたわ。

 でもそれほどまでにダイアナ様への愛が深いのよね。羨ましいわ。

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