第24話 エピローグ
冒険者ギルドの地下には訓練場が設けれれている。
新しい武器の試し切りや訓練を行う場として開放されている。諍いが起こった際に決着をつける場として用いられることも多い。
冒険者なら誰もが使える訓練場には限られた人物しか知らない秘密がある。
訓練場の更に下、そこに部屋がある。
アルスギルドマスターレイニーは読んでいた本を閉じた。
ベッドで寝ていた人物が目を覚ましたようだ。
セリムだ。
「随分お寝坊さんね。調子はどうかしら?」
レイニーに視線を向け天井に戻す。
ここはどこなのか。
何故生きているのか。
疑問が浮かんでくるが記憶が朧げで思い出せない。
(意識が何かに飲まれて… それからどうなった)
以前と同様覚醒後の記憶がない。
気づけば満身創痍で倒れていた。
ベッドから起き上がると激痛に呻く。
レイニーが慌ててセリムをベッドに寝かせる。
「無理しちゃダメよ。まだ傷が塞がってないんだから」
上半身裸のセリムは至る所に包帯が巻かれている。
所々黒く変色しており腐食しているように見える。先程動いた拍子に出た血が包帯に吸収されず肌を伝う。
セリムの手が包帯に触れるとホロホロと崩れた。
「悪魔の瘴気によるせいよ。教会の司祭様が回復させてくれる予定だからもう少しの辛抱ね」
「あく、ま?」
「掃討戦で戦ったって聞いたわよ。アーサーと協力して倒したって」
「…」
まったく事実と違う。
レイニーの言葉に眉を顰めたセリムは天井を眺め思考する。
(どういうことだ? 悪魔…)
記憶違いなんてレベルの話ではない。
アーサーが1人で倒したのならそれは悪魔ではなくセリムだ。
だが実際は2人で倒したことになっている。
一体何を倒したのか。
悪魔とは何か?
「アーサーがそう言ったのか?」
「そうよ?」
訝しげな視線を向けてくるレイニー。
当然認めるわけにはいかいないセリムは否定した。
釈然としない気持ちは残る。
あまりに記憶と違いすぎて何がなんだか分からない。
(可能性があるとすれば3つか)
1つ目。
アーサーがわざと虚偽の発言をした説。
これならば全ての辻褄が合う。
あの場に居たのはセリムとアーサーだけの2人。目撃者はいない。
そうだとすれば殺すような真似をした理由と矛盾する。
2つ目。
レイニーが嘘を吐いている説。
可能性は限りなく低いだろう。メリットが無くやる理由がない。
3つ目。
アーサーは本当に悪魔と戦ったと思っている説。
正確にはそう思わされてる説。
何者かの介入によって記憶の改竄を受けたか。
アーサーはAランク冒険者。
安々と術中に掛るとは思えない。
Aランクともなれば耐性値は最低で2400。そこに耐性強化のレベルの倍率が掛けられる。
耐性値はあらゆる耐性に効果がある。
麻痺。毒。睡眠。石化。精神干渉。
Aランク冒険者に干渉するならば最低でも同格以上。
(掃討戦参加者でアーサーより高ランクはいないはずだ。誰だ一体…)
不気味な感覚を覚えたセリム。ふと、アーサーと戦う前に会った青年を思い出す。
色欲の神敵者。ラグリア=フォルネス。
神敵者の討伐ランクはSS。
Aを余裕で越すラグリアならば可能性はある。
神敵者は人外のスキル。記憶をイジることも不可能ではないだろう。
問題は何故記憶をイジったか。
(あいつは俺に力をつけるように促してきた。それに勧誘をするとも。つまりあいつにとって俺があそこで死ぬのは都合が悪かったということか?)
皮肉にも嫌悪した相手に助けられた。
感謝すれば良いのか余計なことを…と蔑めば良いのか。
「今は生きていたことを喜ぶべきか…」
「何か言ったかしら?」
「いや… 今まで悪かったと思ってな。色々」
目を丸くするレイニー。
セリムも自分が何故こんなことを言っているのか分からない。つい口をついて出てしまった。
「大怪我を負ってナーバスになっているのかしら?」
子どもっぽい所もあるのね、と苦笑するレイニー。
セリムはなんだか恥ずかしくなって口悪く反論した。
「それより何でここにいるんだ? そもそもここはどこだ?」
「ここはギルド地下訓練場のさらに地下。悪魔との戦闘で瘴気を纏った攻撃を受けたあなたを隔離しているわけ」
「随分とストレートに言うな。隔離してるやつと一緒に居てあんたは平気なのかよ。」
「これでも現役のSランク冒険者だからね。それに誰かが見てないと目覚めた時に困るでしょ? それじゃあ私はそろそろ戻るわね。アーサーにもあなたが目覚めたって伝えに行かないと」
短く返事をしたセリムに見送られ部屋を出ていった。
「アーサー、か…」
不思議と今まで感じていた嫌悪感が薄い。
まったく無いとは言えないが明らかに減っていた。
理由を探そうとしてやめた。
多くの魂を喰らったこと。
ラグリアとのやり取り。
アーサーとの殺し合い。
覚醒の疲労。
あまりにも色々有りすぎた。
今この時だけは何もかも忘れてゆっくり眠りたかった。
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