(2)燃える街

 何処も、ごった返していた。

 混乱の渦が、徐々に広がっているのが目に見えて分かる。

 今日のうちに荷物を卸してほぼカラの状態であることだけが、張世平を安堵させた。おかげで荷は軽い。


 だが、機刃の速度は人間の走る速度なぞ比にならない。

 その速度、実に時速二二〇里(約八八km)にも達する。兵は神速をたっとぶとはよく言ったものだった。

 挙げ句の果てに機刃はよりにもよって地に足を付けたままでの空気滑走(ホバー)による高速での移動、旋回動作などの機械としての有意性のみならず、ありとあらゆる汎用性を持ち合わせるため、人間の行うすべての動作が可能ときた。その圧倒的優位性故に、古来よりあらゆる戦場に出てきた。

 挙げ句の果てには人間には扱えない大口径重火器の使用まで可能だ。当然のことながら軍での主役になる。


 それだけの兵器だ。頭の回らないバカな賊が使うとなると脅威になる。いつだって狂人が刃物を持つとろくな事にならないのと一緒だ。


 爆発音が、また大きくなった。蘇双が走る速度を速めたため、張世平もまた走る速度を、少し速めた。

 機刃が近づいてきていることを、直感した。


 その直後、前方から銃声。機関銃の音だった。

 悲鳴と共に、前方にいた人が倒れていく。

 一度足を止めて、呼吸を整えた。

 その間に、蘇双が首からぶら下げていた双眼鏡を見る。


「ちぃ! 門の近くにまで賊の機刃がいやがる!」

「まさか、ここの住人を皆殺しにしてから?!」

「略奪するだろうよ、ゆっくりとな! しかも駐留軍が全然来ねぇってことは、あいつらも逃げやがったかもしれねぇ!」

「あるいは徒党を組んでいるか、ですか」

「そういうこった! 張世平、右に行くぞ!」


 頷いてから、右の暗い通路へと駆けた。この道ならば、機刃が入ってくるのは難しい。妙案だと、張世平は蘇双に感心した。

 賊が火炎放射器を持っている関係上、屋内に逃げ込んでもそのまま焼き殺される可能性がある。

 だとすれば、出来るだけ早くに門に到達してこの街から脱出する以外に手は無い。


 汗が少し滴り落ちたが、気にしている余裕はなかった。

 息が荒くなっている。心臓の音が、少し大きく鳴っている。そのことだけが、気にかかった。


 少し、明かりが見えた。出口が近いと分かった。


「あそこの出口から大通り抜けりゃ、門も近いはずだ! そこから逃げるぞ!」


 蘇双がそう言って、出口にさしかかる直前に、蘇双が急に足を止めた。思わず、こちらも足を止める。

 どうしました? そう言おうとして、絶句した。


 既に大通りは、死体で溢れかえっていた。

 しかもその明かりが街灯などの明かりではなく、炎の明かりだと分かるのに、そう大して時間はかからなかった。


 だが、後ろから何かが迫ってきている機械音がする。

 機刃だ。ということは、この道を突っ切ってきたのだろう。


 蘇双がまた舌打ちした後、大通りへ出ると、そこには、何機もの機刃がいた。

 仕様はバラバラだし、どれも使い込まれているが、それでも、与える威圧感は並大抵のものではない。

 その巨大さが、何者も寄せ付けない何かを表しているように、張世平には見えた。

 指揮する者はいないのだろう。各々、石の建物を機刃で破壊しているか、生き残って動きそうな住人を踏みつぶしているか、或いは死体を槍で何度も突き刺しているかの、どれかだった。


 一機と、目が合った気がした。心臓が、大きく高鳴った。

 瞬間、その機刃と反対方向へ、蘇双と共に逃げていた。


 脚が痛む。だが、止まったら死ぬ。そのことだけを考えて、ひたすらに大通りを走った。

 後ろから、空気滑走してくる機刃の音が聞こえた。


「槍を持った奴と、機関銃を持っている奴が、こっちに向かってきます!」

「クソッタレ! ここまでかよ!」


 徐々に、機械音が大きくなっていく。

 後ろから、銃器の放たれる音がした。


 自分の横を銃弾が通り抜け、道路に穴が空いていく。

 その衝撃で、思わず転んだ。

 しまったと、心底思った。


 立ち上がろうとしたとき、影が覆った。

 機刃の影だった。槍を持った機刃が、すぐ後ろに迫っていた。


 後ずさりしようとして、気付いた。

 身体が、恐怖で固まっている。蘇双が、何か言っているが、その声が聞こえない。

 聞こえるのは自分の心音と、機刃の機械音。


 黒い巨体の頭部に見える単眼の映像機が、自分をじっと見つめている。


 ああ、死ぬのだな。


 それだけ感じたその直後、その機刃が、槍を下に向けた。

 思わず、目を閉じる。


 突然甲高い音が響いたのは、その直後だった。

 死んだのか。そう思ったが、心音が聞こえる。

 ということは、生きているのか。


 眼を、静かに開けた。

 唖然としていた。先ほどまで突き刺そうとしていたその機刃の胴体に、槍が後ろから突き刺さっていた。

 槍が引き抜かれると、轟音を立てて、目の前にいた亜音が横に倒れた。


 そこには、別の亜音がそこにいた。

 ただ、今までの賊とは違う印象を思った。

 色が黄色く塗られているというだけではない。その肩に、刻まれている言葉があったからだ。

太平道たいへいどう』、確かに、その文字が読めた瞬間、急にどっと疲れが押し寄せてきた。


 意識が遠のく。

 蘇双が、何か言っている気がしたが、聞こえなかった。

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