一月のぎこちなくもあたたかい夜に
それはまだ、彼等を『彼等』だと知る前、出会って間もない頃の話。
……眠れない。
まあそりゃそうだ、と花はむくりと起き上がる。冬の夜の寒さは、身に刺さる。ざっくりと編まれたカーディガンを羽織り、厚手の靴下を履いてから静かにそっと戸を開けた。
親戚とは言うものの会ったこともない成人男性ふたりとの同居で、眠れという方が難しい。悪い人達ではないのは、わかるのだが。理解と感情は必ずしも一致するとは限らない。彼らと軽く約束した母親を軽く恨みながら、起こさないように音に気をつけながら花はキッチンまで辿り着いた。
美味しいと評判の食パンを買ったのを思い出したのだ。一斤入った紙袋を取り出して、厚めにざっくりと切ると、冷蔵庫からトマトケチャップとベーコンを取り出した。ベーコンは一センチくらいにざくっと切っておく。食パンにはケチャップを軽く塗り、そこにベーコンを並べて。
「腹減ったんか」
「ッ⁉」
後ろからにゅっと現れた声に、悲鳴を上げなかった自分は偉い。振り返れば、目付きの悪いイケメンが眠そうに目をこすりながら立っていた。
「そそそそそそそ宗一さんッいつからそこにッ」
「んあ、さっき」
言葉少なに告げると、すっと横に立たれる。花の手元をじっと見てから、冷蔵庫をぱかりと開けて、ほい、と何かを目の前に置いた。
……とろけるチーズ。
「そいつにこいつ乗っけて焼き。あと俺の分も頼むわ」
返事も聞かず、小さな鍋に水を入れて火にかける。引き出しからコンソメの箱を取り出すと、一欠片を鍋の中へ放り込み更に野菜室からキャベツを取り出す。二、三枚程ちぎってからざっと水洗いをし、鍋の前に立ってから、手でちぎって入れ始めた。あれならまな板も包丁も使わずに済む。風味付けに醤油、塩で味を調整してから先日鍋で使った『もどさずポン!そのままはるさめ』を投入した。
チン、とオーブントースターの音が静寂に響く。
「ほれ」
ことり、と置かれたマグカップに入れられたスープからはふわりと良い匂いが湯気と共に白く空気に揺れる。花もトーストの皿を宗一の方へひとつ置くと、折りたたみの椅子を二つ持ってきた。祖父がいる頃、母が台所でだらだらする為に購入して置いておいたものだ。
「宗一さん、どうぞ」
「おう」
受け取って、一瞬何かを考えるように小さく首を傾げてから、おもむろにぽん、と花の頭に手のひらを乗せる。そして、軽く撫でてからぽそり、とそれは告げられた。
「おおきに」
……素直にお礼を言われると、妙に照れくさくなる。いいえ、とだけ告げてから、すとん、と席に座ると、いただきます! と元気よく、それでいて小さな声で手を合わせたのだった。カロリーのことは、考えないことにした。
さて、翌朝。
「ずーるーいー! なーんで起こしてくれなかったの⁉」
それはそれはご立腹ぷんぷんな龍一が、がくんがくんと宗一の肩を掴んで揺らしているのを遠目で眺めながら、花は朝ごはんを食べることとなった。
「そりゃあ、お前トースターの音しても俺ら喋ってても熟睡してたやろ」
「起こしてよ! ひとりにしないでよ! 寂しいじゃないか!」
いいなあ! 僕だって食べたかったー! 半泣きの声を聞きながら、おやつを食べ損ねて悲しそうな顔をしたゴールデンリトリバーが頭をよぎっていったが、辛うじてそれを言わずにカフェオレと一緒に呑み込んだのだった。
ショーメシ〜ごはんつぶ編 来福ふくら @hukura35
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