第3話「パッシブスキル」


「ギャァンッ!?!」

「これで五十匹目」


 五十匹目のレイジドッグ。俺は安全な木の枝から銃剣の矛先を向けると、何度か撃ち下ろして難なく撃破する。


────────────────────

獲得Exp:100

獲得Gold:200

~Level UP~

『Aoharu』

Lv:9→Lv:10

VIT:560→VIT:600

STR:29→STR:31

DEX:28→DEX:30

AGI:30→AGI:32

INT:29→INT:31

LUK:27→LUK:29

CLR:28→CLR:32

Skill Point +2

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 ソロで、効率の良い、最も安全な戦い方。この三つの条件を揃ったレベリングの方法は三匹目のレイジドッグを相手にした時、ふと思いついた。


「ほんと卑怯だな、この戦法は……」


 方法は至極単純。

 木の枝まで登って来れないレイジドッグを上から銃剣で撃ち下ろす。レイジドッグの徘徊パターンは決まっているため、特定の箇所で待ち構えていれば、向こうから歩いてくる。


「でもこれはデスゲームだ。馬鹿みたいに正面から戦う必要はない。……まぁゲームとしては全然楽しくないけどさ」


 レベリングの仕方はともかく、やっとのことでレベル10まで上げることが出来た。多分、一時間ぐらい掛かったんだと思う。


「そんで色々と訳の分からないことになってるわけだが……」


 この一時間、レイジドッグがリスポーンするまでEWのマニュアルに目を通した。そのおかげである程度の知識を得られたが……問題となる部分もいくつか生じていた。


「まずこの銃剣って武器はこの世界に存在しない。武器一覧に載っていないし、何なら銃すら存在しないって……じゃあ何で俺はこんな武器を──」


 そう言いかけて口を閉ざす。脳裏に過ぎるのはEWでユーザー名を登録した後の機械音声との会話内容。

 

Aoharuアオハル様、本パッケージには特典コードが付属しています。使用しますか?』 

「特典コード? 内容は?」

『特典内容は武器、パッシブスキル、育成アイテムとなります』

「じゃあ……使用します」


 特典コード。 

 俺はあの時、てっきりパッケージ版の初回特典のことだと思い込んでいた。


「……まさか」

 

 特典コードの武器が銃剣だとして、他にパッシブスキルと育成アイテムが存在するはず。内容物を確認するためにメニュー画面を開き、まずはアイテム一覧に目を通す。


「《回復薬》が十個に《黄金の石》が五個……」


 回復薬はそのままの意味。黄金の石は説明欄によれば換金アイテムとなるらしい。その辺で売却して初期資源を稼げということだろう。


「それに《技能成長+200%》と《獲得経験値+200%》だって……?」


 問題はこの二つ。

 説明欄には『獲得できるスキルポイントの増加』や『獲得経験値の増加』と記載されている。この言葉をそのまま鵜吞うのみするに、獲得できる経験値やスキルポイントが本来の三倍になる。

 

 レイジドッグの獲得経験値などは300に、獲得スキルポイントは+6になるということ。


「しまった、やらかした……」


 俺は思わず片手で額を抑える。

 獲得できるスキルポイントを無駄にした。最初のうちに使用しておけば、スキルポイントを更に稼げたはず。かなりのポイントをドブに捨てている。


 久方振りのゲームだとしてもあまりに確認不足、そして勘の鈍りすぎだ。


「……待て、このブースト効果は永続なのか?」


 三十分、一時間という制限が書かれていない。俺は試しに《技能成長+200%》と《獲得経験値+200%》を使用してみる。


『《技能成長+200%》《獲得経験値+200%》のパッシブスキルを習得しました』

「……正気か?」


 すぐさまスキル一覧を確認するとそこには先ほどのブーストアイテムがパッシブスキルとして追加されていた。ゲームとしてあり得ない光景に、思わず何度も瞬きをしてしまう。


「赤峰、何を考えている? こういうのはパッシブスキルじゃなくてせめて強化枠となる装備だろ。こんな優劣が生まれるスキルを実装したら、特典コードを持ってるやつが最強に決まって──」


 覚えたての二つのパッシブスキルよりも上にあるパッシブスキル。これは既に覚えていたスキル。その内容と名前に目を通すと俺は言葉を止めた。 


「──《銃剣マスタリー》」


 記載された説明文には『銃剣を極めし者が手にするパッシブスキル』と書かれている。俺はもはや呆れて声も出せず、メニュー画面をそっと閉じた。


「……俺だけにこの特典コードを送ったな。そうだろ、赤峰」 


 初めてのVRMMOで、初めて手にする銃剣で、自然と楽々戦えたのも全部はこのパッシブスキルのおかげ。


『俺がもしゲームを作るなら、課金とかで有利にならないゲームにするな。全ユーザーを平等にする感じのゲーム』

『いいなそれ。課金で特定のユーザーを優遇すると新規が離れていくだろうし』


 あの頃に掲げていた理想は偽りだったのか。赤峰に対してやや不信感を抱きながらも木の枝から飛び降り、港町に向かって歩き出す。


(赤峰、俺にはお前の意図が読めないよ)


 謎が深まるばかりだったがレベルはそれなりに上がった。この森の先にある《妖精の谷》を抜けて、プレイヤーがいるであろう次の町を目指そう。


「きゃぁあぁあぁーーッ!!?」

「……?」


 森の中に響き渡る悲鳴。俺はすぐに声のする方角へ駆け出す。


「グルルッ……!!」

「グルァッ!!」

「ひっ……だ、誰か助けてくださいーーッ!!」 

「何だこれは……」


 目に入った光景はレイジドッグ十匹に囲まれた緑髪の少女。体力ゲージは三分の一を切っている。そんな少女を一匹だけ妙に図体のデカいレイジドッグが睨みつけていた。


異端種ノーコモンCrazy Dogクレイジー ドッグ。レベルは15か」


 モンスターには二種類のパターンがある。一つはモンスターの基本となる通常種コモン。もう一つは洗練された動きと能力値が二倍の数値の──異端種ノーコモンだ。 


「すべてのスタミナを消費して近くの木に登るんだ!」 

「ふぇっ……き、木に登る?」

「いいから飛べ!」


 クレイジードッグはこちらに身体の向きを変えていたが、緑髪の少女は何とか近くの木の枝へ飛び乗るとすぐに視線を少女へ向ける。その光景を確認した後、俺はその場から通常種の二匹を撃ち抜いて始末をした。


「アォオォオォーーンッ!!」

(周囲へのバフか……)


 異端種の雄叫び。視界の隅々に映るのは通常種に付与されたバフの表示。強化されたのはAGI──つまり敏捷性。


「グルルッ!!」

「グガァアァッ!!」

「狙いが定まらない……!」

 

 例え通常種だとしても敏捷性が強化されれば、弾丸で撃ち抜くのは不可能。ここで俺は新たに一つ学んだ。このゲームにおいて──バフの存在は強大であり、必要不可欠な存在だと。


「スタミナを回復したらそこから別の木に飛び移れ!」

「えっ、ど、どうして?」

「説明している間にあんたが死ぬぞ!」

 

 有無言わずに少女を隣の木へと飛び移らせた瞬間、クレイジードッグが先ほどまで乗っていた木を突進で粉砕した。


異端種ノーコモンを安全な場所で狩らせるはずがない。俺だったら森のギミックを活かせないように、ああやって一つ一つ潰させる)


 こちらに飛びかかる通常種を寸前まで引き付け、銃剣で二度斬り上げる。一匹、二匹、三匹と始末をしながら少女と異端種の様子を窺った。


(異端種のヘイトは少女に向いているのなら、今のうちに通常種の殲滅を──待てよ)


 通常種をすべて始末しようとしたが攻撃を止め、残された一匹の飛びかかりを緊急回避する。そして未だに少女が登っている木へ突進しようとするクレイジードッグへ視線を移した。 


(……ここまで俺にヘイトが向かないなんてことあり得るか?)


 派手に暴れているにも関わらず、俺に対してヘイトは向かない。俺が少女へ呼びかけたとき、異端種のヘイトはこちらへ切り替わったが……木に登った瞬間、少女へ再びヘイトが向いた。


 それが意味するのは『クレイジードッグは木に登った者を狙うようにシステムされている』ということだ。


(もしクレイジードッグを倒すための正攻法が『一人のプレイヤーが木に登り異端種のヘイトを集め、他のプレイヤーが通常種を片付ける』だとしたら──)


 俺はとある憶測を立てると通常種を一匹だけ残したまま、異端種へと何度も斬りかかる。


「グルァアァアァアァーーッ!!」

「ッ……!」


 体力ゲージを削ればクレイジードッグは周囲に咆哮を放つ。俺はそのまま吹き飛ばされ、地面へと身体を引きずった。 


(咆哮によるダメージは無し。つまりあの咆哮は周囲に集まったプレイヤーを吹き飛ばすためだけに作られた技で……)


 吹き飛ばされ、通常種を掻い潜り、スタミナゲージを管理し、クレイジードッグへ連撃を食らわせる。その一連の流れを何度も繰り返し、体力を削っていく。


「グルゥァアッ……」

「後少し……!」


 三分の一を切った。クレイジードッグの体力はもうミリだ。次に連撃を叩き込めば必ず仕留められ──


「ア"ォオォオォオォーーンッ!!」

「チッ……!! 体力減少も"トリガー"になるのか!」


 ──なかった。雄叫びと共に禍々しいオーラを纏うクレイジードッグ。ヘイトも俺の方へ向いている。


(やっぱり"覚醒状態"になる前に倒すのは不可能か……!)


 先ほど立てていた憶測は『通常種を全滅させれば異端種が覚醒する』というもの。邪魔な通常種を先に始末し、最後に複数人で異端種一匹を倒すことが正攻法。数人を相手にする前提となれば、異端種が覚醒状態へ移行しても不思議ではない。


(というより、赤峰だったらそう作るだろうな……!)


 俺は体力をミリ残ししていた通常種を斬り捨て、真っ直ぐに向かってくる突進の攻撃を横に飛んで回避した。


「グルァッ!!」

(受け止めッ──)


 続けて迫りくるのは左前脚による薙ぎ払い。俺は回避動作が間に合わないと銃剣で防御態勢を取ったが、


(──られないッ!!)


 受け止めきれず、そのまま吹き飛ばされ大木に背中を強打した。直撃ではないというのに、体力ゲージを三分の一以上持っていかれる。


「グルルルッ! グルァアァアァッ!!」

(今のでスタミナゲージを全消費。あいつは十秒も待たせてくれないだろうな。この状況、どうするべきか)


 スタミナゲージも底を尽きた。このままだと次の一撃でゲームオーバーもあり得る。打開策がないかと思考を張り巡らせた時、木の枝にいる少女が目に入った。


「おい! 落下攻撃でそいつにトドメをさせ……ッ!」

「わ、私ですか?」

「あんたしかいないだろッ! そいつの体力はミリだ、次の一撃で必ず仕留められるッ!」

「で、でも私には……!」


 躊躇している間にクレイジードッグはこちらに駆け出す。


「自分を信じることができないなら俺を信じろッ! お前ならそいつを仕留められるッ! 弱気になるな、強気で行けッ!!」

「──ッ!」


 短剣を震える手で握り直し、走っているクレイジードッグに降下攻撃を仕掛け、

 

「とりゃぁあぁあぁあーーッ!!」

「グルゥアァアァアーーッ!?!」

 

 背中へ短剣を深々と突き刺した。クレイジードッグの体力ゲージは底を尽き、その場にぐったりと倒れ込み、


「──チェックメイト」


 俺がそう呟けば、異端種は赤色の塵となって飛び散った。




────────────────────

~用語説明~

通常種コモン

 基本となるモンスターの種類。レイジドッグなどが当てはまる。


異端種ノーコモン

 通常種より洗練された動きと能力値が二倍の数値を持つモンスターの種類。経験値や獲得ゴールドなどは美味しいが、基本的にパーティーを組んで戦わなければならないほど強力。稀にレア武器を落とす。


Buffバフ

 特定の対象のステータスを一時的に強化すること。後衛で前衛のプレイヤーにバフを掛け続ける役割のことをBufferバッファーと呼ぶ。


Triggerトリガー

 ある特定の動作を行うことでその事態が起こる。トリガーはその特定の動作のことを指す。例えば『クレイジードッグの体力を削った』もしくは『周囲の通常種をすべて始末した』ことがトリガーに当てはまり、事態が『クレイジードッグが覚醒する』に当てはまる。


《回復薬》

 緑色の薬が詰められた小さな瓶。使用することで体力ゲージを三分の一回復する。道具屋では一つ『100G』で売られている。味はシロップのようにとてつもなく甘いらしい。


《黄金の石》

 純正の金塊。道具屋などで一つ『1000G』で売却できる。


Passiveパッシブ Skillスキル

 ユーザーの意志で発動するのではなく、一度習得することで常時その効果が現れるスキルの名称。ユーザーの意志で発動するスキルは《Activeアクティブ Skillスキル》と呼ばれる。


《技能成長+200%》

 獲得できるスキルポイントが増加するパッシブスキル。+2のスキルポイントは+6となる。


《獲得経験値+200%》

 獲得経験値を増加するパッシブスキル。200の経験値は600の経験値となる。


《銃剣マスタリー》

 銃剣を極めし者が手にするパッシブスキル。習得しているだけで銃剣の扱い方がシステムのアシストにより、自然と身に着いた状態となる。

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