ネコマタカレシ

来福ふくら

一・ネコマタカレシ、まずは友達からはじまりました

 アタシのいる学校はちょっと変わっていて、屋上に庭園がある。地球温暖化を考える一環で、数年前学校の校舎を改装する際に緑化計画を立ち上げたとのことで、現在は三年生の授業に庭園管理が組み込まれていたり、園芸部での活動場所として解放することにより庭園は維持されている。昼休み、放課後の一定時間、一般開放は土曜の日中。今や校内のみならず、地域の憩いの場所として存在しているのだ。

 昼休み、アタシはここでお弁当を食べることにしていた。別に友達がいないわけではないけれども、人のざわめきが苦手なアタシにとっては、ここはとても有難い場所だ。嫌いなわけじゃないけれども、話題が大体彼氏がどうこうとか、セックスがどうこうとか、まあ要するに決まりきっていて聞いてるのも正直、しんどい。恋愛とか、正直しなきゃならんのだろうか、と思いながらアタシは彼女達の会話を宇宙人の交信のような感覚で聞いているのだから、まあ正直高校生としては異端な部類なのだろう。

 ともあれ、アタシにとって、この庭園はアタシでいられる貴重な場所だ。本当にここを作ると言った人は偉い。アタシが褒め称える。

 さて。

 この庭園は、基本は園芸部が新しく花々を植えたり、専門のヒトタチが来て整えてくれたりするのだけど、当然自然の一部として機能することを前提としているので、鳥や動物、虫がやってきたり、種が飛んできて根を下ろしたりすることもよくある話だ。勿論庭に害が及ぶものに関しては駆除したりもするらしいけれども、まあ自然重視で基本は見守りとするようだ。

 まあ、だけど。流石に。


『にゃあ』


 ……猫が来るとは思わないよなあ、とアタシは購買で買ったポテサラパンを齧りながらぼんやり考えていた。トラ猫の可愛い顔した子で、足元に擦り寄ってくる。

「どこから来たの、キミ」

 猫がこの庭園に入り込むことはほぼほぼ不可能に近い。敢えてあり得るのは土曜の一般開放時に誰かが何らかの形で連れ込んだパターンだ。でも、荷物点検が行われるので、なかなかそれも難しい。っていうか。

 ……尻尾がフタマタだな?

「猫又にも住み心地がいいんだろうなあ、ここ」

 いやそういう問題じゃない気はするんだけど。でも猫という生き物は恐ろしいもので、大体が可愛いからまあいいか、で済まされてしまう。飼い主は下僕、とはよく言ったもので大抵が許されるんだから猫すごいよね、っていう話はよく聞く。まあ大体可愛いものに大して人は無力なんだ。だって可愛い、は最強の防備であり攻撃なのだ。

 ただ、この場合それで済ませて良いのかという問題があるのだけど。

『……櫻井撫子さんですね』

「うわ喋るんだ」

『驚かせて申し訳ありません。害をなすつもりはございませんのでご容赦頂きたい』

「猫がここにいる時点でかなり驚いてるから、うん今更かなァ」

 しかも猫又だし喋るし可愛いし驚きどころが多すぎて、思考が追いつかない。しかも口調がとても丁寧だ。しゅ、っと猫又はスマートにアタシの隣へやってくると、ぺったりと座った。尻尾はぱたん、と柔らかに二本、揺れる。

『お会い出来て良かった』

 ぱちぱち、と黄金色の目を瞬かせながら嬉しそうに喉を鳴らす。紳士なんだけど、その、猫だ。アタシは取り敢えずパンが喉に詰まりそうだったので、イチゴ牛乳をストローでじゅっと吸い上げた。

「アタシに用事なんです?」

 人間、驚くことが多すぎると却って冷静になるらしい。どうもアタシに用があるらしいということならば用件を聞くのが筋だろうし。

 猫又はぱたん、と大きく尻尾を振った。気合を入れるかの、如く。

『ええ、その』

 こてんと、小首を傾げて。


『私と結婚を前提にお付き合い頂きたいのです』


 ……人間、驚くことが多すぎると、一周回って冷静になるらしい。

 というか、猫又に告白されるって経験をした人にどうすればいいか聞きたいけれども、多分そういう人は滅多にいないだろう。多くてもどうかとは、思うけど。

 だからアタシは、ぺこん、とイチゴ牛乳のパックを鳴らすと猫又氏に答えることにした。

「まず、友達から始めませんかね。アタシ、貴方のこと何も知らないし。名前とか」

『あああ、失敬いたしました! 私としたことが!』

 

 いやはや、人生本当にわけが、わからないな。

 わかるのは、購買のポテサラパンが美味しいことくらいだわ、なんて。

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