第43話 深夜の通話

 夜の2時。

 目覚ましのベルが鳴る。


 時間だ。

 電話だ電話。


 そう思い、俺はスマホを手に取り、待った。


 すると


 ブーン、とスマホが振動した。


 俺は通話をオンにした。


「もしもし?」


『雄介。また電話に出てくれた。嬉しい』


 ……死んだ恋人の恵子の声が聞こえてくる。


 深夜の2時から4時。

 丑三つ時が俺たちの電話タイムだった。




 彼女は2年前の夏の日、当時警察官だった俺のとばっちりで死んだんだ。


 晴天の日が続く夏だった。

 あの日俺は、署をあげてのオレオレ詐欺グループの検挙で、非番の存在しない生活を送っていたんだ。

 あいつらは酷い奴らだった。


 巧みに被害者の親族に成りすます手法を考えだし、高齢者を騙し、その家族の絆を破壊する。

 被害者の中には、家族に申し訳ないと罪悪感で心を病み、自殺した人も出たんだ。


 彼らが厄介だったのは、メンバーに声帯模写の達人が居て、ターゲットの親族の誰かの声とその仕草を、完コピして犯行に及ぶところで。

 よくある、泣き喚くとか、切羽詰まった深刻な状況を演出するとか。


 そういう正常な判断を奪う演出無しで、なんてことない自然な会話で大金を振り込むようにそそのかしてくるんだ。


 声で不審がらせないためには。

 そこをクリアするために、詐欺師たちは知恵を絞るわけだけど。

 そこを素通りできる状況。


 ……それがどれだけマズいか分かるよな。


 だから俺たちは全力を傾けた。

 オレオレ詐欺は家族の絆を破壊して金に換える犯罪だ。

 絶対に許してはいけない。


 この詐欺師との死闘は、負けるわけにはいかないんだ。


 そんな死闘の中、唯一の救いは恋人の恵子との通話だった。

 この辛い状況を乗り越えるために。


 俺は……君の声が聞きたい。この状況を乗り越えるために。

 その想いで、俺は電話を掛けたんだ。


 夜遅くなるときもあったけど、彼女は俺に付き合ってくれた。


 そして


 とうとう、あの邪悪なオレオレ詐欺集団を一網打尽にする日がやってきたのだけど。

 問題の声帯模写の達人は……なんと未成年の少年だった。


 自分の物真似の技能の優秀さを示すために、彼は犯罪に手を出した。

 絶対の自信で「捕まるわけがない」と思いながら。


 だけど……俺たちの執念で、ヤツは追い詰められたんだ。


 そして……


 逮捕されそうになったとき、ヤツは逃げ出した。

 覚悟が無かったのだ。


 そして……逃走中に、踏切に飛び込み。


 彼は電車に撥ねられて、即死した。




 そのせいで、警察が叩かれた。

 人殺しと罵って来る人間もいた。

 無論、そんなのは一部の人間がやったことなんだろうけど。


 だけど……


『少年Aを事故死に追い込んだのは新宿署の温羅うら雄介刑事』


 これがどこかからか洩れてしまい。

 俺が集中的に叩かれる状況が出来てしまったんだ。


 そんなとき、彼女は……恵子は言ってしまったんだ。

 俺を庇おうとして。


「彼は全く悪くない! 死んだ子は自業自得だ!」


 ……この一言で、俺と一緒に彼女まで叩かれるようになってしまった。

 そして彼女は俺と違い、それに耐えられなかった。


 精神を病んでしまい。

 自殺してしまったんだ。




 その後、俺は抜け殻になった。


 頑張って働く意味が無くなってしまったために。


 俺は荒れた。

 彼女の自殺のせいで、俺へのバッシングが無くなったのだけど。

 そんなことどうでも良かった。


 全てがどうでも良くなり、俺は警察を退職。

 無職になって、ひとり彼女のお墓の前で呆けていたら。


「……心中察するに余りあるよ」


 ……角刈り全身黒タイツ。

 背中に亀の甲羅みたいな防具を背負った、スニーカーを履いた若い男が話し掛けて来たんだ。




「気の毒過ぎるね」


 彼は俺のことを全部知ってるらしかった。

 何故か「何でだ?」と思わなかったんだ。そのとき。


 だから……彼は人間じゃなかったのかもしれない。

 ひょっとしたら。


「……気持ちに踏ん切りをつけないと、キミは一歩も進めないね」


 そう言い、彼は1枚の紙を差し出した。


「これは……?」


「霊界への電話番号。深夜2時から4時の間に、ここに掛けるといい。きっとキミが1番話したい人と通話できるよ」


 なんだって……?


 俺は震えた。

 何故か信じられたんだ。


 そのときの俺の気持ちは……


 嬉しい。


 その一言だった。


 疑わしいって気持ちが何故か全く無かったんだな。

 

「そこに掛けて、思う存分話をするんだ。……ただし、1回だけにしなさい」


 そう言い残し。


 彼は立ち去った……




 その日の深夜。

 俺は実行した。


 メモの電話番号をスマホに入力し、通話ボタンを押す。

 すると数コール後に


『……雄介?』


「恵子!」


 彼女の声を聞いたとき。

 俺は涙を流していた。


 そこから2時間、会話をした。


 恵子は精神を病んで命を絶ったことを俺に涙ながらに侘びて来た。

 俺は「君のせいじゃない」と言って庇った。

 そして2人でやりたかったこと、見たかった夢を語り。

 俺たち2人は涙声になった。


 そしてあっという間に2時間が過ぎた。

 去り際彼女は「じゃあ、次はあなたに寿命が来たときね」と明るい声で俺に言ったのだ。





 その次の日の深夜。

 俺は迷っていた。


 あの角刈り男性は「1回だけ」と言っていた。


 でも……


 俺は彼女ともう1回話がしたかった。

 いや、毎晩したかったんだ。


 1度「今生の別れだ」と思った後に話が出来たから、余計にそんな気分になったんだ。


 だけど……


 話ができるのは1回だけ。

 釘を刺されている。


 だったらそれは守らないといけないのでは?


 それが俺を躊躇させた。


 そんなときだ。


 俺のスマホがブーンという着信音を立てた。


 番号は……


 見覚えの無い番号。

 霊界の番号か?


 そう思ったが、俺はあのメモを紛失していて。

 確かめようが無かった。


 しかも都合が悪いことに

 ……これは後で分かったことだったけど

 通話履歴にも番号が無いんだ。


 だけど……


 俺はそれを通話状態にした。




『雄介!』


 ……恵子の声だった。


「恵子!」


 俺は感涙しながら話す。

 また会話できた……!


「何の用なんだ?」


 彼女は言った。

 こんなことを。

 

『あなたにこっちに来て欲しいの!』


 ……正直、全く怖くなかった。

 彼女のいないこの世に全く未練は無かったし。


 だから……


 いいよ。連れて行ってくれ。


 そう言おうとした。


 ……けれど


『いつもみたいにあなたに抱かれたくてたまらないの! お願い! 来て!』


 続いた言葉で一瞬で冷静になった。


 ……俺に抱かれたいだって?

 

 彼女はそんなことは言わない女性だったんだ。


 ……いや、語弊があるな。


 彼女は俺との会話の開口一番に、セックスの話題をあげるような女性では無かったんだ。

 彼女のとの身体の関係は勿論あったけど、会う度毎回じゃないし。


 だから……こう言ってしまった。


「お前誰だ?」


 この一言で。

 相手の声が変わった。


『何でバレたんだ……? 畜生』


 ……少年の声に。

 どこかで聞いたような気がする声だった。


 俺はその言葉に


「彼女は開口一番にセックスを話題にあげるような、下品な女じゃ無いんだよ!」


 そう、叩きつけるように言い放つ。

 すると向こうの少年の声は笑い出し


『……ハァ? お前知らないの? お前の彼女、ピルを常用するヤリマンじゃねえか! 浮気されてたんじゃねぇの!?』


 嘲るような声でそう言ったんだ。


 それに俺は激高した。

 許せない一言だったから。


「ふざけるな低能が! ピルは避妊目的以外に、生理の苦痛を軽くする目的で飲む場合もあるんだ! 彼女はそれだったんだ! マヌケなクソガキ!」


 ……どういうわけか知らないが、電話の向こう側の人物は。

 彼女がピルを常用する女性だった情報をどこかからか拾ってて。


 そこから彼女をヤリマンだという思い込みを持ったらしい。

 そのせいで、俺は命拾いをしたのだけど。


 電話の向こうの人物は、自分の無知を知って悔しそうに


『……クソがッ!』


 そう言い捨て。

 その通話を切った。




 その日以来。

 毎晩深夜2時に電話が掛かってくるようになった。


 おそらく、相手は恵子ではない。


 だけど……


 ひょっとしたら、恵子かもしれないんだ。


 それに……


 もし相手が確実に彼女で


 その上で、一緒に来て欲しいと言ってきたら。

 そのときは俺はこの世を卒業しようと思う。


 だから俺は今日も深夜に彼女と会話する。


 おそらく相手は彼女では無いのだけど。

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