第39話 理想の結婚相談所

「サービスには利己が無い。でもな……自己犠牲では無いんだ」


 相手へのサービス精神を忘れるなと言われたとき。

 そんなことを言われたよ。


 はじめてデートに臨むとき、父親にね。


 でもさ……

 それは相手にその価値があっての話だよね。

 自己犠牲では無いんだから。


 はじめて会ってみて「あ、こいつには金を払う価値が無いな」と判断し、その場で席を立って帰る。

 これの何が悪いんだ?


 俺に「それぐらいで」だの「優しさは無いのか」なんて文句を言う前に、自分の無価値さを反省しろ。

 俺の貴重な時間をお前に割く時間は無いの。分かったか?




「高山さん、申し訳ありませんが退会してください」


 ……そしたら。

 突然、結婚相談所の人に言われたんだ。


 俺の強制退会を。


「ちょっと待てや。俺は何も悪いことをしてないぞ? カス女ばかり紹介するお前らが悪いんだろうが!」


「私たちはあなたに釣り合う常識的な女性しか紹介していません」


 俺の言葉に、結婚相談所の人は淡々とそう答える。

 そしてつらつらと並べたよ。


 俺の問題点を


「言ってる内容を把握しようとせず、些細な言葉の間違いをあげつらって否定する」


「全体的に上から目線。面接官のような態度」


「否定の仕方が全否定。相手のプライドをズタズタにする態度。ありえません」


 そいつの並べ立てる言葉に俺はわなわなと震え、思わずテーブルを強く叩き


「そんなのあいつらクソ女のやってきたことだろうが! 俺は年収5000万円の男だぞ!」


 そう叫ぶと、そいつは


「そうかもしれませんが、あなたが会ってきた女性たちはそういう女性では無いんです。きちんと社会的常識を身に付けた、普通の女性です」


「普通の女じゃ俺に釣り合わないんだ!」


 俺の怒声にも、そいつは怯まない。


「普通の女性の何が悪いんですか。普通と言うことは目立った欠点が無いってことです。それなのに人格全否定なんて酷過ぎます」


 そんなあなたに紹介できる女性はありません。

 この結婚相談所のお客様はあなただけでは無いんですよ。

 女性会員も守らなければいけません。お引き取りを。


 ……警備員が集まって来た。

 これ以上食い下がると俺は警備員に引き摺り出される。

 ひょっとしたら警察沙汰になるかもしれない。


 その予感があったので、俺はそこで引き下がり


「分かったよ! クソが!」


 そう吐き捨てて、俺はその結婚相談所を辞めた。




 結婚相談所はあそこだけじゃない。

 あんな女尊男卑の差別相談所、こっちから願い下げだ。


 そう思ったのに。

 俺は他の相談所にも入会拒否された。


 ……どうもあの相談所が俺の悪評を他の相談所に吹き込んだらしい。

 酷過ぎる……。


 仲間を頼ろうにも、仲間の紹介してくれる相手だと、ハズレだった場合にもまず断れないというデメリットがあるからな。

 だからその辺を気にしなくていい結婚相談所を選んだのに……


 まさかここまで差別的だとは思わなかった。

 もっと男女平等の精神を身に付けていると思ったのに……それは仮面なんだな。

 騙されたよ。


 ほとんど言論弾圧に近いものをされた気がするわ。


 そんなことを思いながら高級バーで一人飲んでいたら。


「……何か理不尽な目に遭ったんだね」


 俺の隣に、角刈り全身タイツの変な格好の若い男が座って来たんだ。


 俺は何故か、その男に親近感のようなものを感じて。


 自分の身の上を話してしまった。


 俺は昔から優秀で。

 その高い創造性で、新しい商売を学生時代に考案。

 ベンチャー企業だけど、それなりに高給取りになり。

 無論ここで終わらず、俺はもっともっと上を目指せる男なんだ、と。


「なるほど」


 角刈り男は俺の話を真面目に聞いてくれて


「確かにキミはすごいね。素晴らしい人間だ」


「だろう?」


 ……ここしばらく否定ばかりされてきたから。

 俺のことを肯定してくれるその言葉は心底嬉しかった。


「ここに行ってみるといい。キミの理想が手に入るはずだ」


 するとだ。

 角刈り男は一枚の紙を手渡して来た。


 住所が書かれている1枚の紙を。




「ここか……?」


 俺は路地裏の奥の奥に入り込み。

 変な建物の前に立っていた。

 微妙に小汚い感じの建物。


 そこにはこう書かれていた。


『最強結婚相談所』




「いらっしゃいませ」


 中に入ると、受付でスーツを着込んだ女性職員に出迎えられた。


「えっと、入会したいんだけど」


 言いながら、良い? と聞き。

 女性職員の前の席に腰掛けて向き合う。


「分かりました。それでは手続きを」


 笑顔で許可。

 ……拒否されないだろうな……?


 そう思うが、まあとりあえず……


 自分の氏名住所生年月日を書き込んで。

 お? と思った。


 ……学歴年収職業を書くところが無いんだ。

 え? どゆこと?


「年収その他は書かなくていいのか?」


「不要です」


 ニコニコと、職員。


 ……マジか。

 ここで少し俺はこの相談所を疑ったが、席を立つ理由にはならないから。

 そこで完成された入会申込書を提出する。


 するとこんなことを言われた。


「では、こちらがあなたの結婚相手になります」


 ……は?




「あなた、お仕事頑張ってくださいね」


 そう言って、今日も美しい女性が俺を仕事に送り出してくれる。

 俺の理想の、美しい女性が。


 俺は理想を手に入れた。

 あの結婚相談所であの日紹介された女と、俺はその日のうちに入籍したんだ。

 あまりにも彼女が俺の理想だったから。


 推定年齢20才の美人。

 優しそうで知性に溢れた気高い顔立ちで。

 実際相当賢い。

 ちょっと話しただけですぐ分かった。


 胸は普通よりちょっと大きいくらいで、俺の一番好きな大きさだった。

 腰も締まっていてスタイルは満点。

 そして服装センス、化粧の技術も一流だった。


 そんな女が俺に「これからよろしくお願いします」と言って来た。

 自分の欄を埋めた婚姻届を持参した状態で。

 いきなりだ。


 信じられなかった。

 信じられなかったけど……


 この女を絶対に妻にしたい。

 あまりにも理想だったから。


 だから俺はその場で結婚届に記入をし。


 俺たちは結婚した。

 そして今がある。


 俺は幸せだ。

 最高の女を妻にして、大金持ち。


 俺の人生は順風満帆。


 妻は俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれて。

 その全てに文句が無かった。

 しかも夜の生活もだ!


 俺のスペックに相応しい女だ!




 そして数年経ったある日。


 俺の商売に陰りが出て来た。

 ……俺のアイディアは不敗のモノでは無かったのか?


 いや、そんなはずは!

 だって、この俺だから思いついた商売なんだぞ?


 それを突き付けられても、俺は態度を崩さなかった。

 仲間は「他のアイディアを出して行けよ」とアドバイスをくれたのに。


 斜陽産業となりつつある俺の最初の商売に固執して。

 結果、俺は最終的に会社を潰した。


「……会社を潰すような奴は人間のクズだ。幻滅した。お前との仲はこれまでだ」


 経営者仲間だった奴らが、次々離れていく。

 彼らは「会社を潰すことは経営者最大の罪」と考えていたから。


 ……納得は出来る。

 会社を潰すと他の会社にその余波が出る。

 信じて金を出してくれた人間も裏切ることになるし。

 従業員も路頭に迷わせるんだ。


 俺はその罪を償うため、財産を投げ打った。


 そして俺は無一文になった。


 ……もう、俺には妻しか残っていない。


 そう思いながら、近い将来売り払うことになる自宅に帰り


「悪い。会社を潰してしまった。これから苦労を掛けると……」


 そう、妻に報告しようとしたんだ。


 そこで俺は目を疑った。


「慰謝料を寄越せえええ!」


 ……そこには酒瓶片手の、名状しがたい姿をしたものがいたんだ。

 見た目60代、推定BMI値100オーバー……

 そして知性も人格もどう見ても最悪……。


 一体、どうして……?

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