第33話 謝罪の王

 マンションの玄関先で。


「オマエな、いい加減にしろよ!?」


 伸びきったラーメンを指差して、男性客は俺を叱責している。


「俺は普通のラーメンを食いたいんだ! こんなもん頼んでないんだよ!」


 俺はデリバリーで注文された食べ物を配達するのが仕事なんだけど。

 今はこんな感じだ。


「この、大人になり切っていない非常識な奴が!」


 黙って叱責を受けながら、俺は内心こう叫んだ。


 俺だって頑張ったんだ!




 俺は努力しても評価されない。

 いつも頑張ってるのに、ちょっと結果に繋がらないだけで全否定される。


 何故、過程を評価しないんだ!


 俺は金が欲しいから、デリバリーの依頼を片っ端から請けて、それを一気に処理していた。

 たくさんあったんだ。


 そのなかのいくつかがこういう状態になるのはしょうがないだろう!


 俺はそれでも必死で謝ったんだ。

 でも、それも評価されず。


 客が店にクレームを入れて、結果俺の報酬が入らなくなった。


 ヒデえ!




 謝ったら許すべきだ。

 それは大事なことだと思う。


 あの邪悪の王だって「本当に大切なのは、どっちが先に謝れるかだ」って言ったじゃ無いか!


 謝ってるのに許さなかったら、憎しみの連鎖が切れないんだよ!


 そう思い、ブツブツ言いながら俺が街を歩いていると。


「やあ、人生が上手く行っていない感じだね」


 ……角刈りの若い男が俺に話し掛けて来たんだ。




 その男性は全身タイツで、スニーカーを履いていて。

 背中に亀の甲羅を思わせる防具を身に着けていた。


 彼は俺に一杯奢りながらウンウン話を聞いてくれていて。


「辛かったね」


 共感してくれた。

 ……嬉しくて、俺は泣いてしまった。


 むせび泣く俺に、彼は


「僕の必殺技を教えてあげるよ」


 そう言って、教えてくれたんだ。

 謝罪の必殺技を


 次からはこうやって謝りなさい。


「ゴメンナサイ」


 ニン。


 口角を上げる特徴的な笑顔を交えて謝る。

 これが謝罪の必殺技。


 誰でも許してくれるようになるよ。


 そう、その特徴的な笑顔のまま言ったんだ。




 あの男性は良い人だったけど。

 正直、半信半疑だった。


 その後、次は本屋のバイトをしたんだけど。


 返本処理でトチって、出版社に返すはずの本をカッターナイフでズタズタにしてしまったんだ。

 しょうがなかったんだよ。

 返本する本の中に、返本しない本を入れて段ボール処理をしてしまって、再度の箱開けにはカッターを使うしか無かったんだから!


「こんなことをしたら、この本買い取りになるだろう!」


 店長は烈火の如く怒った。

 怒ったけど


 俺はここで試したんだ。


「ゴメンナサイ」


 ニン。


 すると……


「まあ、謝ってるんだからしょうがないか。次から気をつけてくれ」


 ……許されたんだ。




 それからの俺は変わった。


 どんなに失敗をしても、謝ったら許されるようになったんだ。

 これでもう、失敗を恐れなくて済む。


 嬉しかったよ。


 食事のデリバリーの仕事は、やらかしたのがこの必殺技を手に入れる前であるせいか、謝っても二度と仕事を回してくれなかったけど。

 まあ、仕事はあれだけじゃないし。


 気にしない、気にしない。


 俺の未来はバラ色だ!


 最高に気分が良かったから、俺は中学のときからの唯一の友人であり、親友の男の家に遊びに行った。

 親友は笑顔で俺を迎えてくれた。


 そこで俺たちは気分良く飲んでいた。


 そしてしばらくして親友が


「ちょっとピーナッツを買って来る」


 席を外したんだよ。

 親友の家で、ひとり取り残される俺。


 ひとりで飲んでいてもつまんないし、どうしようかと思っていたら


「お兄ちゃん、いるー?」


 ……若い女の子の声がした。

 おや……?


 すると誰かが玄関からやってきた。


 それは……


 親友の10才下の妹だった。


 昔はただの子供だったのに。

 今は女子高生になって、とても可愛く、立派な大人の身体になっていた。


 その胸のふくらみや、太ももの瑞々しさを目にして


 ムラムラした俺は、その場で親友の妹を襲った。


 悲鳴をあげられたが、構わなかった。




「てめええええ!!」


 全部済んだ後に親友が帰って来て。

 俺が親友の妹に手を出したことに気づき、激昂。


 そこまで怒ることかと正直思ったけど、放置するとマズイと思った俺は


「ゴメンナサイ」


 ニン。


 必殺技を繰り出した。


 すると


「……まあ、謝ってるんだからしょうがないか」


 許してくれたんだ。

 やったぜ!


 それは妹ちゃんも同様で。


 俺はポリスに突き出されることなくやり過ごすことが出来たんだ。




 俺は無敵だ。

 すべてゴメンで済んでしまう!


 まさに人生バラ色だ!


 そう、思っていたのに。



 そうじゃない、と気づいたのは。

 それからしばらく後のことで。




 まず、俺はどこにも雇ってもらえなくなった。

 最初、理由は分からなかったが


 面接の人に不採用の理由を訊ねて、それが判明した。


「キミさ、業界内での信用度がマイナスなんだよね。ゼロどころじゃないんだ。可哀想だけど」


 ……ようは、俺に仕事を任せると確実に失敗する。

 そういう認識が出来ているらしい。


 そんな……


 謝ったじゃないか。

 それなのに評価を落とすなんて酷い。


 そう思って、あの必殺技は効果無かったのかと思ったのだが


 ……俺は賢いので気づいてしまった。


 謝罪で許されるのと、その信用が維持されるかは別の問題なんだということを。


 少し考えれば分かるんだよな。

 例えば小さい子供にトレイでお茶を運ぶ仕事を任せたとして。

 その子がトレイをひっくり返してお茶を全部ダメにしたとしたら。


 その子は謝れば罪は許されるだろうけど、お茶運びの仕事は、その子自身が成長したと判断してもらえるまではもう任せてはもらえまい。


 それは許していないわけじゃないんだ。仕事を任せる信用度が無いだけなんだ。


 そしてそれが俺に対して今起きている。


 許しているから怒ってはいないけど、大切な仕事を任せたくはない。どうせ失敗するから。


 こういうことなんだ。


 ……そういうわけで。


 俺は収入源が完全に断たれた。

 時給が悪いから辞めたあの本屋も、再就職駄目だった。

 困り果てた俺は、ほとぼりが冷めるまでの収入源として、親友の家の門を叩いたが。


「ゴメン。お前を家に上げるのはもう無理」


 ……そんなヘイトスピーチをされたのだ。

 なんで、と聞くと


「俺の妹、あの後子供を堕胎ろしたんだ」


 そう、辛そうな顔で言い


「二度とそんなことが起きて欲しくない以上、自衛しなきゃいけないんだ。ゴメンな」


 そう言って俺の親友は頭を下げた。




 そうして。

 俺は路上生活者になってしまった。

 どこにも雇ってもらえず、養ってくれる誰かもいないから。


 ……生活保護費も一度不正受給しているせいで、再び受けるのは難しいしなぁ……。


 そうだ……この世界は……残酷なんだ。

 夢を見過ぎた……!


 この世界は狂っている。

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