第31話 居抜き物件

 私は会社の人事的な意味合いで、早期退職を選択した。

 そうした方が会社組織的に都合が良いと判断したからだ。

 妻に事情を話すと、賛成してくれたので決断。


 会社の方も、私が早期退職を受け入れてくれる代わりにと、会社の新事業に関連する子会社の運営を任せてくれた。


 新しい仕事は新事業の関連なので、これまでの業界の常識は通じない。

 けれど、長い会社員生活で、私は「仕事は立ち上げ部分の一番大変な時期こそ楽しい」と悟るに至っていたので、別に悲壮感や恐怖は無かった。

 子供たちもすでにほぼ独立を掴もうとしていたから、猶更だ。

 私が責任を持たないといけないのは、もはや妻のみなのだから。

 そして私は、妻だけならなんとでもなるという自信だけはあった。


 新しい職場は、借り立てホヤホヤの居抜き物件だった。

 これまで、他の業種で事務所や店舗を経験して来た物件らしい。

 残された物品でそのことが想像できた。


 ……でも。

 

 ここ、駅に割と近くて、駐車スペースもあるのに。

 何で空き店舗状態になっていたんだろうか?


 ふと、そんなことを思ったけど、そんなことはどうでもいいことだと思い。

 ハローワークに求人を出し、従業員を雇った。

 そして新しい仕事をはじめた。


 最初はわりと順調だった。

 長い会社員生活の経験で、人を動かし仕事を進める術は身に付いていたし、妻も私の仕事を献身的に手伝ってくれたのだ。

 だから多分、このまま軌道に乗って私の第2の社会人生活は上手く行く。


 そう思ったのだけど。


 ……あるときから、何故か社用車で事故が起きることが増えた。

 そしてそれは全て貰い事故だった。

 なので、会社の責任にはならないけれど、会社の運営にプラスに働く出来事であるわけがない。


 一体何なんだ?

 社員に貰い事故さえ受けないような、徹底した安全運転を呼び掛けても変わらないんだ。

 これは異常だ。どういうことなんだ。


 ……そんなある日、私は会社の事務所で大量の事務仕事を処理していた。

 そして疲れて来たので、仮眠を取るために事務室にあるベッドに横になったんだ。


 そしたら、こんな夢を見た。


 私は夢の中でも寝ていた。

 うなされていた。

 現実と同じ、事務所のベッドの上で、だ。


 そんな映像を延々見る夢。

 それをしばらく眺めていたら。


 突然、バッ、と。

 ベッドの下から無数の人間の腕が伸びて来て、寝ている私を押さえつけてきた。


 その映像を見た瞬間、自分の悲鳴で目が覚めた。

 

 ……流石に気味が悪かったので、私は。

 次の日、自宅から塩を持って来て、その事務所の四隅に盛ったんだ。

 所謂「盛り塩」だ。


 ……別にオカルトを信じてるわけじゃないが、こういうのは気分の問題。

 いくらかの安心は得られるだろう。

 そう思ったのだけれど。


 その次の日、その盛り塩たちは残らず崩れていたんだ。

 ……何でだ?

 片付けられていたなら、誰か掃除したのかという見方も出来るけど。

 何で崩されているんだ?


 風が吹いたにしても不自然だしな。

 そう思ったので、妻に意見を求めようと思い


「ここのところの不運を改善しようと盛り塩したんだけど、何故かメチャクチャになった。どう思う?」


 そんなことを、何気なく、あまり深く考えずに妻に訊いたんだ。

 そのとき、私は悪夢の話も伝えた。


 すると


「素人が盛り塩なんてしちゃいけないんですよ! あなた知らないんですか!?」


 ……妻がすごい剣幕で私に言ったんだ。

 私が一体何をしたのかということを。


 妻曰く「盛り塩は除霊のための行為」

 そして霊にとって除霊とは


 自分を閉め出す意思表示であり、敵対的行動。


 なんだそうだ。

 妻はオカルトが好きでそういう本を読むので。

 そこ経由の話なんだけど。


 ……納得できてしまった。

 確かにそうだ。

 私が盛り塩をしたのは、悪霊が存在すると仮定して、出て行って貰うためにしたんだから。

 もしここに悪霊が存在したとするならそれは


 元々いけすかないと思ってた侵入者に、警告の意味でこれまで嫌がらせをしていたのに。

 それに学ばず従わず、殴り返そうと襲って来た。


 こういう風に見えるだろ。

 私の行為は。


 ……私が悪霊なら、ブチ切れるかもしれない。


 そしてその後。

 今度はとうとう、私が貰い事故を貰ってしまった。

 しかも社用車がメチャメチャになるやつだ。


 ……私が無事だったのが奇跡に思えるレベルの。


 なので、私は

 親会社に事情を話して、会社を畳むことにした。

 これから色々大変だけど、しょうがない。


 ……ここでこのまま会社を続けると、おそらく次からは死人が出る。


 その予感があったんだ。

 だからもう、辞めるしかないんだ。


 そして従業員の処理、事務所内に持ち込んだ私物の処理。

 その他諸々の手続きが済んで、その仕事場を去るとき


「……あら、店を畳むの?」


 近所でたまに見かけた中年男性が、私にそう言って来たんだ。

 私は


「ええ、まあ。ちょっとやっていけない状況になりまして」


 そう、出来るだけにこやかに応えると。

 その男性は言って来た。


「ここの貸店舗、誰も長続きしないんだよね。どうしてだろう?」


 やっぱりか。

 私は中年男性の言葉に納得するしか無かったよ。


 果たして……


 長続きしないからこうなったのか。

 それとも、こうだったから長続きしないのか。


 どうなんだろうね?


 ※実話を基にしたフィクションです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る